水泳で世界の頂点を極めた男・北島康介氏。シドニー・アテネ・北京・ロンドンオリンピックと4大会に挑み、アテネで2つの金メダル、北京で日本人唯一の2種目2連覇を達成した。その偉業は、なぜ成し得たのだろうか。その背景には、現役を引退する2016…

 水泳で世界の頂点を極めた男・北島康介氏。シドニー・アテネ・北京・ロンドンオリンピックと4大会に挑み、アテネで2つの金メダル、北京で日本人唯一の2種目2連覇を達成した。その偉業は、なぜ成し得たのだろうか。その背景には、現役を引退する2016年まで北島選手の競技人生を支えてきたトレーナーたちの存在があった。

 トレーニングの全容が本人監修の書籍『北島康介トレーニング・クロニクル』(ベースボール・マガジン社)として明らかに。後編では、著者である小泉圭介さんが考えるトレーニングの意味と、北島康介氏に実践した効果的なトレーニングを自宅で行うためのポイントを伺った。

◆前編はこちら
・北島康介の五輪2冠2連覇を支えたトレーニングとは。トレーナー小泉圭介インタビュー(前編)

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「使えていない筋肉」に気づくことが大切

 北島氏に無理もケガもさせず、さらなるパワーアップへとつなげた小泉さんのトレーニング方法。北島氏との間で、どのように構築されていったのだろうか。

「僕は身体のパーツごとに見ていき、余計に働いている部分をみつけます。その後は、なるべく余計な部分は使わないようにして細かい筋肉の収縮感を出していくのを地味に続けるタイプです(笑)。そもそもですが、多くの人が『筋肉のどこが使えていないのか』ということにすら気づいていません。選手の場合は、自分で気づくようにすることが必要になります。使えない筋肉があること、その筋肉が使えるようになった先には、何も考えなくても勝手に使える、無意識に使えるというプロセスがあります」

 この考え方やトレーニング方法は、プロだけでなく一般の人が行なうトレーニングにも通用するという。スポーツをしなくても筋力があれば、不意のケガなどもなくなり、いろいろな意味で身体を守ることができるという。

「ぐらりと外力がかかったときに、瞬間的に反応しポンと力が入るような反応が早ければ、ぎっくり腰にならないとか。身体を守るという意味では、靭帯損傷のアスレチックリハビリテーションと同じことになります。トレーニング目的にするのか、リハビリ目的にするのか、目的は違うけどやることは同じです」

 さらに水泳のトレーニング方法は、「ぎっくり腰」だけでなく、普段の生活で起きる「四十肩」などにも効くという。

「水泳の選手向けの指導にオーバーヘッド(腕を頭より上にあげる)があります。普段の生活や年齢が進むと頭より上に腕を上げることって減ってきますよね。通勤電車で吊革にぶら下がるくらいかな(笑)。これ、そもそも動かしていないから上がらなくなって当然。四十肩、五十肩って、いかに腕を上げていないかという話です」

 腕を上げるには、小学校の校庭にある「うんてい」や「ぶら下がり健康器具」なども効果的だという。懸垂もいいということだろうか。

「ぶら下がるという行為は、上半身のいろいろな機能を上手に使えるようにしてくれます。時々、高齢者ケアハウスで健康体操教室をお手伝いしますが、最初は胸郭を伸ばすとか、水泳やテニス、バドミントンの選手と同じ指導をします。このとき、多くの人は肩でしか腕を動かさないんですよ。そういう場合は、今まで狭い範囲でしか動かしていなかった腕を根元から動かすようにするわけです。息は吸いやすくなるし、肩も軽くなりますし、動きの範囲が広がることで楽に動かせるようになるんですね。姿勢がよくなる人もいます」

 意識して動かしていなかった筋肉を動かすだけで、きちんと効果を得られ、さらには身体の不具合を軽減できるケースがあるという。

簡単に分かる「セルフ身体チェック」の方法

 さて、意識することから始めることはわかっても、やはり自分で気がつくことは難しい。チェック方法はあるのだろうか?

「僕らトレーナーは、姿勢を見たり、関節の向きを指摘したり、これは良い悪いという話をしますが、そこまで自分ではわかりません(笑)。誰にでも分かるのは『筋肉が硬いか柔らかいか』です。自分でここ硬いなってわかりますよね。たとえば、お尻に力を入れ触って硬ければOKです。硬くなっていなければ筋肉は使えていないということです」

 使えていない筋肉のチェックは、身体のいろいろな部分をストレッチすればわかるという。

「胸郭を伸ばしたとき、肋骨のあたりに伸びている実感がある、もしくは多少ちぎれそうな感じがあるかもしれません。この場所に、この感覚がないとやり方が違うか、別の部位に問題があります。パーソナルトレーニングでも最初に正しい位置を教えて、伸びていることを実感してもらいます。ここ痛いでしょって聞くと『痛いです』と言うわけです」

 ストレッチをしたときに痛みを感じることは、必ずしも悪いことではないらしい。筋肉を使っていることを実感するには、きちんと動かすことが大切だという。

「正しい位置を宿題にして2週間後に会うと、『慣れて痛くなくなりました』という人がいますが、実演してもらうとやり方が違う(笑)。正しいやり方に直すと『やっぱり痛いです』ってなるわけです。それが人の本質です(笑)。どうしても習慣になっている姿勢、動作になりやすい。そのほうが楽ですからね」

 言われてみると、日常生活だけを考えても姿勢を正すとか、足を組まないとか考えていても、つい楽な姿勢をしていることは多い。

「やはり確かに苦手なところは動かしにくいですよね。でも苦手なところを使ったほうが、トータルで絶対楽に動けるはずです。誰にでもウィークポイントがあるので、きちんと意識しつつ克服していくのが大切です」

自宅でできる『北島康介トレーニング・クロニクル』

 最後に本書の中から自宅でもできるトレーニングとポイント、注意点を聞いた。先の「痛みを感じる」を具体的にどこまでやっていいのかなど、しっかり読んで実践してみてほしい。

●「助間筋ストレッチ」で猫背を改善!

 胸郭が縮むことは、姿勢の悪さにもつながる。特に猫背の人は胸の前側が縮んでくるので、この胸郭を開くストレッチが有効。肋骨が開くことで呼吸もしやすくなる。腕を挙げるとき、肋骨の間が開くことで、当然、腕も挙げやすくなる。胸郭のほかに、腰の両脇にある腰方形筋も伸びる。

<POINT>
◎左脚を伸ばし、右膝を曲げて座り、左手は右足先を持つか、伸ばした脚のほうへ置く
◎右腕を頭上に挙げ、身体を左へ倒すように右の脇腹を伸ばす
◎10秒キープして2セットを左右ともに行う

<注意点>
◎身体を真横に開くようにし、上半身の重みで脇から腰のほうまで伸びる範囲でOK。腰が硬い人は、膝を曲げたほうの脚が浮かないよう注意。ただし、伸ばしているほうと反対側の脇腹が痛いときは、すぐに中断すること。倒しすぎて痛い場合が多いので、倒しすぎたら少し戻してみよう。
◎肋骨を閉じたまま腕を挙げると、肩に負担がかかって痛くなるので注意。
◎左右差がある場合、硬いほうの回数を増やすこと。一般に肩が低いほうの肋間は硬いことが多いので、まっすぐ立って鏡に映った姿勢をチェックしてみるといいだろう。

●地味だけど意外と難しい「サイド・トランク・アーク」

 体幹を鍛えるトレーニング。簡単そうに見えるが、体幹だけを使って脇腹を持ち上げるのはなかなか難しい。腕を挙げて寝た状態で、すでに下の胸郭は広がっている。持ち上げると脇腹の筋肉全体が動いてアーチを描く。体幹の部分の骨1つずつがしなやかに動いて、全体として1つのアーチを作る。アウターマッスルが優位になってくると直線的な動きは得意だが、曲線的な動きが難しくなるのでインナーマッスルを使うことを意識してみよう。

<POINT>
◎下の腕を挙げて横向きに寝る
◎腹筋に力を入れて脇腹だけ持ち上げ3秒キープ
◎左右交互に10回2セットが目標

<注意点>
◎力みやすい人は、脚の力で持ち上げてお尻が浮いたり、腕の力で持ち上げ肩が浮いたりするので、なるべく腕と脚に力を入れずに脇腹だけを上げましょう。左右差があれば、上がりにくいほうを多めにしよう。

●お尻と内ももに効く!「ワイドスクワット&ツイスト1」

 腰幅くらいのスクワットだと腰が反りやすく、内ももが縮んで硬くなりやすい。足幅の広いワイドスクワットだと、腰も反りにくく骨盤をまっすぐ下ろせて、股関節の可動域を使って内ももをしっかり伸ばすことができる。相撲の四股と同じ動作となる。ただし、腰を反らさずにまっすぐ下ろそうとすると、バランスをとるのが難しいので前に棒をつくなど安定させる。これで内転筋をストレッチしながら、大殿筋を鍛えられる。さらにストレッチ効果を高めるために、この状態から上半身をねじっていこう。

<POINT>
◎つま先と膝の向きを揃えて脚を大きく開き、前に棒をついて支えにして、腰をまっすぐ下ろす
◎腰を下ろした状態から右腕を後ろへ伸ばして上半身をツイスト
◎次に反対の左腕を後ろへ伸ばして上半身のツイスト
◎これを交互に10回2セット

<注意点>
◎腰を低い位置まで落とすのは難しいときは少し下げるだけとし、高い位置から始めよう。
◎膝とつま先が同じ向きで、膝が内側に入らないこと。お尻が後ろに出すぎないよう腰を垂直に下ろすこと。膝の下に足首がくるとよい。
◎ツイストの動きは、ねじったほうと反対の脚が動かないよう下半身を安定させてツイストすること。
◎棒がなければ、壁に手をつくなど転ばないように注意して行うこと。

◆前編はこちら
・北島康介の五輪2冠2連覇を支えたトレーニングとは。トレーナー小泉圭介インタビュー(前編)

[プロフィール]
小泉圭介(こいずみ・けいすけ)
1971年、福井県生まれ。北陸高-明治学院大-東京衛生学園専門学校。早稲田大大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。現在は東京スポーツレクリエーション専門学校専任教員、㈱パフォームベタージャパン テクニカルディレクター。競技経験は大学から社会人までアメリカンフットボール。水泳では水球日本代表(2006-2007年)、競泳Jr日本代表(2007-2008年)、競泳日本代表(2009~2015年)にトレーナーとして参加。多くのトップアスリートの指導にあたっている。理学療法士、日本体育協会公認アスレティックトレーナー、日本水泳トレーナー会議運営委員、(公財)日本水泳連盟医事委員

<関連サイト>
・書籍『北島康介トレーニング・クロニクル』(ベースボール・マガジン社)
http://www.sportsclick.jp/products/detail.php?product_id=8620

<取材協力>
・Perform Better Japan ※トレーニング用品
http://www.performbetter.jp/

・スマートスティック ※「ワイドスクワット&ツイスト1」で使用
https://www.performbetter.jp/products/detail.php?product_id=447

・FLUX CONDITIONINGS ※取材・撮影場所
http://www.flux-conditionings.com/

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<Text:大熊美智代+アート・サプライ/Photo:小島マサヒロ/北島氏写真提供:ベースボール・マガジン社>

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