今年の春は、大学最終学年に結果を残すことの難しさを痛感させられるシーズンだった。今秋ドラフトの目玉格である宗山塁(明治大)はコンディション不良のため、リーグ戦わずか5試合の出場。打率.174と自己ワーストの成績に終わった。宗山と広陵高時代…
今年の春は、大学最終学年に結果を残すことの難しさを痛感させられるシーズンだった。今秋ドラフトの目玉格である宗山塁(明治大)はコンディション不良のため、リーグ戦わずか5試合の出場。打率.174と自己ワーストの成績に終わった。宗山と広陵高時代の同期である渡部聖弥(大阪商業大)も打撃不振に苦しみ、打率.220、1本塁打とらしくない数字に留まっている。
そんななか、存在感を見せたのは西川史礁(みしょう/青山学院大)だった。3月には侍ジャパントップチームに召集されると、3打席連続安打を放って一躍全国区に。今春の東都大学リーグでもマークされるなか、快打を連発。チームの開幕8連勝の立役者になった。
リーグ戦の優勝をかけた中央大戦で逆転の3ランを放った青山学院大・佐々木泰
【13打席連続無安打の大ブレーキ】
そんな青山学院大にあって、沈黙を続ける男がいた。西川とともにチームの主軸を張る右のスラッガー・佐々木泰である。
佐々木は県岐阜商高時代に通算41本塁打を放ち、プロスカウトから熱視線を浴びながらも青山学院大に進学する。大学1年春には打率.371、4本塁打と衝撃的なデビューを飾り、将来を嘱望された。
だが、その後の佐々木はリーグ戦の成績だけを見ると低空飛行が続いている。大学3年間を終えた段階での通算成績は打率.245、11本塁打、27打点。一方、西川は大学3年春にレギュラーを獲得すると、一気にブレイク。佐々木の存在は西川の陰に隠れてしまった感があった。
今春の開幕前に佐々木に話を聞くと、「取材は全部、史礁という感じです」と苦笑しながら、複雑な心境を打ち明けた。
「正直言ってジェラシーはあるんですけど、そこは認めていかないと。彼の打撃を一番近くで見ていて、どうしてもマネできない部分はあります。チームとしても心強い存在ですしね」
それでも、佐々木には誰にもマネができない爆発力がある。体幹部から両腕がゴムのように伸びて、打球に強烈な勢いを与える。佐々木が本領を発揮すれば、西川と右のスラッガーとしての評価を二分できるはず。そう思わせるほどの魅力を秘めている。
今年にかける意気込みを聞くと、佐々木は主将としての顔をのぞかせた。
「チームを日本一に導ける主将になりたいです。自分の結果に一喜一憂するより、チームのことを考えたほうが自分は結果的にいい方向に回る気がします」
だが、「結果」は皮肉な方向へと進んでいった。
開幕から連勝を重ねるチームにあって、佐々木は13打席連続無安打とブレーキ発進。以降は安打こそ出るものの、チャンスでの一本が出ない。1番、6番、2番、5番とさまざまな打順で起用されたが、状況は好転しなかった。
気がかりだったのは、佐々木本来の伸びやかなスイングが影を潜めていたことだ。チーム打撃を心がけるあまり、スイングが窮屈になっている印象さえ受けた。佐々木の主将としての責任感が、スラッガーとしての魅力を鎖でつないでしまったのだろうか。
【中央大との優勝をかけた大一番】
5月17日の日本大戦でも、佐々木は4打数ノーヒットに終わった。試合後、青山学院大の安藤寧則監督に「今の佐々木の状態をどう見ていますか?」と聞かずにはいられなかった。安藤監督は苦渋に満ちた表情で、こう答えた。
「同じアウトでもいいアウトと悪いアウトがあって、今は打ちとられているアウトが多いのかな......と感じます。近くで一緒にやっていると、あいつが相当なものを背負っているのが伝わります。今は力が発揮できなくなっている部分はあるし、本人が一番苦しんでいるはずです」
そして、安藤監督は一拍を置いてからこう断言した。
「でも、いつか爆発する時はきます。そう思わせるのも、あいつなので」
安藤監督はいつも選手たちを「自慢の後輩たち」と呼ぶ。愛情を注いで見守ってきたからこそ、後輩たちの苦悩が手にとるようにわかるのだろう。安藤監督は佐々木への厚い信頼の言葉を続けた。
「周りを見ても、あいつが打てていないことに対してどうこう言うヤツはいません。普段の練習からしっかりとやってくれている、あいつの姿を見ているからでしょう」
チームの状況も暗転していた。打線のなかで孤軍奮闘といっていい活躍を見せた西川の当たりが止まると、投手陣への負担が増していく。開幕8連勝で優勝目前と思われた状況から3連敗を喫し、猛追してきた中央大に首位の座を明け渡した。
5月29日、青山学院大対中央大の3回戦は両チームにとって今春のリーグ最終戦であり、「勝ったほうが優勝」という大一番になった。
2回裏に伊藤櫂人(2年)の先制本塁打が出て、中央大が先取点を奪う。シーズン中盤から4連勝と勢いに乗る中央大が、この日も主導権を握った。
だが、神宮球場の空気が一変したのは、4回表の青山学院大の攻撃だった。二死三塁のチャンスで、4番の西川が四球を選ぶ。
すると西川は大声で吠え、ネクストバッターズサークルに向かって何事か叫ぶ。昨年のWBC準決勝・メキシコ戦で四球を選んだ吉田正尚(レッドソックス)が、次打者の村上宗隆(ヤクルト)へ指を差した名シーンが頭によぎった。
ネクストバッターズサークルにいたのは、佐々木だった。のちに西川は、このシーンの心境について報道陣に語っている。
「泰とはいつも一緒に練習しているんですけど、いつもどおりいい状態で練習している姿も見てきました。泰なら絶対に打ってくれると信頼していました」
打席に入った佐々木は目を鋭く細め、険しい表情に見えた。佐々木はこの時、「コンパクトな意識でランナーを還そう」と考えていたという。
【優勝をたぐり寄せる逆転3ラン】
チームは中央大の先発左腕・山口謙作(3年)のカットボールに手を焼いていた。佐々木は山口のカットボールの軌道を頭に入れ、打席に入った。
1ボールからの2球目、佐々木のヒザ元を狙ったカットボールが真ん中寄りに甘く入ってくる。佐々木は両腕をグーンと伸ばして、ボールをとらえる。打った瞬間、誰もが本塁打とわかる打球は、レフトスタンドへと消えていった。逆転の3ラン本塁打だ。
三塁側の青山学院大ベンチは誰もが両腕を突き出し、ダイヤモンドを回る佐々木に歓声を送った。三塁ベースを回ったタイミングで、佐々木は両手の拳を握りしめ、大声で叫んだ。
三塁側ベンチが見えた瞬間、どんな思いが去来したのか。のちにそう聞くと、佐々木は苦笑しながらこう答えた。
「本当にごめん。お待たせ......みたいな感じです」
主将の一発に奮起したのは、この日の先発マウンドを託された中西聖輝(3年)だった。中西は試合後にこう振り返っている。
「立ち上がりは緊張で体も思うように動かなくて、コントロールもできていなかったんですけど、キャプテンの一打で完全に目を覚めさせられたというか。自分のなかで戻ってくるものがありました」
中西は中央大打線を散発5安打に抑え、9回まで投げ抜く。最後の打者をショートゴロに打ち取った瞬間、青山学院大の3季連続リーグ優勝が決まった。
グラウンドで表彰式と安藤監督の胴上げを終えたところで、佐々木と目が合った。「おめでとうございます」と声をかけると、佐々木は心底ホッとした表情でこう答えた。
「いや、あそこで打ってなかったらもう......キャプテン剥奪でした」
このひと言に、佐々木の苦悩が詰まっていた。
本塁打を放ったあとの2打席は安打こそ出なかったものの、佐々木らしい豪快なスイングが戻っていた。6月11日の大学野球選手権大会(福井工業大と桐蔭横浜大の勝者と対戦)では、本来の佐々木の姿が見られるだろう。
壁を越えた先に、どんな世界が待っているのか。稀代のスラッガー・佐々木泰の逆襲が始まった。