入れ代わり立ち代わりやってくるスカウトと挨拶を交わしながら、前橋商の住吉信篤監督は「井上(温大/2019年・巨人ドラフト4位)の時も、こんなには来なかったですよ」と苦笑した。 4月14日、埼玉県加須市の花咲徳栄グラウンドで、花咲徳栄と前橋…
入れ代わり立ち代わりやってくるスカウトと挨拶を交わしながら、前橋商の住吉信篤監督は「井上(温大/2019年・巨人ドラフト4位)の時も、こんなには来なかったですよ」と苦笑した。
4月14日、埼玉県加須市の花咲徳栄グラウンドで、花咲徳栄と前橋商の練習試合が組まれていた。バックネット裏には9球団のスカウトが勢ぞろいしていたが、特筆すべきはエリア担当者だけでなくスカウト幹部クラスが同行する球団ばかりだったことだ。
この日は日曜日で、他球場でもアマチュア野球の公式戦が多く開催されていた。それだけに、この練習試合がいかにスカウトの注目を集めていたかが伝わってきた。
プロ注目の大型右腕、前橋商の清水大暉
photo by Kikuchi Takahiro
【高校時代の佐々木朗希を彷彿】
花咲徳栄には石塚裕惺(ゆうせい)、前橋商には清水大暉(だいき)というドラフト候補がいる。石塚はその時点で高校通算21本塁打を放つ右投右打の遊撃手で、今やドラフト上位候補と言っていい存在だ。だが、石塚は左ヒザに軽傷を負っていたため、この日は大事をとって欠場している。
ただし、スカウトの興味はすでに能力の高さが知れ渡っている石塚以上に、無限の可能性を秘めた清水にあったのではないか。
身長192センチ、体重92キロの大きな体は、グラウンドのどこにいても目を引く。頭が小さく、手足が長いシルエットだけを見ると、高校時代の佐々木朗希(ロッテ)を彷彿とさせる。昨夏時点で最速148キロをマークしており、リリーフとして夏の甲子園を経験している。
三塁側ブルペンで清水が投球練習を始めると、スカウトたちは大挙してブルペンへと移動。清水の投球にじっと見入っていた。並の高校生なら舞い上がってしまいそうなシチュエーションだが、清水はどこ吹く風だった。
「全然意識しません。最初はスカウトの方が来られると意識した時期もあったんですが、今はスカウトが来る時こそ『力を抜いて投げよう』と考えています。かえってそのほうが、いい球がいくので」
セットポジションから1球1球、丁寧に投げ込む姿には、ロマンと繊細さが同居していた。本人は「体はめちゃくちゃ硬いです」と打ち明けるが、投球フォームにはぎこちなさがない。体幹部からしなって投げ下ろしたボールは、捕手に向かってぐんぐん伸びてミットを強く叩く。その勢いは、まるでボールが自分の意思でミットの先へといきたがっているかのようだった。
清水は「つい3週間前までは、球が走っていなかったんです」と明かす。
「伸びもスピードも出ていなかったんですけど、ふたつの大学の練習に参加させてもらって、大学生のボールを見るなかで『スピードじゃないな』とわかりました。スピードよりもボールの回転数だったり、フォームだったりが大事なんだなと。自分のストレートのいい時は、ボールがデカく見えるんですけど、そういうボールをつかみかけているところです」
いざ実戦のマウンドに上がっても、清水は捕手の米山泰成のミットを激しく打ち鳴らした。立ち上がりから花咲徳栄打線を無失点に抑えていく。
だが、昨秋に関東ベスト8まで勝ち上がった花咲徳栄打線は強力だった。主軸の石塚を欠いても、4回表には3安打を集中して3点を奪っている。ただし、前橋商守備陣はこの回だけで3失策を喫しており、清水にとっては不運な状況だった。
それでも、清水はバックを責める言葉はいっさい吐かず、花咲徳栄を称えた。
「強いとは聞いていたんですけど、打線のレベルが高くて、コースに投げないと打たれることがわかりました。自分の真っすぐがどこまで通用するのか試したくて、真っすぐ中心で押したんですけど、今日は変化球のコントロールが悪くて。もっと完成度を高めないといけないなと感じました」
【甲子園は行かなければいけない場所】
予定していた6イニングを投げ抜き、被安打10、失点6。奪った三振は1個だけだった。だが、最速147キロを計測するなど、指にかかったストレートは鮮烈な印象を残した。未完成な肉体面を含め、素材としては2024年の高校生右腕でトップクラスだろう。
だが、清水はこんな言葉を口にする。
「周りの人に『おまえはまだ体ができていないから』と言われることもあるんですけど、自分としてはそのなかでもベストを尽くしてやっていきたいんです。たとえ自分のピークが20歳だったとしても全力を尽くして、高校野球でも名をとどろかせたいです」
将来性が高い。体ができれば楽しみ。そうした周囲の評価も、本人からすると現状を否定されているように感じられてしまうのか。そう尋ねると、清水は苦笑しながら「はい」とうなずいた。
苦い記憶がある。昨夏、初めて立った甲子園のマウンドで清水は大きな挫折を味わった。クラーク記念国際(北北海道)との初戦、1対2と僅差で追う8回表に清水はリリーフで起用された。だが、2失策など守備の乱れもあって5失点。わずか2アウトを取っただけで降板している。清水は「力みすぎて、自分の力を全然出しきれなかった」と振り返る。
甲子園への思いを聞くと、清水は「いつも言っていることなんですけど」と前置きしてこう答えた。
「前までは『行きたい場所』でしたけど、今は『行かなければいけない場所』だと考えています。甲子園の借りは甲子園で返さないといけないので。春のセンバツで健大高崎が優勝したので、自分は昨年の経験を生かして勝ちたいですね」
気になる進路については、「春の大会が終わってから考えます」と語るに留まった。ただし、春季関東大会後には熱心に誘いを受けていた強豪大学に断りを入れている。自分自身で課題と向き合える思考力も持ち合わせているだけに、どんな環境でも己を高めていけるだろう。
今後の課題について聞くと、清水は流れるような口調で語り始めた。
「まだ股関節が硬いせいか、歩幅(ステップ幅)が狭くて体の粘りが出せていないと感じます。あまり深く踏み込みすぎると縦の角度がなくなってしまうので、もう半歩から1歩くらい歩幅を延ばして投げるようにしたいですね。そうすれば、もっと低めのボールが伸びるようになると思うので」
いつまでも「未完の大器」とは呼ばせない──。清水大暉の言葉からは、そんな叫びが滲んでいた。