まさか、富士大が大学選手権に出られないなんて──。 そんな感想を抱いた野球ファンも多かったのではないか。 6月10日から開幕する第72回全日本大学野球選手権大会。全国26連盟27代表がトーナメントで大学日本一を決めるビッグイベントだが、北…

 まさか、富士大が大学選手権に出られないなんて──。

 そんな感想を抱いた野球ファンも多かったのではないか。

 6月10日から開幕する第72回全日本大学野球選手権大会。全国26連盟27代表がトーナメントで大学日本一を決めるビッグイベントだが、北東北大学連盟の代表校は八戸学院大だった。優勝候補筆頭の富士大は7勝3敗でリーグ2位に終わっている。


リーグ戦を7勝3敗の2位で終えた富士大

 photo by Kikuchi Takahiro

【昨年の下位チームにまさかの3連敗】

 富士大は昨年の大学選手権でベスト4、昨秋の明治神宮大会でもベスト4と上位進出を果たしている。昨年の主力選手のほとんどが3年生以下であり、今年は大学日本一を狙える陣容と思われた。

 エース左腕の佐藤柳之介(4年・東陵)はドラフト上位候補の逸材で、力感のないフォームから空振りを奪える好球質の速球と精度の高い変化球を投げ分ける。2番手格の右腕・安徳駿(4年・久留米商)も最速151キロをマークし、今年に入って成長著しくプロスカウトが注目している。

 野手陣も大学球界トップクラスのメンバーが揃っている。中堅手の麦谷祐介(4年・大崎中央)は、昨年に全国大会で青山学院大の下村海翔(阪神1位)、常廣羽也斗(広島1位)から本塁打を放った左打ちの強打者。俊足・強肩はプロ即戦力級で、「球場の全員がオレのことを見ているだろ、と思ってプレーしています」と豪語するメンタルもプロ向きだ。

 ほかにもたくましい体躯から強烈な打球を放つ遊撃手の佐々木大輔(4年・一関学院)、機敏な二塁送球など守備力にかけては大学屈指の坂本達也(4年・博多工)、強肩と飛距離にロマンが詰まる渡邉悠斗(4年・堀越)とドラフト候補が目白押し。また、社会人の名門・Hondaで4年間プレーしたのち、富士大に進学した高山遼太郎(2年・健大高崎)が今春にリーグ戦デビューするなど新戦力の台頭もあった。

 死角はないと思われたが、富士大は意外な形でつまずく。八戸学院大、青森大といった昨年のリーグ上位チームと対戦する前に、下位チームを相手に3敗を喫したのだ。

 青森中央学院大との開幕戦を2対4で落とし、2節目となったノースアジア大戦では1回戦で2対3と敗戦。さらに3節目は国立大の岩手大を相手に、2回戦で2対3と逆転負けを喫した。

 北東北大学リーグは2戦先勝の「勝ち点制」ではなく、リーグ内の5チームと均等に2試合ずつ戦う「勝率制」である。ひとつの敗戦が大きな比重を占めるなかで、富士大は序盤から痛い黒星を3つも重ねてしまった。

 はた目には「取りこぼし」に見えるかもしれないが、リーグ内の当事者たちの受け止め方は違った。リーグ優勝した八戸学院大の新沼舘貴志(しんぬまだて・たかし)監督は言う。

「このリーグはどのチームもピッチャーがいいので、富士大さんであってもこうなる可能性はありました。取りこぼしでも何でもありません」

 金星を挙げた岩手大の菅龍太朗(かん・りゅうたろう)監督は控えめな笑顔で、「やりたい野球ができました」と振り返る。

「見に来てくださった観客全員、『岩大(がんだい)が負けるだろう』と思っていたはずです。継投がうまくハマって終盤まで粘れたので、勝つゲーム展開になりました。最後は富士大のミスにも助けられましたが、そこまで競ることができたのが大きかったと感じます」

 ちなみに岩手大は学生監督が指揮を執っており、菅監督は大学3年生。投手を兼任しながら、継投策を練っている。最速140キロを超える本格派右腕の中野祐太(4年・田名部)、変則派左腕の播磨颯和(はりま・そうわ/3年・久慈)ら実戦的な投手陣で強豪相手に立ち向かっている。

【選手主導の取り組みが仇に】

 一方で、富士大の仕上がりの悪さを指摘する声も聞こえてきた。開幕節では主力打者の佐々木が故障で欠場。エースの佐藤も本来の姿とはほど遠く、主軸の麦谷は「足を引きずっていた」という目撃情報もあった。

 5月4日、富士大の状態を確かめるために青森大との1回戦が行なわれる青森県営野球場を訪ねてみた。その時点で青森大は4勝2敗で2位、富士大は3勝3敗で3位。7連勝で首位を快走する八戸学院大を追っていた。

 試合開始前からサプライズは起きた。富士大の先発投手が、1年生の津村大毅(盈進)と発表されたのだ。

 津村は上から下まで、さまざまな角度から腕を振る変則右腕。目を引くようなスピードボールがあるわけではなく、速球派投手が揃う富士大にあって異端の存在である。前週の岩手大1回戦で先発起用されていたとはいえ、あとがない大事な一戦を1年生に託す、思いきった采配に思えた。

 かたや青森大は、その時点でチーム打率トップの強打線を武器にしていた。俊足好守のドラフト候補・玉置健士郎(4年・白樺学園)ら実力者を多数擁し、三浦忠吉監督も「みんな富士大が優勝すると思っていただろうけど、ウチの選手たちならやれると信じています」と鼻息が荒かった。

 だが、津村は立ち上がりから落ち着いたマウンドさばきでスイスイとアウトを重ねていく。津村の好投に引っ張られるように打線も奮起し、9回まで4得点。結局、津村は9イニングを投げ抜いて、青森大の強打線を4安打に抑えて完封勝利を収めた。

 試合後、富士大の安田慎太郎監督に津村の起用について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「単純に津村がいいピッチャーなので。あのメンタルは1年生じゃありません。いいボールを投げるピッチャーはほかにもいますが、周りがバタバタしているのにマウンドでひとりだけ落ち着いている。ただ、リーグ戦は投げさせてみないとわかりません。先々週(ノースアジア大戦)に1イニング使ってみたらよくて、先週の岩手大戦で先発させたらまたよかった(7回無失点)。それなら今週も使おうとなりました」

 結果的に翌日の2回戦はエース・佐藤の快投もあって9対0(7回コールド)で青森大に完勝している。富士大の戦力にかげりは見えなかったが、なぜ序盤戦で3敗を喫したのか。その要因を尋ねると、安田監督は苦渋に満ちた表情を浮かべた。

「これは私の責任ですが、冬からの取り組みが甘かったことが一番大きいと感じます。昨年に全国ベスト4になって、今年に日本一を本気で狙うには今までのやり方では難しいと思いました。そこで私がメニューを決めるのではなく、選手に任せて練習したほうが跳ねる可能性があると考えました。難易度が高いのはわかっていましたし、トライしたことに後悔はありません。でも、結果的に選手主導の取り組みによって、緩みや甘えが出てしまった。これは任せた私の甘さでもあります」

 昨年度は安田監督が考えた厳しい練習メニューを選手全員でやり抜くなかで、「みんなで乗り越えた」という一体感が生まれた。だが、今年度は個々人で取り組むなかで、チームとしての結束が生まれにくかった。安田監督は、そう見ている。

【優勝した八戸学院大に意地の連勝】

 顕著だったのは、選手のコンディション面だ。佐々木が故障で開幕に間に合わず、麦谷も右ヒザに違和感を抱えていた時期があった。エースの佐藤も状態が上がらないまま、開幕を迎えている。安田監督が続ける。

「ケガをしないように調整することができず、ピッチャーが軒並み調子を崩したのを見ると、練習に問題があったと言わざるを得ません」

 麦谷は青森大戦では、シートノックから躍動感たっぷりのアクションで猛烈なバックホームを披露していた。体調について尋ねると、「ヒザは違和感があったくらいで、今は大丈夫です」と元気に答えた。

 思うような結果が出なかった点について尋ねると、麦谷は自身の葛藤を明かした。

「キャプテンの山澤(太陽/4年・啓新)を中心にミーティングをやってきましたが、選手の気持ちの持ち方に問題があったのかなと感じます。油断していたわけじゃないんですけど、全国ベスト4になって『リーグ戦はいけるだろう』という思いが、多少はあったと思います。個人としては『結果を出そう』という思いが強くなりすぎて、いつも以上に力が入ってしまいました」

 宗山塁(明治大)、渡部聖弥(大阪商業大)、佐々木泰(青山学院大)など、有力な大学生ドラフト候補の多くが、最終学年に入って苦しんでいる。そんななか、麦谷は「史礁(みしょう)はすごいですよね」と青山学院大の主砲を務める西川史礁を称えた。西川は春先に侍ジャパントップチームで大活躍しただけでなく、リーグ戦でも結果を残し続けている。麦谷はオープン戦で連絡先を交換し、刺激を受けているという。

「あらためて大学4年目に結果を残す難しさを感じました。でも、自分もやっていかないといけないですよね」

 こう語った翌日、麦谷は今季第1号本塁打をレフトスタンドに放り込んでいる。

 八戸学院大が8連勝を飾り、富士大との最終節を待たずしてリーグ優勝を決めた。それでも、安田監督は「残り試合を全部勝ちにいくだけ」と断言した。

「優勝してもしなくても、全力でやるだけ。180人もいる部員の代表として、モチベーションが下がるなんて絶対に許されません。スタンドで一生懸命に応援してくれる部員たちのためにも、全部勝ちにいきます」

 この言葉どおり、翌週の最終節で富士大は八戸学院大に3対2、10対2(7回コールド)と連勝してシーズンを終えている。やはり、富士大は富士大だった。

 屈辱の春を糧にするしかない。富士大はまたひと回り大きくなって秋のシーズンに帰ってくるはずだ。