「府中へ、優勝トロフィーを持って帰ります!」 2011年に入団してから「東芝愛」を貫いてきた日本代表No.8リーチ マイケルが、初の日本一の美酒に酔いしれた。※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フラ…

「府中へ、優勝トロフィーを持って帰ります!」

 2011年に入団してから「東芝愛」を貫いてきた日本代表No.8リーチ マイケルが、初の日本一の美酒に酔いしれた。

※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)

 5月26日、東京・国立競技場で「NTTジャパンラグビー リーグワン」ディビジョン1のプレーオフ・ファイナルが行なわれた。開幕から全勝で王座奪還を狙うリーグ1位の埼玉パナソニックワイルドナイツと、14シーズンぶりの王者を目指すリーグ2位の東芝ブレイブルーパスとの対決となった。

 この試合が国内ラストマッチとなる38歳のワイルドナイツHO堀江翔太が有終の美を飾るか、それともブレイブルーパスの主将リーチが初の日本一に輝くのか──。「日本ラグビーの顔」同士の激突に、国立にはリーグワン記録となる56,486人ものファンが集った。


リーチ マイケルがついに夢を叶えた

 photo by Saito Kenji

 全国のラグビーファンが熱視線を送る決勝戦は、攻守において互いに意地とプライドを見せる好ゲームとなった。

 試合は前半、ブレイブルーパスが優位に進めていたが、後半に入って23分と28分にワイルドナイツの連続トライにとって17-20とリードされる。

 それでもブレイブルーパスは、チームを率いて5年目となるトッド・ブラックアダーHC(ヘッドコーチ)の下で磨いてきた「FW・BK一体」となってボールを動かすアタックで、後半34分にWTB森勇登が逆転トライ。土壇場で24-20と再逆転して、ついに勝利を掴み取った。

 勝利の要因は? そうリーチに聞くと、少し考えたあとに「TMO(ビデオ判定)じゃないですかね。本当にレフェリーは今日もよく見ていてくれていた」と冗談交じりに話した。

【ラグビーIQを上げたMVPのモウンガ】

 試合終了直前の後半40分、ブレイブルーパスはワイルドナイツにトライを許し、再逆転された......と思われた。リーチも「さすがパナソニック。いつも最後で負けるなと思った」という。しかしTMOの末、トライ前の一連の攻撃で引退を表明していた堀江のパスが前だったという判定となり、トライはキャンセルされた。

 そのような結末だったためか、チームメイトが大声で喜ぶなかでも、リーチは歓喜を爆発させることはなかった。高校、大学、社会人と、主要大会では「人生初」の日本一にもかかわらず。

「もっと『よっしゃー!』という感じが出ると思っていたんですが......堀江さんの最後の試合で、一緒に最後の最後まで同じピッチに立ったことは、寂しさ半分、勝った喜び半分、です。優勝してホッとしていますが、本当に複雑な思いもあります」

 ワールドカップに4大会連続出場した日本代表の仲間を、リーチはおもんぱかっての感情だった。

 今季の試合を振り返れば、オールブラックスの司令塔で今季のリーグMVPに輝いたSOリッチー・モウンガの存在も大きかった。「意思決定、1週間の過ごし方、試合のコントロール術、選手やスタッフへの意識の持たせ方など、ラグビーIQのレベルをもう一段階上げてくれた」とリーチも賞賛する。

 ただ、14シーズンぶりのブレイブルーパスの優勝は、リーチ主将抜きでは語ることができないだろう。「ポジティブな声がけをした」とリーチが言うとおり、前半の序盤に2度もゴールラインのギリギリでトライを防ぐなど、声と体を張ってチームを引っ張った。チームメイトもそれに応えて、決勝まで無敗で得点力1位のワイルドナイツ相手に、東芝ラグビー伝統のFWの接点、さらにはセットプレーの強さで試合を優位に進めた。

【若手から「リーチさんを優勝させたい」声】

 トップリーグ時代に5度の優勝を誇るブレイブルーパスは、2015年度の準優勝からは9位、6位、11位と低迷した。「周りのクラブは進化したが、東芝はとどまっていた」(リーチ)。復活を目指すチームは2019年、ニュージーランド人のブラックアダーHCを招聘し、9位、4位、5位と、再びチームは上位に進出できるようになっていった。

 そして今季、指揮官は優勝するために「影響力と経験があり、チームに落ち着きをもたらし、信念をドライブするために必要」という思いから、35歳のリーチを主将に指名した。リーチは「自分のプレーに集中したい」と一度は断ったが、最後はその思いを受け入れて10シーズンぶりのキャプテン復帰を決断した。 

 国際経験が豊富で英語も日本語も堪能なリーチは、選手とコーチ陣との架け橋となった。選手たちには厳しく要求する一方で、コーチ陣には選手側からの要望を伝えた。

 たとえば、試合2日前の練習が激しく試合当日に疲れが見えたら「少し強度を落としてほしい」とコーチに直訴。「試合へのプロセスがよくなっていけば、自然とパフォーマンスもよくなっていった」とリーチは振り返る。

 その一方で、グラウンドを離れれば、自宅で焼き鳥を100本ほど注文して大勢の選手を招待したり、韓国人選手たちと一緒に新大久保に行ったり、南アフリカ出身の選手と一緒に手作りソーセージを作ったり......。ピッチ内外でリーチは「潤滑油」の役割を果たしていた。

 現役選手で14シーズン前の優勝の味を知っている者はいない。リーチはチームで上から数えて3番目のベテランとなったが、「東芝は上と下のギャップもなく、選手同士の仲がいい。そこがいいところ」と目を細める。若手選手から「リーチさんを優勝させたい」「リーチさんを喜ばせたい」という声が多く聞かれたが、それも当然のことだった。

 リーチには東海大3年時、大学選手権の決勝戦で間違えて両方右足のスパイクを持参して負けたという逸話がある。今回の決勝戦には、あえてスパイクを3足持ち込んで臨んだ。「人生初の全国優勝。時間はかかったが、メンバーの入れ替えも激しいなかでしっかり継続できるようなレガシーを残していきたい」と、リーチはキャプテンらしく、すでに来季も見据えていた。

【東芝からの移籍は考えたこともない】

 リーチの東芝愛は深い。「東芝フォーライフ」と東芝での生涯現役を誓っていたリーチ。練習場のある東京・府中から遠出をすることもあまりなく、行きつけの定食屋、トンカツ屋、お気に入りのスナックもある。「府中が一番好きです。(日本では)ほかのチームに行きたいと思わないし(移籍は)考えたこともない」とキッパリ。府中愛、東芝愛を貫いている。

「(ブラックアダーHCが就任してから)この5年間、積み重ねてきた努力が報われて、やっとトロフィーを府中に持って帰ることができて、本当にうれしく思います。 今日は(練習場のある)北府中に帰ってビールを飲んで、(チームメイト)と一晩、過ごしたいなと思います」

 胴上げされたリーチは、初優勝の味を国立の空でしみじみと噛みしめていた。