総合優勝を狙える戦力に手応えを感じている前田康弘監督 photo by Oyama Shinji 6大会連続で箱根駅伝のシード権を確保し、前年度は総合5位。今季は初優勝を目標に掲げる國學院大学。強豪校のなかでは新興勢力といえる同校が躍進して…
総合優勝を狙える戦力に手応えを感じている前田康弘監督
photo by Oyama Shinji
6大会連続で箱根駅伝のシード権を確保し、前年度は総合5位。今季は初優勝を目標に掲げる國學院大学。強豪校のなかでは新興勢力といえる同校が躍進してきた背景には、定評のある育成力に加え、より充実させてきたものがある。それはダイヤの原石を集めるスカウト活動だ。
箱根駅伝の優勝経験を持ついずれの名門校も例に漏れず力を入れており、その成果次第で勢力図が変わるとも言われる。國學院大の指導にあたり15年目を迎える前田康弘監督に、これまでのスカウト事情を聞いた。
【出雲の劇的初Vで好循環が加速】
潮目が変わったのは、2019年の秋だった。
國學院大が7年ぶりに出場した出雲駅伝の最終6区。4位でタスキを受けた当時主将の土方英和(現・旭化成)が青山学院大、東洋大、駒澤大と次から次に強豪大を抜き去り、逆転勝利に導いたのだ。非エリート集団の痛快なアップセットは、いまも語り草になっている。
前田監督は、この出雲での三大駅伝初優勝がその後の有望な高校生をスカウトするうえで大きな意味を持つという。
「インパクトは大きかったです。19年以降、一気に加速しました。いまだに『あの大会に感銘を受けました』という高校生がいますから」
今年2月、日本学生最高記録の2時間06分18秒で大阪マラソンを制した主将の平林清澄(4年)も、高校時代に出雲の衝撃に心を震わせたひとりである。劇的なドラマは世代を問わず、感動を与えたようだ。
第100回大会(2024年)の箱根駅伝で山下りの6区を走った後村光星(2年)、1年生でメンバー入りした野中恒亨(2年)は中学3年生の時に19年秋の逆転劇をテレビで観戦し、赤と紫のユニフォームに憧れを抱くようになったという。後村は「これから強くなっていく大学になると思った」と振り返る。高校時代にインターハイ5000mの決勝レースを走った後村と野中が、國學院を選んだ理由のひとつは言わずもがな。
「最近は、『逆指名』も多いんですよ。後村、野中らはそうですね」(前田監督)
高校時代に全国大会出場を経験していない土方が、チームをけん引した影響も計り知れなかった。今年1月、1年生ながら箱根の4区で区間4位と好走した辻原輝(2年)は、國學院大の育成力に惹かれていた。
「高校時代に全国で目立った成績を残していなかった土方さんたちが大学で成長し、トップランナーになっていく姿を見て、自身の将来像に重ねたんです。僕も藤沢翔陵高(神奈川)では目を引くような実績を残せなかったので、國學院で強くなりたいって」(辻原)
それでも、相思相愛ですんなり決まるケースはまだ多くない。むしろ、タイムを持っている(速い)ランナーは、ほとんど他大学との競合になる。大学同士での駆け引きも出てくる。注目のタレントが出場するレース会場には、箱根の優勝経験を持つ大学関係者がズラリと並ぶ。
「フラれることも多いですし、スカウト活動はヘロヘロになります。このごろは競合するのがめちゃくちゃ強い大学ばかりで......。どうやって、強豪校に勝つのかを考えないといけません」(前田監督)
【互いのミスマッチを回避するために】
そのなかで、前田監督はどのように高校生たちに声をかけていくのか。
「まずは國學院の売りは何なのかをはっきりさせること。うちの最大の目標は、箱根駅伝優勝です。そこに向けて取り組みながら、意識や素質のある選手は大学時代からマラソンにもチャレンジできますよ、と。口だけではなく、実際、いまのチームでは平林がその姿を示してくれていますから」
ただ、速いタイムを持つ選手たちに、手当たり次第、声を掛けているわけではない。走り方に加えて、動きの柔らかさ、積極的なレース運びをしているかどうかなど、チェックすべき項目は多岐にわたる。その選手が描く将来のビジョンも、大事な要素のひとつとなる。
「箱根駅伝で活躍したい、将来マラソンに挑戦したいと言うのであれば、それなりの練習をしないといけません。早い段階から仕掛けていかないと、箱根で戦うのは簡単ではないです」
そして、何よりも人間性をしっかりと見る。本人と何度か話すだけでは見えない部分もあるため、大切にしているのは高校の陸上部の先生と密なコミュニケーションを取ることだ。
「選手の中身について、最も知っているのはやっぱり身近な先生です。深い信頼関係を築くことで、生活態度、競技志向などの正確な情報をもらえます」
國學院大のスカウトは、一方通行ではない。ミスマッチが起きないように大学のありのままの姿を見てもらい、最後は本人の判断を仰ぐ。百聞は一見にしかず。寮に招き、そこで生活する選手たちと一緒に食事をとり、同じサイクルで練習もしてもらうという。
「どの大学もスカウトする時は、よいところばかりをアピールしますので、うちは一度寮に来てもらい、チームの雰囲気を肌で感じてもらうようにしています。先輩と直接話すほうが嘘もないと思います。入学したあとに『こんなことは聞いていなかった』となれば、監督、スタッフとの間に溝ができてしまう。それはお互いにとって、よくありませんから」
國學院大が箱根駅伝で初めてシード権を獲得したのは、5度目の出場となった2011年(第87回)大会。いまでは新興勢力から強豪になりつつあるが、嘘のないスカウトで戦力を充実させてきた。
國學院の新入生では史上初の5000m13分台ランナーの山本歩夢(現・4年の副主将)が入学してから3年――。
今年度は1年生から4年生まで、いずれの学年にも世代トップクラスの選手を抱えている。4年生は平林、山本の二本柱、3年生は今年3月の日本学生ハーフマラソンで優勝した青木瑠郁をはじめ箱根経験者が4人、2年生にも1年目から箱根で区間10位以内にまとめた田中愛睦、吉田蔵之介ら4人の実力者がいる。新入生に目を向ければ、浅野結太、飯國新太、中川晴喜、尾熊迅斗の4人が13分台ランナーだ。ここからの成長次第では、さらなる戦力の底上げが期待できる。
まさに勝負のシーズン。好転するスカウト活動と自信を持つ育成の歯車ががっちり噛み合った。地道にコツコツと國學院大の基盤を築いてきた前田監督の今年度に懸ける思いは強い。
「今年度は最大のチャンスだと思っています。スカウトを好循環させていくうえでも4年、5年に一度は、三大駅伝のひとつでも勝たないといけない。世間の人たちは青学、駒大が勝つと思っているかもしれませんが、その前評判をひっくり返したい。そうすれば、また大きなインパクトを残せますから。善戦するけど、2強の牙城を崩せないというイメージはつけたくないです」
勝つ意欲にあふれているのは、走る選手も同じだ。「一緒に箱根駅伝で初優勝しよう」という熱い口説き文句に心を動かされた者たちが全学年にそろう。春のトラックシーズンから勝負にこだわり、駅伝を見据えて準備を進めている。悲願達成へ、機は熟した。