5月特集 F1 セナから20年後の世界 スペインGPが開催されるバルセロナのカタルーニャサーキットのパドックに、今年も所狭しと11チームの豪華なモーターホームが建ち並んだ。この光景を見ると、F1がヨーロッパに戻ってきたのだということを実感す…

5月特集 F1 セナから20年後の世界

 スペインGPが開催されるバルセロナのカタルーニャサーキットのパドックに、今年も所狭しと11チームの豪華なモーターホームが建ち並んだ。この光景を見ると、F1がヨーロッパに戻ってきたのだということを実感する。

 ヨーロッパラウンドの開幕となるスペインGPは、地元の英雄フェルナンド・アロンソ(フェラーリ)の人気もあって、例年大勢のゲストがやってくることで知られている。

「今年のバルセロナは人が少ないなぁって思ってたんです。でも向こうの(上位チームのモーターホームの)方に行ったら、えらい人がたくさんいましたね。あ、そういうことかって自覚しましたよ」

 ケータハムの小さなモーターホームの2階で、小林可夢偉は苦笑いをしながら言った。



最下位に沈むケータハムを牽引する小林可夢偉

 ランキング最下位のケータハムは、メインゲートから最も遠いパドックの隅に追いやられている。大勢のゲストで賑わうフェラーリやレッドブルのモーターホームが建ち並ぶ一角から遠く離れ、ここまでやってくる人は少なく、閑散としている。

「こっちまで来てくれないんですよね(苦笑)」

 そうこぼした可夢偉は、バルセロナのコース上でも、イヤというほど「下位チームの悲哀」を味わった。

 今回、ピレリが4種のスペックのうち、最も硬いハードタイヤとミディアムタイヤを投入したことで、可夢偉とケータハムはおおいに悩まされることになってしまった。

 低速から高速までさまざまな種類のコーナーが折り込まれたこのサーキットでは、マシンのあらゆる性能が試される。十分なダウンフォースがなければ高速コーナーでマシンを路面に押しつけて安定させることはできず、タイヤに負荷をかけてゴムの内部まで発熱させて性能を引き出すことができない。F1のタイヤ表面のゴムを溶かして路面に粘着させるためには、110度を超える温度が必要とされる。

 発熱できないとグリップ力が高まらずに滑り、摩擦熱で表面だけがオーバーヒートする。そのせいで摩耗が進み、余計にグリップ力が下がってさらに滑るという負のスパイラル。それは十分なダウンフォースがないマシンと、硬いタイヤという最悪の組み合わせによって生み出されていた。

「もうね、ハードタイヤは石みたいに硬いんです。石を4つクルマに付けて走ってるようなもんです。滑るし。ウエットコンディションで走っているみたいにグリップしないんです。乗っていて運転するのがツラい状態。泣きそうですよ」



スペインGPでの可夢偉の成績は、予選21位、決勝はリタイアだった

 予選では、新品タイヤを履いてタイムアタックに向かった途端、可夢偉のマシンはあらぬ方向を向いた。スロットルを踏むと同時に、最終コーナーの立ち上がりでリアが流れてスピンしそうになったのだ。

「オーバーランじゃなくて、"オーバーイン"したんですよ! アタックラップに向けてうまく立ち上がろうと思って最終コーナーでアクセルを踏んだら、グリップしなさすぎてクルマがインに巻き込んでいって。普通、新品タイヤを履いた時にあんなことはあり得ないですよ。あの瞬間、新品タイヤでもグリップがないなって分かりましたね」

 ともすればドライバーのミスと断罪されてしまいそうな予選アタックの失敗だったが、チームに可夢偉を責める者はいなかった。なぜなら、スピンしてしまった原因が、可夢偉のドライビング技術以外の部分にあったからだ。

 ケータハムはこのバルセロナにアップデートパーツを持ち込んだが、金曜フリー走行で試した限りでは、ドライバーがその効果を実感できるほどではなかった。そこで、土曜朝のフリー走行では旧型パーツに戻して走ったのだが、数値上はわずかながら新型の方が優れていることが確認できたため、再び新型パッケージに戻し、可夢偉はぶっつけ本番で予選を走ったのだ。

「タイムがあまりにも遅くて、(評価をするという)そんな次元じゃないなっていう状態でしたね。やれるだけのことはやったから、これ以上はしょうがない。

 一応アップデートのパーツは入っているんですけど、そんなに大きいものじゃないんです。自信を持って『これが入ったぞ』っていうほどではない。まぁ、あるだけ良いですけどね。上海(中国GP)では、バルセロナで新型パーツが入るって言うてたのに、ものすごく小さなものしかなかったから痛かった」

 実際のところ、バルセロナではもっと大きなアップデートが投入されるものと可夢偉は思っていた。1月下旬にこのチームに加入し、開幕前のテストを通してチームとともに方向性を議論してきたマシン開発が、ようやく形になってくるはずだった。

 ただ、思ったように開発はうまく進んでいなかった。スペインGP前にイギリスのファクトリーを訪れた可夢偉は、チームスタッフの間に「こんなはずじゃなかった」という雰囲気が漂っているのを感じたという。

「この先は、(各チームの開発が進むので)他車がリタイアすることでポイントを獲れるなんてことは考えられないでしょ? それでもチームのムードを盛り上げていかないといけないから、たいへんですよ」

 5月10日、ケータハムは技術体制の変更を発表し、テクニカルディレクターのマーク・スミスを更迭して各部門の代表者3人による合議制へ移行することを明らかにした。2012年に飛躍したザウバーが採った方策と同じだ。

 可夢偉のひと声でそれが決まったとは言わないが、開発の遅れの原因が従来の技術体制にあったことを可夢偉は示唆した。

「僕が変えてほしいと言ったわけじゃないですけど、チームの問題点を指摘していった結果、こうなったということです。チームは変わろうとしているし、変わらなきゃいけない。あとは予算があればというところやけど、それはザウバーやマルシアも同じ(ように資金難に苦しんでいる)わけで、予算の問題よりも、僕らはもっと根本的に変わるべきところがいっぱいあると思いますよ」

 そう語った可夢偉のスペインGPの結果は、決勝レースの34周目に突然左フロントのブレーキディスクが割れてリタイアとなった。
※優勝はメルセデスAMGのルイス・ハミルトン。2位に同じくメルセデスAMGのニコ・ロズベルグ、3位にはレッドブルのダニエル・リッカルドが入った。

 何の前触れもなく「ブレーキを踏んだ瞬間に『バーン!』やから、めっちゃ恐いですよ」。可夢偉は「(トラブルがなければライバルチームの)マルシアの前でゴールできていたかもしれない」と言いながらも、「どうでも良いですよ、そんなレベルの低い話は」とサバサバしていた。

 バルセロナであらためて痛感した「下位チームの悲哀」。しかし、それにくじけるような可夢偉ではない。そこから脱出するための道のりを、すでに歩み出している。そして、その歩みを止めることはないはずだ。




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