2大会ぶりに個人種目の五輪代表内定を勝ち取った池江璃花子 3月17日から24日までの8日間、東京アクアティクスセンターで行なわれたパリ五輪代表選考を兼ねた競泳・国際大会代表選手選考会。そのなかでも女子100mバタフライで代表権を勝ち取った2…
2大会ぶりに個人種目の五輪代表内定を勝ち取った池江璃花子
3月17日から24日までの8日間、東京アクアティクスセンターで行なわれたパリ五輪代表選考を兼ねた競泳・国際大会代表選手選考会。そのなかでも女子100mバタフライで代表権を勝ち取った2選手が、パリ五輪への期待を抱かせる泳ぎを見せてくれた。
個人種目では2大会ぶりの五輪代表権を獲得し、3大会連続の五輪出場を決めた池江璃花子(横浜ゴム/ルネサンス)、その池江を抑えて一躍日本のトップに躍り出た高校2年生、平井瑞希(アリーナつきみ野SC.YW/日大藤沢高)。互いの切磋琢磨が、しばらく離れていた世界の頂との差を縮めていくはずだ。
【50m自由形後の涙の意味】
今大会、3種目にエントリーした池江璃花子。最も力を入れて取り組んできた100mバタフライは大会2日目の決勝で日本水泳連盟が設定した五輪派遣記録(以下、派遣標準)突破を果たし、3位の松本信歩(東京ドームS/早稲田大)をわずか0秒01差でしのぎ2位となり個人種目での代表に内定。出場2種目めの100m自由形は派遣標準に1秒以上届かなかったものの、決勝1位で400mメドレーリレーでの出場を確実にした。そして、最終日の50m自由形決勝では1位になるも、派遣標準に0秒33届かず「不甲斐ない」と涙を流した。
「今大会は、いいレースが1個もなくて......こんなに頑張ってきたのに結果が出ないのはすごく悔しいし、パリ(五輪出場)が決まったことを素直に喜んでいない自分もいます。100mバタフライは決まったといっても、0秒01遅かったらっていう気持ちもあって......。そういうことばかり考えていて納得がいっていないというか、泳ぐ度に『なんでこんななんだろう』と思っていました。この数カ月間は、自分の競泳人生のなかでも一番頑張ってきたと思えるくらいだけど、それでもこんな結果で......。みんなから『パリに行けるよ』と言われても、満足できない自分もすごく嫌だし。とにかくまた一からやり直すしかないなと思います」
周囲からの賞賛の声に素直に喜ぶことができなかったのは、それだけ池江本人がより高いレベルに視線を置ける位置まで戻ってきた証拠ともいえる。
自由形で思うような泳ぎと結果を得られなかったとはいえ、2018年には世界ランキング1位に上り詰めた100mバタフライでパリ五輪の切符を手にしたことは、「池江復活」でもあり、再び世界の頂を目指す「新たな池江璃花子」への大きな一歩になったことは間違いない。
なかでも大会初日の準決勝の泳ぎは収穫が多かった。力みのないスムーズな泳ぎで前半50mを26秒30で折り返すと、「ラスト15mはすごくきつかった」という後半50mも崩れることなく57秒03でゴール。代表内定条件である派遣標準Ⅲのさらに上をいく、世界大会の決勝進出レベルを想定して設定された派遣標準Ⅱを0秒03上回った。
「57秒3を切るくらいは出しておきたいと思っていたのですが、心のどこかで『56秒台も出るのではないか』と思っていました。でも最後はものすごくバテたので、少し遅いかと思ったから、タッチして57秒0台を見たときは『自分の見間違いかな』と思ったりしたくらい。決勝で56秒台を出すためには、準決勝はいいレースができたと思う。内心はすごくうれしい気持ちはあるが、『目標はそこじゃない』と自分のなかで言い聞かせて気持ちが緩まないようにしました」
【豪州での刺激と意識の変化】
池江は昨年の秋に渡豪。以来、オーストラリアの名将、マイケル・ボールコーチに師事し、以前は競り合っていたエマ・マキーオン(オーストラリア/東京五輪で金4、銅3と女子選手として史上最多の1大会7個のメダル獲得)らと一緒に練習をするようになり、意識も変わってきた。
「昨年までは(競技に)復帰以後の自己ベストに対してはすごくうれしい気持ちもあったし、自分の成長を感じていました。でもオーストラリアに行ってからは自分の目標がだんだん変わってきた。もっと強くなるためには、本当の自己ベスト(50m、100mバタフライ、50m、100m、200m自由形は2018年に樹立)を意識しながらレースをしたり、練習してきました」
ここ数カ月間はコーチから、50mバタフライは25秒50までいっているのに(昨年の世界水泳選手権予選)、100mの前半50mをなぜ26秒台で入れないのかと言われ続け、悩んでいたが、その部分も準決勝でクリアできた。
「26秒台真んなかで泳ぐ練習をしたり、ダイブ(飛び込み)から25秒台を出す練習を何本もしていたけど、後半(50mでバテること)が怖いから前半行けないっていうのがずっと課題でした。でも後半をしっかり泳ぎ切るための練習はちゃんとやってきていたので、今日は怖がらずに泳げました」
翌日の決勝は、想定していた26秒5より速い26秒35で前半50mを入ったことで動きが悪くなり、終盤には隣のレーンの平井瑞希に離されて2位。それでも派遣標準を0秒04上回ったうえ、3位の松本を100分の1秒振り切り、代表の座を手にする執念を見せた。
「昨日が57秒0(台)だったのでタイムに焦りは全くなくて、あとは56秒出るか出ないか、1番、2番を争うだけかなと思い、周りの選手はほとんど見ずに自分のレースに集中していました。56秒台を出しておきたかった心残りは少しあるけど、ここ数年は、"早く試合が終わればいい"とか、レース前のギリギリの状況で"このままレースに出られなくなればいいのに"など、マイナスなことしか考えてなかったことに比べると、今回は高校生の時のように、レースが楽しみでワクワクして『何秒出るんだろう』という気持ちになれました。そういう気持ちを戻せたことが、自分のなかで今回の100(m)のバタフライは大きい収穫だったと思います」
昨シーズンが終わった時点では、「50m種目にフォーカスしてやっていきたい」と話していた。だがオーストラリアに渡ってからの数カ月間で、100mをしっかり泳げる体力をつけ、バタフライでは56秒台で泳ぐ自信もついてきた。
「ここまで成長できたのなら、パリまでの数カ月間ももっと努力できるしもっと強くなれると思うので、そこは本当に自分に負けずに頑張りたい」と話す池江。パリ五輪で勝負する100mバタフライについては、8年前の自分と照らし合わせながら目標を定めている。
「まだリオ五輪に行く前の15歳の時の自分の記録は今の段階で超えているので、16歳の時のリオの決勝タイムを自分がちゃんと上回れることが目標。自分を超えられるのは自分しかいないのでそこを信じていきたい。パリに向けて56秒台中盤や前半のタイムを出すことを目指して強化していけたらなと思います」
リオデジャネイロ五輪に進む前の自己ベスト(日本記録)が57秒56だった池江は、その記録を高校1年になったばかりの4月の代表選考会(日本選手権)で0秒01更新すると、オリンピック本番の決勝では56秒86まで記録を伸ばし5位になった。そしてそれがさらなる飛躍へのきっかけとなった。その再現をパリ五輪の目標にし、2度目になる世界挑戦へのスタートラインにしようとしている。
【池江を抑えた高校生・平井瑞希の強さ】
まだまだ伸び代のある平井瑞希
そんな池江を100mバタフライで破った平井は、高校3年生で臨むパリ五輪から、かつての池江が歩んだ道のりを追いかけるような挑戦を始めようとしている。
平井は同種目で一昨年、昨年と出場した世界ジュニア選手権で優勝に3位、昨年のインターハイを制するなど、世代トップ選手として活躍してきた。この冬場もその成長曲線は止まらず、昨年まで58秒台だった自己ベストを今年2月には57秒08まで伸ばしていた。そして今大会でも予選で派遣標準を突破する57秒23で1位通過すると、準決勝では57秒13。そして決勝では前半50mを4番手で折り返すと、終盤に伸びて56秒91の自己新で優勝を果たした。この種目での56秒台は日本女子では池江に続き史上2人目である。
記録向上の大きな要因にキックが挙げられる。昨年末からトップ選手の映像を見て水中でのドルフィンキックの技術を改良し、スタート後のキックもこれまでより2回少ない回数で同じ距離、スピードで進むまでになった。打つ回数が減ることは、体力が温存される効果も生み出す。
指導する萱原茂樹コーチは「スタート後のドルフィンキックも15mの制限がなければもっと速い。特に彼女はダウンキックよりもアップキックのほうがうまい。どうしても下(に蹴る)よりも上に上げる動作は力が入ってしまうけど、そこがうまいのは彼女の武器」と評価する。
平井の成長は家族の熱心なサポートにも支えられてきた。萱原コーチの指導を受けるために中学3年の9月から、当時居住していた愛知県から神奈川県に土日ごとに通い始め、中学卒業を機に家族で神奈川県に移住したほどだ。萱原コーチは「なぜ自分が選ばれたのかわからない」と微笑しながらも、その指導方針は「平井に限らず、泳ぎ(フォーム)をいじらないこと」と言うように、選手自身が考えながら成長できる関係が築き上げられているのかもしれない。
平井は五輪代表を決めた後、冷静にレースを振り返った。
「最後のタッチが伸びてしまった。それに後半の浮き上がりがすごく失敗してしまったので、そこを直して五輪のメダル獲得という目標に近づけるように頑張りたい。池江さんはずっと目標にしていた選手なので、一緒にパリに行けるのはすごくうれしいです」
平井も池江と同じように「単種目には絞りたくない」と、今大会では100m自由形や50m自由形にも出場し、50mバタフライでは1位になっている。萱原コーチは「ストロークにはまだ課題があるが、そこがうまくなれば可能性は無限大」と、パリ五輪での飛躍を期待する。
2度目の世界挑戦を始めた池江と、新たな挑戦の平井。ふたりがこれから刺激し合って競り合っていけば、女子バタフライの世界との差は、再び大きく縮まり始めるに違いない。そんなふたりへの期待を大きくする代表選考会になった。
パリ五輪まで切磋琢磨することで世界の頂に近づきたい