とにかく飛ばない──これが、今春から導入された低反発の「新基準バット」の感想だ。 本題に入る前にあらためて新基準バットについて紹介したいと思う。きっかけとなったのは、2019年夏の甲子園で岡山学芸館の投手がライナーを受けて頬骨を骨折したこ…

 とにかく飛ばない──これが、今春から導入された低反発の「新基準バット」の感想だ。

 本題に入る前にあらためて新基準バットについて紹介したいと思う。きっかけとなったのは、2019年夏の甲子園で岡山学芸館の投手がライナーを受けて頬骨を骨折したこと。さらに同年、投手の障害予防による有識者会議があり、そこで打高投低により投手の肩・ヒジの負担が増しているとの指摘が出て、飛びすぎて危険だった従来の金属バットから木製バットに近づけた新しいバットに変更する運びになった。

 新基準バットは、以前のバット(最大直径67ミリ未満)から3ミリ細い(最大直径64ミリ未満)。一方で打球部は約3ミリから約4ミリと厚くなり、トランポリン効果と呼ばれる反発性能を抑制(重さは900グラム以上で変更なし)。打球速度、飛距離が落ちるといわれている。


初戦の作新学院戦で本塁打を放った神村学園・正林輝大

 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【ホームランは1回戦の16試合で2本】

 では、実際にどれだけの影響が出ているのか。本塁打に関しては、1回戦16試合が終わった時点で、豊川のモイセエフ・ニキータと神村学園の正林輝大の2本のみ。

 スタンドから見ていて以前のバットと明らかに変わったと感じるのが、上がった打球は飛ばないということだ。当たりや角度から、「これはいった」と思う打球がスタンドに届かない。青森山田の4番・原田純希が京都国際戦の9回裏に放った打球は完全に本塁打かと思ったが、失速してライトフライに終わった。

「若干詰まりました。前のバットだったら入っていると思います。飛距離は芯に当たれば前のバットと変わらないんですけど、芯を外した時は違いますね」(原田)

 ライナー性の打球は鋭く飛んでいくが、以前なら外野の頭を越えていたと思われる打球が伸びず、外野手のグラブに収まってしまう。

 出場校中トップのチーム打率.397を誇る健大高崎の生方啓介部長はこう語る。

「飛ばないですね。練習試合では何本か本塁打が出ましたが、右中間、左中間への本塁打は無理でしょう」

 事実、モイセエフ、正林の本塁打はいずれもライトポール際だった。ライナー性、かつポール際に飛んだ打球以外はなかなかフェンスを越えるのは難しいだろう。

 技術面でいえば、新基準バットは歓迎されるべき点がある。

 一番は本塁打を誰もが打てる状況ではなくなったこと。芯の広いこれまでのバットだと、力のない打者や技術のない打者であっても、いい角度で上がれば風に乗ってスタンドインする打球が多く見られた。それを狙って、近年は食事トレーニングや筋力トレーニングで体をつくり、マン振りをするチームが増えていたが、それでは通用しない。本塁打を打つには、芯に当てる技術とパワーの両方が求められることになった。

 技術向上のために練習では木製バットを使う学校も増えてきたが、青森山田の3番・對馬陸翔(つしま・りくと)と5番の吉川勇大は試合でも木製バットを使用。吉川は京都国際戦で左中間への三塁打を含む2安打を放った。青森山田の兜森崇朗監督は言う。

「ふたりは前のチームから主力なんですが、力任せで強引になっている部分があり、(技術が)伸びきらなかった。それが木製バットを使うことによって、力に頼ることなく、ヘッドを走らせる感覚が身についたと思います」

 当然のことながら、新基準バットに変わらなければ、ふたりが木製バットを使うこともなかった。木製バットでどう打つかという練習を重ねた結果、技術向上につながったといえる。従来の金属バットでは大学など上のレベルで木製バットになった途端、打てなくなる打者がいたが、今後はそのような打者の割合は減っていくのではないか。

【バント成功率はアップ】

 飛距離以外に新基準バットの影響を感じるのがバントだ。反発力がなく、打球が死にやすいため、コースを狙わなくても成功する確率が高くなっている。

 京都国際は青森山田の試合で、9回表無死一塁から石田煌飛(きらと)が送りバントを決めたが、バットに強く当たって投手正面に転がり、石田本人も「(失敗だと思って)ヤバいと思いました」と言う打球だった。それでも打球は思いのほか弱まり、走者を進めることができた。

 もっともバントが決まりにくい無死一、二塁のケースでも、タイブレーク3試合(八戸学院光星対関東一、近江対熊本国府、愛工大名電対報徳学園)で合計7度試みられた送りバントのうち、失敗したのは近江の1回だけ。

 このほか、中央学院の背番号17・岩崎伸哉が耐久戦の7回裏二死三塁でセーフティーバントを決めるなど、バント安打も増えている印象だ。

 投手側から見ても、新基準バットはプラスになっている。明らかに飛ばないため、思い切って投げられるからだ。宇治山田商のエース・田中燿太は球速130キロ台前半と球威のあるタイプではないが、「以前だったら外野を越えていた当たりが抜けないでアウトになる。長打が出ないのでコースを狙わず、多少アバウトでもいいという気持ちで投げられます」と精神的な負担減を口にしていた。

 また、豊川対阿南光戦では投手ライナーが2本あった(1つは捕球。もう1つははじいた球を拾って一塁送球してアウト)。いずれも鋭い当たりで、以前のバットならもっと打球速度が速く危険だった。こちらの面でも導入の効果はあったといえる。

 最後に、バットのメーカーについてもつけ加えておきたい。大会前、筆者にはイーストンとゼットの評判のよさが伝わっていた。実際、各チームで使用割合を聞くと、明らかにイーストンとゼット(ゼットパワー)を使うチーム、選手が増えた印象だった。

 それでもやはり多かったのはミズノ。筆者には、前規格で人気だったミズノの『Vコング』は低反発になり「バランスが変わった」と不評が伝わっていたが、多くの選手が使用していたのはミズノプロのオーダー。トップ、ミドル、カウンターのバランスやグリップテープの種類などを自分で選べることが人気の秘密だ。

 だが、このバットはオーダーのため既製品よりも高価(4万円ほど)。低反発になり、ただでさえバットの価格が上がったのにさらに高い。甲子園出場校のあるチームの指導者は「公立校はとても買えませんよ」と嘆いていた。

 2001年にバットの変更(最大直径67ミリ未満、重さ900グラム以上)が行なわれた際も、導入当初は影響が出たが、数年経つと従来のように打つようになった。新基準の低反発バットの時代はまだ始まったばかり。メーカーもこれから改良を重ねてそれなりに飛ぶようになるだろう。打者の技術面とともに、どう変わっていくのか。今後に注目していきたい。