これは誇張表現でもなんでもなく、花咲徳栄の3番打者・西川愛也(にしかわ・まなや)は「サムライ」である。

 埼玉大会の試合後、西川が見せたある動作について聞いてみた。「サムライを意識しているのですか?」と。すると西川は「はい」と首肯(しゅこう)した。「ルーティンにしているんです」と。



埼玉大会では打率5割、4本塁打と甲子園出場の立役者となった西川愛也

 西川は打席に入って足場を固めた後、左手でバットの先端を順手で握り、そこからバットを引き抜いて先端を投手に向ける。この動作が、まるで鞘(さや)から刀を引き抜いているように見えたのだ。クールで黙々と努力を重ねる職人気質の西川だけに、このようなパフォーマンスを人知れずしていたことは意外だった。

「岩井(隆)先生に『ルーティンを大事にしなさい』と言われて、2年の夏から始めました。刀を抜くようにバットを手から抜いて『打てるんだ』と言い聞かせるんです」

 冗談混じりに「剣豪のイメージ?」と聞くと、西川は真顔でうなずいた。決して生半可な気持ちでやっているのではないことが伝わってきた。

 かねてより、なぜ西川はいとも簡単にヒットを打てるのだろう? と不思議に思っていた。技術だけでは説明しきれない、「何か」を感じたまま、消化できずにいた。西川の話を聞いて、その謎がひとつ解けたような気がした。この選手は打席でルーティンに入った瞬間、本気でサムライの世界に入り込んでいるのだろう。

「打席のなかでフォームのことを考えていたら絶対に打てません。考えずに、来たボールに反応するだけです」

 今夏、西川のスカウト評価は急上昇している。埼玉大会では7試合で5割の打率を残し、放った4本塁打のうち2本塁打が快足を飛ばしたランニング本塁打ということが話題にもなった。注目度が増した影響か、大会中には寮で西川のユニホームがなくなり、外部犯による盗難が疑われる事件も発生した。

 西川は甲子園に愛されている。1年秋は公式戦わずか6打席の控え選手だったにもかかわらず、当時の4番打者が故障したため2年春のセンバツは「代理4番」に抜擢。秀岳館(熊本)を相手にいきなり2安打2打点を放った。2年時は春夏合わせて甲子園で4試合を戦い、14打数8安打、打率.571と抜群の相性を誇っている。西川も「甲子園はボールがよく見えるので、いいイメージがあります」と語る。

 3年生になって初めての甲子園初戦・開星(島根)戦では、1回表、一死三塁のチャンスで打順が回ってくると、初球を引っ張り一、二塁間を抜く先制タイムリーを放った。まさに「いとも簡単に」とはこのことを言うのだろう。それくらいあっさりとヒットを放ってみせた。

 試合後、西川は「簡単ではないです」と苦笑しながら、自身の打撃観を語ってくれた。

「一番大事なのは力まないことだと思います。力んでいては思うようにプレーできないので、そこは心がけています。あとは自分の間(ま)で、自分のポイントでとらえること。相手(投手)に合わせずに、自分の間に呼び込むことを意識しています」

 西川の構えはグリップの位置が低い。これは肩に力が入らないようにするためだという。ゆったりと軸足に体重を乗せ、グリップを高い位置に引き上げてトップをつくり、しなやかにスイング。その流れるような一連の動作のなかで力感を感じるのは、インパクトの瞬間だけだ。

 埼玉大会では、ある試合の終盤に岩井監督から「もう1点欲しい」とリクエストを受け、あっさりと変化球を三遊間に流してタイムリーヒットを打ってみせたこともあった。

 本人も「ランナーがいる方がいつも以上に集中できる」と語るが、大事な場面になればなるほど、肩の力がほぐれて伸びやかなスイングができる。だからこそ、「簡単」に見えてしまうのだろう。

 西川という打者が、もはや「高校生」という次元にいないことは間違いない。2年夏終了時点では3本だった高校通算本塁打も、現在は30本。一発長打の怖さも出てきた。2年春に右大胸筋を断裂し、現在も全力でのスローイングはできないが、そんなマイナス要素を打ち消すだけの魅力がある。

 4万7000人を飲み込む甲子園球場という大舞台でも、普段と変わらず、いやいつも以上に伸びやかな打撃を披露する西川は、こんなことも言っていた。

「バッターボックスに入ると、集中しているので応援も一切聞こえません」

 やはりこの男は「サムライ」なのだと、あらためて実感した。