オランダリーグは自国選手の労働市場を保護するため、EU外の選手に高額の最低年俸が定められている。シーズンによってその金…
オランダリーグは自国選手の労働市場を保護するため、EU外の選手に高額の最低年俸が定められている。シーズンによってその金額は変わるが、今季は40万ユーロ(約6500万円)を超す給与が想定される。スパルタ・ロッテルダムで2季目を過ごす斉藤光毅は、シティ・フットボール・グループのロンメル(ベルギー)から貸し出されている選手である。
だから、スパルタが昨年末、アルビレックス新潟から三戸舜介を4年半契約で獲得したのはセンセーショナルだった。1888年創設の名門クラブにとって、三戸は初めてEU外から獲得したクラブ保有の選手なのだ。

スパルタで活躍する三戸舜介(左)と斉藤光毅(右)
photo by AFLO
新潟で14番を着けた三戸は、164cmという短躯を逆手に取り、アジリティとスピードを活かしたプレーが武器。小回りの効くプレーで大柄なDFを翻弄し、ヨハン・クライフの格言「不利に利点が宿る」を具現化するアタッカーだ。しかも、タンクのようなパワーもある。新潟時代の三戸は30メートル前後の距離から強烈なシュートを決めたりしていた。
「私たちは長い間、舜介のプレーを追い、彼をロッテルダムに連れてくるために多くの時間を費やしてきました。 舜介の周囲の人々や(斉藤)光毅は、彼についてポジティブでした。昨年12月、私たちは舜介に会うため、3日間の旅程で日本に行きました」(ヘラルト・ナイカンプ・テクニカルディレクター)
スパルタは"翼"を欲していた。昨季活躍した右ウインガー、ヴィトー・ファン・クローイはサウジアラビアのアル・ワフダ・メッカに移籍し、左サイドで違いを作る男・斉藤は9月末から1月末まで負傷で戦線離脱。4-3-3システムのスパルタは今季前半戦、サイドアタックの迫力不足に悩まされた。
だから、三戸は即戦力。12月3日のJリーグ最終節セレッソ大阪戦を終えるとオフに入り、1月上旬にスパルタのスペイン冬合宿から再始動し、1月13日のフォルトゥナ・シッタルト戦(2-0)に先発するも、まだコンディションが整いきっておらず、45分間の出場にとどまった。
【元オランダ代表のファンタジスタも大絶賛】
それでもユルン・ライスダイク監督は、ためらうことなく三戸を先発に抜擢する。すると"21歳のサムライ"は33分、右45度から右足を振り抜き先制弾をネットに沈め、指揮官の期待に応えた。
前半だけで終わった三戸のオランダ・デビューマッチ。しかし、彼のゴール、ドリブル、積極的にシュートを撃つ姿勢はインパクトを残し、実に4つのメディアの週間ベスト・イレブンに『Shunsuke Mito』の名があった。
オランダの公共放送局NOSのサッカートーク番組『ストゥディオ・フットボール』では、かつてファンタジスタとして活躍したラファエル・ファン・デル・ファールトが三戸のプレーに対して唸った。
「日本人の選手はすばらしいテクニックがベースにある。信じられないほどだ。三戸はデビューマッチで即座にゴールを決めた。彼ら(三戸と斉藤)は両利き。とてもユニークだ」
1月下旬にチームに復帰した斉藤とは、世代別日本代表で一緒にプレーしてきた仲ということもあり、息のあったコンビネーションを披露。とりわけ、斉藤の受け持つ左サイドに三戸が寄っていった時の"阿吽の呼吸"は秀逸だ。
2月11日のフェイエノールト戦(0-2)は、スパルタが専守防衛システムを採用したこともあり、三戸が攻撃面で光ることはなかった。だが、4万7500人の観衆が熱狂するなか、三戸は「フェイエノールトのスタジアムはすごかった。一気に『ワアー』ってなる。普通にプレーしているだけでも鳥肌が立ちました。初めての経験でした」と得難い体験を積んだ。
2月17日のエクセルシオール戦(4-2)で三戸は控えに回り、連続先発出場は5試合で途切れた。
「三戸は疲労が溜まって、足がパンパンなんです。彼はオフからチームに合流し、万全のコンディションではないなか、プレーし続けているのだから、疲れるのも当然です」(ライスダイク監督)
この試合の三戸は66分からピッチに入ると、ファーストプレーで敵のマークをターンでかわし、カウンターの"トリガー"になった。ボールロストしたら即座に失点という危険なエリアでの大胆な突破に、斉藤は「あそこでターンできるのはすごい」と唸った。三戸は「あのプレーができたので、交代出場でも試合の波に乗ることができました」と手応えを掴んだ。
【新潟からオランダへ。激動の2カ月間を振り返る】
続くNEC戦(0-2)で再びスタメンの座を勝ち取った三戸は、斉藤とともにチームの攻撃を牽引。しかし、ビッグチャンスにゴールを決めきれなかった。斉藤は後日、NEC戦後のふたりの様子を交えて語ってくれた。
「決定力は大きな課題。『(NEC戦後は)俺らのせいで負けたね』というようなことを、ふたりで話しました」
決定力の改善が急務であることは、昨年12月に新潟までやってきたナイカンプTD(テクニカル・ディレクター)と三戸は確認しあっている。
そして、あっという間に3月。長かったオランダの冬ももうすぐ明ける。3月2日のAZ戦(1-1)を終えた時点で8試合(うち先発7試合)出場1ゴールの三戸は、この2カ月間を振り返る。
「手応えがありつつ、だんだん課題も見つかっています。今は慣れていく状態ですね。自分のクイックネスは通じる部分があるので、そこを活かしていきたいと思う。
あとはフィジカル面で、当たり負けしたり、走り負けたりする。日本ではスピードを武器にしてきましたが、こっちだとそこまで目立たない。また、プレーに対する気持ちとでも言うんでしょうか、球際での気持ちの入り方が違います。強度がすごくあると思います」
さらに感じているのは、メンタルをもっと強くしないといけない、ということ。たとえば英語で自分の思いを伝えきれないと、「このことを言いたかったのに、英語ができないから」と落ち込むこともあるという。
「それで、だんだん悪い方向にいっちゃって、練習中でも自分にボールが来た時にけっこうミスしたりするんですよ。こっちに来て、そういうことが積み重なることが多いので、やっぱりメンタルを強くしないといけない。英語を学ぶことはもちろん大事なんですけど、そういうところで一個一個落ち込んでいてもな、という感じです」
この話を聞くと、AZ戦の前半まずまずのプレーだった三戸が後半になってパフォーマンスを落とし、2回立て続けにミスしたことも腑に落ちる。
「そこ(ミス)はメンタルだと思いますね。あの時間帯はちょっと2回連続ミスしてなんか......。ちょっとメンタルがやられていましたね」
【ひとつ年上の先輩・斉藤光毅からのアドバイスは?】
斉藤はヨーロッパに来て3年目。コロナで人の往来がなくなった時期に、ロンメルという日本人の姿を見ることのない小さな町でプレーした。期せずしてひとつ年下の後輩がチームメイトになり、どう感じているのだろうか?
「自分が気づかないところでそういうこと(助け)をしているかもしれませんが、 『なんかしなきゃ』と思いすぎないようにしています。自分が最初に来た時と比べたら、彼はとても自立していて、ひとりで全部できると思います。自分は助けがすごく必要でした。
彼なりに悩んでいることはあると思うんですけど、自分が来た時と比べてやっぱりすごいなと思います。彼の助けになれたらいいと思いますし、自分も助けられている部分もあります。刺激しあって、切磋琢磨しながらやっていきたい」
小学校を卒業すると同時に郷里の山口県宇部市を離れ、JFAアカデミー福島(ジュニアユースは静岡県御殿場市で活動。ユースは福島県双葉郡)に入団。アルビレックス新潟では「愛されキャラ」としてサポーターから支持を得てきたキャリアを三戸は持つ。
昨年12月末、スパルタ移籍の会見を終えると、三戸は言った。
「僕は親もとを早く離れて、いろんな土地で過ごしましたからね。ホームシックになることだけは、絶対にない......と思う(笑)」
12歳の頃から培ってきた自立精神をロッテルダムの地でも積み重ね、類まれなサッカーセンスを今、三戸舜介は花開かせようとしている。