「こんなに打たれたことは今までなかったのでね……。ちょっと珍しかったですね」 指揮官の五島卓道監督も首をかしげるピッチングだった。大会前には「大会ナンバーワン左腕」という呼び声の高かった木更津総合のエース・山下輝…

「こんなに打たれたことは今までなかったのでね……。ちょっと珍しかったですね」

 指揮官の五島卓道監督も首をかしげるピッチングだった。大会前には「大会ナンバーワン左腕」という呼び声の高かった木更津総合のエース・山下輝(やました ひかる)は、甲子園での勝利を目前に突如、崩れた。



日本航空石川戦で9回二死から逆転負けを喫した木更津総合のエース・山下輝

 5対2と3点リードの9回表、日本航空石川打線にランナーを2人許しながらも連続奪三振で二死。しかし、「あと1人」の場面から4連打を浴びて一挙4失点。8、9回のわずか2イニングだけで被安打9、失点5と本来の姿とはほど遠い内容だった。

 捕手の芦名望は証言する。

「最後は真っすぐがきていなくて、3番(原田竜聖)にインコースの真っすぐをライト前に打たれたの(同点打)のも、普段はあそこまで持っていかれないんですけど……」

 試合後、山下は報道陣の待ち構える敗戦チーム用のお立ち台に上がり、静かに敗戦の弁を語り始めた。

「これだけ点を取ってもらったのに、自分が情けないピッチングをして申し訳ないと思います。後半は徐々によくなっていったと思ったんですけど、自信のある球が打たれて、甲子園の厳しさを感じました」

 1試合を通じて14本のヒットを打たれたのは初めてだという。確かに打ち込まれ、敗れた。それでも、プロ注目投手の実力はある程度見せた試合だった。

 試合開始2時間前、鈴なりの報道陣に対応する山下を見ていて思ったことがある。「まるで”おすもうさん”みたいだ」と。それは体型ではなく、泰然自若としたたたずまいに、取組後のインタビューに応じる力士の姿が重なったのだ。

「これが最後の試合になってもいい。一番自信のある真っすぐで押すところを見てほしいです」

 必要以上に感情の起伏を表に出すことなく、派手な言葉を口にすることもない。そんな悠然とした態度が、山下という人間の品格を感じさせた。

 五島監督は普段の山下について、こう評する。

「優しい子ですよ。でも、マウンドに上がれば感情を顔に出すこともないし、エースらしい選手です。去年の早川(隆久/早稲田大1年)は自分の意見を言うタイプでしたけど、山下は内に秘めるタイプですね」

 しかし、いざ甲子園のマウンドに立つと、山下は自分のストレートが本来のキレではないことに気づいたという。

「真っすぐが走っていなかったですね。立ち上がりから力みがありました」

 それでもキレのよかったスライダーを生かして5回まで1失点でしのぎ、グラウンド整備を挟んで6回を迎える頃には「力みが取れて球が走り始めていた」という。事実、6、7回はいずれも三者凡退で、計3奪三振と完璧な投球を見せていた。捕手の芦名もその手応えを口にする。

「立ち上がりにいきなりストレートとツーシームを打たれて、いつものパターンを変えて左バッターにはスライダー中心の配球にしたところ、はまった感じがありました」

 187センチの長身から投げ下ろす角度のあるストレートと、打者の手元で鋭く曲がるスライダーのコンビネーションは難攻不落のように思えた。しかし、山下は「9回に先頭(打者)を出してから徐々に疲れが出てきた」と終盤に疲労が出たことを認めている。実力の片鱗こそ見せたが、甲子園で勝利するにはわずかに体力と武運が足りなかった。

 2年時の甲子園はファーストで出場し、3年生になって投手として初めて立った甲子園のマウンド。その景色について尋ねると、山下はこのときだけ少し饒舌になった。

「甲子園のマウンドは投げやすかったです。全体を見渡せて、本当に(球場の)中心に立っているので……。緊張は多少あったんですけど、いつも通り投げようと思っていたのに、投げられなくて悔しいです」

 気になる進路について、山下は「どこでやるかわからない」と明言を避けた。五島監督も「これから本人と話しますが」と前置きした上で、こう述べた。

「先輩が大学に行くケースが多いので、その可能性は高いと思います」

 もし進学となれば、ひとまず今秋のドラフト上位候補が1人消えることになる。だが、いずれにしても、この重厚感のある大型左腕は聖地での屈辱をさらなる養分に換えて、よりスケールの大きな選手へと進化していくはずだ。