「4年生の結束力ですかね」 青学大2年ぶりの箱根駅伝、総合優勝の要因を聞くと、佐藤一世(4年)は、笑みを浮かべて、そう言った。 2年連続大学駅伝3冠を狙う王者・駒澤大に一歩も引かない攻めの姿勢で立ち向かった青学大は区間賞5区間、総合タイム1…
「4年生の結束力ですかね」
青学大2年ぶりの箱根駅伝、総合優勝の要因を聞くと、佐藤一世(4年)は、笑みを浮かべて、そう言った。
2年連続大学駅伝3冠を狙う王者・駒澤大に一歩も引かない攻めの姿勢で立ち向かった青学大は区間賞5区間、総合タイム10時間41分25秒の新記録を打ち立てて箱根を制した。
箱根駅伝4区を疾走し、区間賞をとった佐藤一世
Photo by AFLO
1区終わりで駒澤大と35秒の差があったが、2区の黒田朝日(2年)が3本柱のひとり鈴木芽吹(駒澤大4年)を追撃し、22秒差まで詰めた。圧巻だったのは、3区の太田蒼生(3年)だ。駒澤大の3本柱のひとりでゲームチェンジャーでもあり、出雲駅伝、全日本大学駅伝で勝利を決定づける走りを見せた佐藤圭汰(2年)を18キロ過ぎに抜き去り、駒澤大に4秒差をつけて主導権を握った。4区の佐藤一世は、山から平地に回った山川拓馬(駒澤大2年)に対して、序盤から突き離しにかかり、5区の若林宏樹(4年)に襷を渡す際には駒澤大に1分26秒差をつけた。
この走りで青学大は流れに乗り、ゲームを完全に支配した。
「往路は出来すぎでした。駒澤大は、3本柱を1区2区3区に置いてきたので、自分たちは往路はできるだけ離されず、復路で逆転というイメージでいたんですが、まさか3区で太田が先頭で襷を持ってきてくれるとは思わなかった。この時は、本当に心強かったですし、最後の箱根を先頭で走れるんだって思うと、太田に感謝でした」(佐藤)
4区を駆けた佐藤は、テンポよく走り、山川をアッという間に置き去りにした。
「出雲でおなじ3区を走って負けていたので、箱根では絶対に勝つぞという強い気持ちでいました。前半からハイペースで入って、少しでも離して行こうと思いましたし、自分の走りはしっかりできたと思います」
佐藤は、その言葉通りの走りを見せ、4年間、走り続けた箱根で初めて区間賞を獲得。
復路では応援に回り、アンカーの宇田川瞬矢(2年)をゴールで待つ際は、チームメイトと肩を組んで青学大のカレッジソングを歌い、優勝の瞬間は大粒の涙を流して喜んだ。
「もう最高でした(笑)。2年前の優勝も嬉しかったですが、それ以上でした」
佐藤がそう思ったのは、このシーズン、4年生全体としてもうひとつ乗り切れない時期がつづき、大会直前には自ら風邪と虫垂炎で体調を崩すなど、多くの困難を乗り越えてきた末の優勝だったからだ。
春先は、最悪のスタートだった。
関東インカレのハーフに出場した松並昂勢(4年)は20位、志貴勇斗(4年)は23位におわり、近藤幸太郎ら強い4年生が抜けたチーム作りに四苦八苦していた。
「昨年の4年生の抜けた穴というのは、この時期はまだ埋め切れていなかったです。新体制になったチームも故障上がりで復帰段階の者が多く、少しずつ足並みがそろってきている感じでした。まずは、スタートラインに全員が立つということが求められていました」(佐藤)
走れない4年生たちは下級生たちからの信頼をもう一つ得られず、近藤や岸本大紀が抜けた穴を埋め切れない。さすがに原晋監督も「このままじゃシード権も獲れんぞ」と語気を強めて4年生たちを叱咤した。
駅伝シーズンに入っても出雲駅伝に出走したのは、佐藤と山内健登(4年)だけ。全日本は、その2人に加え、小原響(4年)が4区で出走したが、ここに来ても4年生の足並みがなかなか揃わなかった。それから2カ月後、箱根駅伝でようやく初出場組の倉本玄太(4年)を含めて3名の4年生が出走することができた。
「前回の箱根は、7名の4年生が走ったんです。今回は僕を含めて3名だったんですけど、4年生で区間賞2つ、山内が区間3位で結果を出すことができてホッとしています。自分たちがしっかりと最後に走れたのは、やっぱり同期がいたおかげです」(佐藤)
春からぐらついたチームを支えてきたのは、志貴キャプテン、寮長の鈴木竜太郎、赤坂匠主務を中心とした4年生だった。
「今年のチームは、全体の雰囲気がすごくいいんです。その雰囲気の良さというのは志貴キャプテンを中心にポジティブなチームを作りしてきたからで、それが下級生にも広がってチーム全体の雰囲気の良さが生まれました。僕ら4年生は陸上では結果を出せなかったんですが、そういう環境面といいますか、競技以外の面でチームにいい影響を与えることができたかなと思います」(佐藤一世)
実際、その雰囲気の良さは下級生たちも感じていたようで、黒田は、「チームはすごくいい雰囲気で箱根に臨めましたし、だからこそみんないい走りが出来たんだと思います」と笑顔で語った。
後輩たちに慕われる佐藤たち4年生は、どういう世代なのだろうか。
「僕らはコロナ世代といいますか、外出とかあまりできない時期、寮でゲームをしたりして、一緒に過ごす時間が多かったんです。そのおかげで、お互いを知ることができて仲良くなったのはあります。また、4年間で、駅伝では思うような結果を残せていないんですけど、ひとりひとりが競技に対して高い意識で取り組んでいますし、本当に仲が良い(笑)。帰省期間に学年みんなでキャンプ場のコテージみたいなところに行ったんですけど、4年生みんなでどこかに行くのって過去の先輩方にはなかったと思います。それくらい横の繋がり強いんです」
山内も「このチームは縦の関係もいいんですけど、やっぱり横のつながり強い。4年生の絆といいますか、それは過去のどの4年生にも負けていないと思います」と語る。
その4年生が12月、チーム内に大流行した風邪で体調を崩す選手たちを献身的にサポートした。また、箱根の登録メンバーから外れた選手は、年末に箱根0区と呼ばれ部内TT(タイムトライアル)を走るのが恒例行事になっている。箱根に出場するメンバーの声援を受けて志貴や鈴木らが先頭を引っ張り、佐々木塁(4年)は3位に入った。その姿を見た山内は「他の4年生の分もやらないといけない」と気持ちが奮い立ったという。佐藤も「見たことがない必死の表情で走り切って、本当に感動しましたし、それで4年生の結束力が一段と固くなった」という。
「僕の記憶ですが、キャプテン、副キャプテン、寮長の3人が箱根を走れないというのは、初めてだと思うんです。僕らの学年は陸上では結果を残せていないですけど、チームの大事な役職に就くのは、普通にひとりの人としてみんなの信頼が厚かったからだと思うんです。そういうメンバーが支えてくれたから僕らは走れたと思うし、優勝することができた。僕は、この優勝は4年生を含めてチーム全体の結束力の勝利だと思っています」
佐藤は、嬉しそうにそう語った。
4年生にはレース後、うれしいニュースが届いた。コロナ後、中止になっていた優勝記念のハワイ卒業旅行が原監督からプレゼントされることになった。
「とりあえず、4年生だけで早く打ち上げしたいですね(笑)。ハワイ旅行もプレゼントされるので、楽しみです。本当に最後に優勝できたし、これで胸を張って卒業できます」
近藤や岸本、横田俊吾ら強い4年生がいた彼らでさえ勝ち取れなかった箱根を佐藤たちが大学史上最強ともいわれた駒澤大を破って優勝することができた。それは、夏以降に個々の力が上がってきたのも大きいが、箱根に向けて思い切り戦える環境作りを4年生たちが軸となって構築してきたからでもある。4年生はチームのために、勝利のために献身的な姿勢でサポートしてきた。
佐藤たち4年生は、「最強の4年生」ではなかったが、「最高の4年生」だった。