世界水泳短期集中連載・「キャプテン」松田丈志の目線(8)日本競泳陣、一同で記念撮影。世界水泳2017では収穫もあったが、新たな課題も見つかった ハンガリー ブダペストで8日間に渡って開催された競泳世界選手権が閉幕した。オリンピックの翌年…

世界水泳短期集中連載・「キャプテン」松田丈志の目線(8)



日本競泳陣、一同で記念撮影。世界水泳2017では収穫もあったが、新たな課題も見つかった

 ハンガリー ブダペストで8日間に渡って開催された競泳世界選手権が閉幕した。オリンピックの翌年にも関わらず、大会中、9つの種目で世界記録が更新されて、改めて世界の進化の早さを感じた。

 今回、個人で世界記録を更新した選手はケイレブ・ドレセル(アメリカ) 、サラ・ショーストロム(スウェーデン)、リリー・キング(アメリカ)、カイリー・マス(カナダ)、アダム・ピーティー(イギリス)の5選手だが、彼らの共通点は、今まさに発展途上の選手たちだということだ。リオ五輪で結果を出した選手たちでもあるが、今はやれば、やるほど伸びていく感じで、自分の成長を楽しんでいるといいう印象だった。特にケイレブ・ドレセルは個人で3冠、リレーで4つもの金メダルを獲得した。マイケル・フェルプスに代わるニュースターの誕生の予感さえする。これらの選手は今後も世界の水泳界をリードしていくだろう。

 日本も健闘し、7つのメダルを獲得した。メダルの数としては前回大会を上回ったが、課題は金メダルがなかったことと、リレーでのメダルがなかったことだろう。このふたつが達成されると、チームとして「結果が出た」という気持ちになるからだ。

 大会終了後、インタビューに答えた平井伯昌監督のメッセージはふたつあったと思う。ひとつは「危機感」、もうひとつは「チームジャパンで戦うことの重要性」だ。

 危機感は、成長を続ける世界の流れに遅れないようにしなければと受け止めたが、わかりやすいところで言うと、ここ数年、日本に傾きかけていた個人メドレーの主導権を一気にアメリカに引き戻されたことがある。

 日本の中心選手である萩野公介と瀬戸大也が挑んだ200m、400m個人メドレーではいずれの種目もアメリカのチェイス・カリシュが自己ベストを更新して優勝した。

 危機感を覚えるのは、何も今大会の結果だけを見てではない。萩野、瀬戸と同い年のカリシュには、まだまだ伸びていきそうな予感があるからだ。

 平井監督は「カリシュは大学を卒業した今シーズン、急激に力をつけてきた」と話していた。カリシュはあのマイケル・フェルプスを育てた、ボブ・ボウマンコーチが6歳から目をかけてきた選手だ。大学はジョージア大学に進み、大学のチームでトレーニングを積んできた。

 アメリカの大学はNCAAのルールが厳しく、単位取得が規定数に達していないと競技に出場できない。また、練習時間にも制限がある。それは本業である学業に充てる時間を確保するためと、各大学のトレーニングの過熱を防ぐ意味があるだろう。トレーニングはある一定レベルまでは、量をやれば効果が出る。大学の商業的アピールを考えたら、選手をどんどん鍛えて強くすれば、大学としてはいいアピールになるだろう。しかし、それが過熱すれば選手は学業を疎かにして競技に特化していくこととなり、特化すればするほど、選手として強くはなっても、人間としては偏ってきてしまうこともあるだろう。

 練習時間の制限は練習の効率を上げる効果もあるだろう。大学同士、同じ限られた時間の中で選手を強化するため、コーチはその条件内でもっとも効率よく強くするためにはどうしたらいいか工夫する。選手もそのなかで集中してトレーニングするはずだ。

 また、NCAAシーズンではカンファレンス毎に対抗戦が毎週のように行なわれる。たくさんのレースをこなすことはそれだけ身体に負荷をかけることになり、競技会を通した強化につながる。

 商業的にやるのが得意なアメリカだからこそ、ルールの整備も進んでいて、アスリートのトータルの人生も考えた制度が確立されていると言える。

 そのNCAAのルールのなかで、学業との両立をしながら限られた練習時間でトレーニングしてきたカリシュが大学を卒業した。水泳選手としてはこれからが成熟期だろう。今後、萩野や瀬戸が戦っていくカリシュはそういう選手だ。

 平井監督はレース後、萩野に「人間としての総合力」を高めて行く必要性を語った。なぜなら、彼はすでに競泳の世界では十分に秀でているし、経験も積んできているからだ。十分に秀でた選手だからこそ、ここからさらに選手として、人間として成長していくには、競泳のなかで新たな取り組みをしていくことや、競泳以外のフィールドでも自分の世界、可能性を広げていき、人としてのスケール感を大きくしていく必要性があるということだろう。

 プールの中で、すでに秀でた彼がさらに成長するためには新たな刺激が必要ということだ。私の経験からも、その方が競泳も楽しくなると思うし、人としても強くなるはずだ。

 カリシュと同い年で昨年大学を卒業しプロスイマーとなった萩野と、社会人スイマーとなった瀬戸は、これから競技以外のところでも自分の可能性を広げる段階に来たのだと思う。

「チームジャパンで戦う」ことの意味は、本番の五輪に向けて、もっと選手の成長のスピードを上げていくことと、本番でベストパフォーマンスできる確率を上げていきたい、というところに尽きると思う。

 今大会、銀メダルが4つ、4位が4つあった。当たり前だが、この順位がひとつずつ上がれば、すごいことになるわけだ。この「もう少し」の差を詰めていきたいところだ。

 今回、日本が金メダルを狙える可能性があった種目は男子の200m平泳ぎ、200m、400m個人メドレー、200mバタフライ、女子の400m個人メドレー、200mバタフライが挙げられるが、獲れなかった最大の理由は決勝で、自己ベストを更新できなかったことが一番大きい。

 男子200m平泳ぎと200m個人メドレー、200mバタフライは各選手が自己ベストと同じタイムか僅かに更新すれば、金メダルが獲れていた。今後も自己ベストを出さずに金メダルを獲れることはほとんどないと思わなければならない。

 どうしたら決勝でベストパフォーマンスができるのか。これは永遠の課題だ。人それぞれ克服するべき課題も違うが、決勝でベストパフォーマンスができる確率を上げていくしかない。「確率」を上げていくには、代表チーム内で、経験と情報の共有が必須だ。これまでも日本代表チームは所属の垣根を取っ払い、経験と情報の共有を行なうことで選手のベストパフォーマンスができる確率を上げてきたが、今後より一層その取り組みが必要という事だ。人はトライアンドエラーを繰り返し、実践を通して学んで行くが、経験と情報を共有することによって、貴重な時間を節約できる部分もあるはずだ。その積み重ねが確率を上げていく。

 また「チームジャパンで戦う」ことは若手有望選手や新たなコーチングスタッフを育て、「成長のスピードを上げる」という意味でも必要だ。今回メダルの期待もあった池江璃花子は個人種目では決勝に進めなかった。それは自己ベストを更新できなかったことが大きいが、では、なぜ自己ベストを今大会出せなかったのか。

 大会前に何度か取材をさせてもらったが、自分でも十分な練習ができているか自信がないといったコメントをしていた。やはり、そういう状態で戦えるほど世界は甘くない。彼女は今回、国内での調整を優先した。世界水泳前に国内でのトレーニングの様子を見させてもらったが、彼女のモチベーションが少し下がっている印象を受けた。また、彼女が戦うべき世界のトップスイマーや、日本代表の先輩たちはもっと自分を追い込んでるぞ、とも思った。

 今回の代表でいえば、池江の他にも長谷川涼香や牧野紘子など、今後期待したい若手のスイマーがいるが、彼女たちの成長のスピードを上げるには、世界で戦うアスリートとはどういうものかを日本の先輩たちが感じさせていくことも重要だ。

 レベルの高い集団になればなるほど、意識もトレーニング強度も上がる。日本水泳界の最高レベルのチームは間違いなく日本代表チームになるわけだから、帰国後に平井監督が語った、年間を通して代表チームの活動を行なっていくことは、そういう意味でも有効だと思う。

 それは常に高いモチベーションで、高い強度でトレーニングと向き合うことにつながる。これをやるには日本水泳連盟としては制度から変えていかなければならないところもあり、大変だとは思うが、今後代表チームの若手選手の成長スピードを上げるためにも新たなコーチングスタッフを育てるためにも実現してほしい。その積み重ねが「もう少し」を詰める成長につながると思う。

 選手目線でいうと、代表チームとしての活動期間が増えるのはうれしくもあり、しんどくもある。なぜなら、毎日レベルの高い練習相手とレベルの高い目線を持ったコーチ陣と過ごすことになるからだ。ただ、そこには自分だけでは得られない成長もあるだろう。

 明るい兆しでいうと、今回は日本人が2人、決勝に残った種目が6つあり、そのうち5種目で6つのメダルを獲った。

 これは決勝の舞台に日本人が2人いることで精神的に1人の選手の負担が減る部分もあるし、2人決勝に残れるということは、その種目は日本国内のレベルが高く、国内での競争も激しいということだ。今後さらに日本人が2人とも決勝に残れる種目をたくさん作って行くことによって、世界の舞台で結果を残せる確率も上がっていくだろう。

 これから東京オリンピックに向けて、選手たちは限られた時間の中で成長していかなければならない。世界には、今大会では影を潜めていた選手たちもまだまだいる。そういう選手もオリンピックでは本気でやってくる。より競争率の高くなってくる本気の舞台で結果を出すには、これからもチャレンジを続け、自分と仲間をプッシュし続けなければならない。そのことが、本番までの限られた時間の中で最大限成長のスピードを上げることに繋がり、本番でベストパフォーマンスができる確率を上げてくれる。

 日本代表チームの可能性は大いにあると思う。まだオリンピックまでの道のりの4分の1が終わったに過ぎない。