タイ戦で新たな可能性を示した堂安律(フライブルク)。彼にとってアジアカップ参戦はご存じの通り、2度目となる。 前回の2…

 タイ戦で新たな可能性を示した堂安律(フライブルク)。彼にとってアジアカップ参戦はご存じの通り、2度目となる。

 前回の2019年UAE大会を改めて振り返ると、堂安はA代表に定着して間もない頃。冨安健洋アーセナル)とともにチーム最年少だった。にもかかわらず、南野拓実モナコ)、中島翔哉(浦和)とともに「三銃士」と位置づけられ、エース級の働きを求められた。しかも中島が大会直前に負傷離脱してしまったのだから、さらに責任が大きくなった。

 その重圧を感じたせいか、堂安は7試合中6試合に先発しながら、奪ったゴールはトルクメニスタン戦とベトナム戦の2点だけ。大迫勇也(神戸)のケガもあって、日本は得点力不足に苦しんだ。そして最終的には決勝でカタールに敗戦。タイトルを逃す結果になってしまう。堂安にとってはホロ苦い大会になったのは間違いない。

 さらに言うと、2019年アジアカップ以降、彼自身の代表での位置づけが不安定になっていった。自身は2019年夏に赴いたPSVでコンスタントな活躍が叶わず、当時所属のゲンクでUEFAチャンピオンズリーグを経験して一気に飛躍した伊東純也(スタッド・ランス)にポジションを奪われる形に。そのまま2022年カタールワールドカップ(W杯)を経て、現在に至っているのだ。

■目指すは中村俊輔という絶対的エース

 だからこそ、2度目のアジアカップは自分自身の存在価値を再認識させなければならない。右サイドのみならず、センターのポジションでFWやトップ下の位置を自由自在に動きながら伊東や三笘薫(ブライトン)と攻撃を組み立て、フィニッッシャーとしても輝けば、その形が今後のベースになっていくかもしれない。鎌田大地ラツィオ)不在の今回は堂安にとってはチャンスなのだ。

 そのうえで、代表エースナンバー10としてのインパクトを残したいところ。日本がアジア王者に輝いた92年広島、2000年レバノン、2004年中国、2011年カタールの過去4回には、ラモス瑠偉、名波浩(日本代表コーチ)、中村俊輔(横浜FCコーチ)、香川真司(C大阪)という偉大な10番がいて、名波と中村俊輔は大会MVPに輝いている。

 その歴代10番の中で堂安が参考にしたいのは、中村俊輔だろう。中村俊輔も2000年にアジアカップ初参戦を果たし、2004年が2度目だった。最初はトップ下に森島寛晃(C大阪社長)を布陣がベストチョイスということで、中村俊輔は左サイドで起用された。しかも左ボランチにいた名波にポジション入れ替えを促され、時にインサイドでプレーしながら攻撃のアクセントを加える役目だった。

 それが2004年になると、フィールドプレーヤー唯一の欧州組としてトップ下の絶対的エースに君臨。大苦戦を強いられた初戦・オマーン戦のテクニカルの決勝弾に始まり、タイ戦でもゴール。その後の決勝トーナメントはヨルダン、バーレーン、中国と死闘続きだったが、中村俊輔の高度なテクニックとイマジネーションで攻撃陣を統率し、チームを連覇へと導いた。

■2026年を見据えた大会

 2度目のアジアカップでそのくらいのインパクトを残せば、堂安の10番に対して誰も異議を唱えなくなる。森保ジャパンの中でも序列が上がり、2026年北中米W杯ではスタメンでピッチに立つ時間も増えるはずだ。

 2022年カタールW杯でドイツ、スペインの両大国から値千金のゴールを奪ったゲンのいい場所で、堂安はそういった華々しい方向に持っていけるのか。そのためにも、やはりマストなのは得点だ。前回の2点を超えるのはもちろんのこと、数多くのゴールチャンスに絡むこと。それが重要だ。

 これまで日本の看板はどうしても伊東や三笘という印象が強かったが、堂安がその領域に達することができれば、本当に2026年W杯優勝が見えてくるかもしれない。アジア相手に圧倒的な実力を示す背番号10の一挙手一投足を楽しみに待ちたい。

(取材・文/元川悦子)

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