シリーズ・部活の現場に行ってみた!(4)埼玉栄相撲部の愛ある指導 高校相撲日本一を決める『全国高校相撲選手権大会』の団体戦で、歴代最多の優勝9回を誇るのが埼玉県の埼玉栄高校だ。1992年の岡本篤(元幕内・栃栄。現在の三保ケ関親方)から始…

シリーズ・部活の現場に行ってみた!(4)
埼玉栄相撲部の愛ある指導

 高校相撲日本一を決める『全国高校相撲選手権大会』の団体戦で、歴代最多の優勝9回を誇るのが埼玉県の埼玉栄高校だ。1992年の岡本篤(元幕内・栃栄。現在の三保ケ関親方)から始まり、2004年の澤井豪太郎(大関・豪栄道)ら高校横綱を4人輩出。大相撲にはこれまで36人が入門し、現在、十両以上の関取に8人が名を連ねている。そんな名門相撲部を率いる山田道紀監督の指導に迫った。

 

大関・豪栄道をはじめ、多くの関取を輩出してきた埼玉栄高校

 photo by Kyodo News

 山田監督は、日本大学相撲部時代に全日本体重別無差別級で準優勝するほどの選手だったが、大学卒業後は角界に進まず、1989年に埼玉栄高校に赴任。翌年から相撲部監督に就任した。同校は中高一貫校で、現在の部員は中学生2人、高校生19人の21人。全員が尞に入っており、監督夫妻と共に生活をしている。

 部員は朝6時に起床し、当番制の掃除を終えて朝ご飯を食べ、7時から8時まで朝練習を行なう。9時からの授業に出た後、放課後の16時から18時まで練習し、寮に戻って19時に夕食。最後に21時30分からのランニングをこなし、22時30分か23時に消灯というスケジュールになっている。

 山田監督の1日は弁当作りから始まる。朝5時30分に起きて高校生の部員19人分の弁当を自らが手掛けるのだ。鳥取県の実家で飲食店との仲買人を務めている、母の満子さんから毎日送られてくる魚や肉などが弁当のおかずになる。ちゃんこも監督自らが腕を振るう。卒業した豪栄道が「監督の飯は最高にうまい」と明かすように、監督の心を込めた食事が、部員が土俵で発揮する力の源となっている。


埼玉栄高校相撲部の山田道紀監督

 text by Matsuoka Kenji

 練習時間は、朝夕合わせて3時間。「ウチは短いですよ」と監督自身が話す通り”短時間集中型”だ。しかし、就任当初は練習も長時間で、申し合いで50、60番は普通だったという。相撲部は徐々に実力をつけ、1992年に全国選手権で初優勝を果たすも、それからしばらく日本一から遠ざかることになる。その頃に山田監督が思い出したのは、日大時代の相撲部監督だった田中英寿理事長の教えだった。

「田中先生は、選手それぞれに合わせて、ちょうどいいところで練習を終わらせていた。調整と休養の取らせ方が素晴らしかったですね」

 恩師の指導を思い起こして練習方法を見つめ直し、「98年ぐらいから今のトレーニングを導入して、練習はいいところで上げるようになった」と振り返る。その成果は、1999年の2度目の日本一、2004年からの3連覇といった形で表れた。

 指導哲学について、山田監督は「同じ四股(しこ)でも、無理やり100回踏むのと、意味が分かった上で50回しっかり踏むのは違う。結局、人間は”脳みそ”なんです」と明かす。中学時代に全国でも名を馳せた生徒が入学する同校。連日、中学では経験したことのない強い先輩や同学年の選手と稽古をする。練習で負け続ければ、その経験が少なかった選手は、瞬く間に自信を失っていく。

「相撲は勝たなきゃ面白くないんですよ。ずっと勝ってきた選手ほど、心は繊細で神経質。強い子を潰すのは簡単なんです」

 だからこそ、申し合いが中心の練習では、いい相撲で勝った選手はすぐに上がらせる。大切なのは「選手それぞれの頭にいいイメージをインプットさせること」だという。

「例えば、書道家が2枚目に書いた字がよければ、3枚目を書く必要はないですよね。相撲もそれと同じです。練習でいい相撲が取れれば、それ以上やる必要はない。『もう一丁』はさせません。生徒を腐らせないようにすることに最も気を配っています」

 かつては厳しい指導で部員を率いた山田監督だが、今は細やかに気を使いながら部員と接する。練習で厳しく叱った部員に対しては、尞に帰ってきた際に「お帰り」と笑顔で声をかける。些細なことではあるが、「こういうことをしないとさらに落ち込んでしまう」からだ。

「練習で厳しく指導しようと思った時も、あらかじめ『今日は厳しくやるぞ』と伝えています。いきなり厳しくすると対応できなくなるので。あらかじめ言うことで、生徒に心構えを持たせないと、指導ができなくなってしまいますからね」

 今年で監督就任27年目だが、「27年間、一緒に生活しているといろんな子がいます。長く続けるのは難しいんですよ」と、生徒と向き合う試行錯誤の日々を明かした。

 このように、練習ではイメージ力アップを心掛けているが、一方で、体を作る基礎練習は徹底している。夕方の練習は、四股、すり足、鉄砲、腕立て伏せなどに大半の時間を割く。さらに、申し合いが終わった後の仕上げには、体幹トレーニングを実施する。同相撲部を卒業した幕内力士が高校を訪れた際に、この基礎練習をやったところ、「体がクタクタになって、その後に相撲を取ることができなくなった」ほど、ハードなメニューとなっている。

 そんな山田監督は常々、部員に「感謝の気持ち、思いやり、気合」という3つの教えを伝えている。強さを支えるその教えは、自身が中学生をスカウトする際にかける言葉にも反映されている。

「『埼玉栄に来ないか』という言葉は使いません。『この山田と一緒に相撲をやろう』と言うんです。そうして私を信頼して入ってきた子は、一生面倒を見る覚悟で付き合っています。同じ屋根の下で暮らすわけですから、理屈では通らない部分が多々ある。指導にマニュアルなんてないんです」

 すべてをかけて部員を守る山田監督に率いられ、今年5月には101回を数える伝統の『高校学校相撲金沢大会』の団体戦で優勝した埼玉栄。監督の情熱が、今年も相撲部を全国の頂点へ導く。