ガールズケイリン界を引っ張ってきた石井寛子 photo by Hirose Hisaya【前人未到の記録を持つ石井】 ガールズケイリンで燦然と輝く大記録を持つスター選手がいる。それが石井寛子(104期/東京)だ。ガールズケイリン最高峰のレー…


ガールズケイリン界を引っ張ってきた石井寛子

 photo by Hirose Hisaya

【前人未到の記録を持つ石井】

 ガールズケイリンで燦然と輝く大記録を持つスター選手がいる。それが石井寛子(104期/東京)だ。ガールズケイリン最高峰のレース「ガールズグランプリ」にただ一人10年連続出場中で、今年も順調に成績を挙げれば、出場は濃厚だ。また2022年6月にはガールズケイリン史上初の500勝を達成するなど、時代を切り開いてきた選手と言える。

 例年通り、今年も賞金ランキングで上位に位置し、アルテミス賞レースで優勝するなど、順調なシーズンを送っているように見えるが、本人いわく決してラクなシーズンではなかったという。

「今年は本当にケガと体調不良に悩まされてきました。それはファンのみなさんが知らない部分です。ここ10年経験したことがなかったほどの体調不良になってしまって、結果を残せなかったことがありました」

 石井はデビューから11年戦い続けているが、この2023年は「3番目くらいに厳しい1年」と振り返る。今年を含め過去4回困難なシーズンがあったと明かすが、それでも賞金ランキングの上位者が出場できるガールズグランプリに出場し続けられたのは、そのポテンシャルの高さもさることながら、勝利に対する並々ならぬ情熱もあったからだろう。

【かっこいい1着を目指す】

 石井が自転車競技を始めたのは、高校1年のとき。進学した高校に全国大会に出場できるほどの好成績を残す自転車競技部があり、顧問の先生の熱心な誘いもあって入部を決断した。そこで石井は持ち前の身体能力の高さを発揮し、3年時にはJOCジュニアオリンピックカップで銀メダルを獲得するほどの実力をつけた。

 そして明治大学に進学し、自転車競技部に所属しながらナショナルチームのメンバーとしても活躍。30歳までの約12年間、その一員として数々の国際大会に出場した。

 2012年のワールドカップではチームスプリントで2位となり、日本人女子初となる表彰台に立った。同じ時期に、日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)でも学び、57戦52勝、在校成績1位と圧倒的な結果を残して卒業。ガールズケイリン2期生として、2013年にデビューも果たした。

 そんな石井にとって、1着へのこだわりは誰よりも強く、「まずは絶対に1着を獲り、そのうえでかっこよく1着を獲ること」を常に目指している。だからこそ、1着を獲れなかったときには人一倍悔しさが込み上げる。

「きっと人よりも落ち込んでいると思います。1週間くらいは引きずるかな。(6月のGⅠ開催)パールカップ後も落ち込んで立ち直れないくらいになっていました」

 自転車競技、ガールズケイリンで継続的に結果を残してきた石井にとって、1着は自分の存在意義を証明するための最高の結果だ。それだけに確固たる勝者のメンタリティーを持っているのかと思いきや、「かなりネガティブなんですよ。『自分は強い』と思えないんですね。『どうしよう、勝てるかな』という思いが強い」と意外な答えが返ってきた。

 この思いが、石井を練習へと駆り立てる。

「オフは月に1日か2日。レースの次の日も朝9時から練習を入れたりしています。午前、午後とトレーニングをして、その後に体のケアを行なったら、帰宅するのが夜11時とか12時。睡眠時間は4時間ほどで、昼間に2時間ほど仮眠をとっています」

 この短時間睡眠にも理由がある。レースの開催時間が、モーニング、日中、ナイト、ミッドナイトとさまざまあり、すべてのレースに対応するために、数時間でも深い睡眠がとれるようにしているという。まさにレースを軸に考えた日常だ。さらに練習メニューにもこだわりを見せる。

「練習の内容は毎年のように変化しています。常にアンテナを張って、新しいことを取り入れて、絶対に半年間はそれを続けてみる。それで合うか合わないかを見極めるというのを、ずっと繰り返しています。そのなかでも土台づくり、基礎トレーニングは欠かさずやっています」

 この練習に対するあくなき探究心は、関わっている人数にも表れている。

「今はジムに3カ所通っているんですが、トレーナーさんが10人くらいいるんです。わからないこと、疑問に思ったことは全部質問しています。メンタルの相談もそうですし、ケガのケアもそう。レースでの反省点も聞いたりと、その方々に本当に助けてもらっています」

 さらに石井は、押しも押されもせぬトップレーサーの一人でありながらも、先輩後輩関係なく、アドバイスを求めたり、疑問に思ったことを聞いたりしているという。自分にとって足りないところを常に探し続けるその姿勢が、強さを持続する理由の一つと言えるだろう。

「これまでにないポーズを取りたい」と石井。プロとして写真うつりにもこだわりを見せる

  photo by Hirose Hisaya

【「周りを遮断していた」】

 華々しい成績を残し、第一線で活躍し続けてきた石井だが、その結果からはまったく想像もできない、どん底の時期を経験していた。

「2015年と2016年は本当に絶望というか、暗闇のなかにいる状態でした。それに気がついたのは、自分のインタビューをテレビで見たときです。顔が暗すぎて、これはやばいと。病院に行ったほうがいいのではないかと思うほどでした」

 当時はナショナルチームとガールズケイリンの両方を掛け持ちしていた時期。多忙な毎日のなかで、1着を貪欲に追い求め、練習にもストイックに取り組んでいた、その非の打ちどころのない姿が、周囲からの孤立を生んでしまっていたようだ。

 周りに馴染めない状況が、石井をさらに苦しめ、逆に自ら「完全に周りを遮断してしまっていた」という。表情からは輝きが消え、殻のなかに閉じこもる日々が続いた。

 それでも石井は気丈に発走機に並んだ。それはある思いからだった。

「お客さんが応援してくれていたので、その人たちのために走ろうと決めていました。だから頑張れたし、成績もボロボロにならずに済みました」

 石井はファンの声援を受けて全力で走り、ガールズグランプリで2015年に2着、2016年に4着と好成績を残した。結果がより重視されるプロの世界で、彼女の苦悩が世に知れることはなかった。

【「まだやってるの」と言われたい】

 そして2017年、石井に転機が訪れる。

 ナショナルチームでの活動に区切りがつき、ガールズケイリンに専念することになったのだが、それまで練習場所にしていたナショナルチームのバンクやウエイトトレーング場を利用できなくなってしまった。

「練習をどうしようと思って探しました。それで、バンクは(東京オーヴァル)京王閣をメインにして、ウエイトトレーニング場や低酸素室も、都内で見つけることができました。そこからすごくいい練習ができて、グランプリで優勝することができました。その2017年に人生が変わりましたね」

 この年、ガールズグランプリ5度目の挑戦にして初めて優勝を手にし、さらに初の賞金女王にも輝いた。続く2018年、2019年も順調に勝利を重ね、2年連続賞金ランキング2位と安定した結果を出すことができた。

 またナショナルチームとの二刀流からガールズケイリン1本に絞ったことで、時間的にも心理的にも余裕が生まれ、徐々に周囲との距離が縮まっていった。毎年ガールズケイリンの門を叩く多種多様な経歴を持つ若手選手も、「暗闇のなかにいた」石井に光を注いでくれた。


辛かった自身の過去も包み隠さず語ってくれた

 photo by Hirose Hisaya

 そんな石井は現在37歳。毎年のようにビッグレースで優勝しているため、年齢の壁を感じさせることはないが、本来であれば、年齢的な衰えを感じ始めてもいい年代。それを本人にストレートに問いかけてみると、意外にも声を弾ませて答え始めた。

「それをぜひ聞いてほしかったんですよ。私は80歳までやるつもりです。そう考えたときに、37歳ってまだ赤ちゃんじゃないですか。37歳できついと言っている場合じゃないんです」

 さらに「『まだやってるの、あの人』と言われたい」と白い歯を見せた。

 近年、ガールズグランプリ2023への出場を決めている児玉碧衣や佐藤水菜だけでなく、賞金ランキング上位の久米詩、尾方真生、吉川美穂ら、速くて強い選手が続々出てきている。しかし石井にとって、彼女たちの存在は関係ない。

「私は常にチャレンジャーでいたいから、その人たちの存在というよりは、自分がどうやったら勝てるかしか考えていません。勝つための方法には、絶対になにがしかの答えが存在するので、それを探しながら戦っていきたいです」

 世界と戦い、ガールズケイリンをけん引してきた石井。苦難の時期が訪れてもファンのためにと常に結果を出し続けてきた彼女は、すべての選手のお手本になるべき存在だ。ベテランの域に達しながらも、ガールズケイリン中心の生活を送り、チャレンジャー精神で1着を目指す、その走りは一見の価値がある。石井の背中からガールズケイリンに賭ける情熱をきっと感じることができるはずだ。

【Profile】
石井寛子(いしい・ひろこ)
1986年1月9日生まれ、埼玉県出身。中学時代は陸上に励み、高校から自転車競技を始める。大学1年からナショナルチームにも在籍。大学4年時にACCトラックアジアカップのケイリンで優勝する。数々の世界大会で活躍し、2013年にガールズケイリンデビュー。初年度からガールズ最優秀選手賞に輝き、2017年にはガールズグランプリで優勝を飾る。2022年にガールズケイリン史上初の500勝を達成した。