GPシリーズが開幕したフィギュアスケート。3年後のミラノ・コルティナ五輪に向けて、各選手がさらなる成長を目指すシーズンになる。 かつて坂本花織の振り付けを担当し、北京五輪の銅メダル獲得に貢献した振付師のブノワ・リショー氏に、昨季シーズンの…

 GPシリーズが開幕したフィギュアスケート。3年後のミラノ・コルティナ五輪に向けて、各選手がさらなる成長を目指すシーズンになる。

 かつて坂本花織の振り付けを担当し、北京五輪の銅メダル獲得に貢献した振付師のブノワ・リショー氏に、昨季シーズンの振り返りやルールの変更、現役復帰時に振り付けを手掛け、今年5月に現役引退を決断した高橋大輔への思いを聞いた。


昨シーズンの全日本選手権・アイスダンスで優勝した

「かなだい」ペア photo by Noto Sunao(a presto)

【シニア大会の参加年齢の引き上げは「いいこと」】

――昨季から、演技構成点(プログラムコンポーネンツスコア)が5項目から3項目に変更(※)されました。この点についてどうお考えですか?

(※)スケート技術、要素のつなぎ、表現力、構成力、曲の解釈の5項目から、昨季からは構成力、演技力、スケート技術の3項目で評価されるようになった。

「例えば、音楽の解釈と技術要素の間の演技を評価する『トランジション』がまとめられ、『構成力』として評価されるようになったことなど、コンポーネンツスコアの項目に変更がありましたが、より判定しやすくするために変更されたものだと思っています。

 毎年のようにルールの変更はありますから、それに対して不満を抱くよりも、柔軟に対応する姿勢が必要だと私は考えています。最新のルールがどのように適応されるのかを先読みし、どのようにすればより高いスコアが出るのか。少しでも多くのポイントを、選手に与えられるような振り付けができるように心がけています」

――シニア大会の参加年齢が段階的に引き上げられている点も、近年の大きな変化です。今季(2023-24シーズン)は16歳以上の選手とされており、最終的には17歳以上(※)まで引き上げられるとのことですが、この件についてはいかがですか?

(※)当該シーズン開幕に先立つ7月1日の時点で規定の年齢に達している選手が、シニア大会に出場可能。

「シニアの大会は、スケーティングの技術などが成熟した選手たちの舞台となりますから、年齢の引き上げは基本的にいいことだと考えています。ペアやアイスダンス、男子シングルとは違い、特に女子シングルでは、まだ"子供"といっても過言ではないほどの若い年齢の選手が、シニアのチャンピオンとして多くの場面で表彰台に立ってきました。

 例えばテニスのような他のスポーツでは、ラファエル・ナダルやロジャー・フェデラー、ノバク・ジョコビッチといったベテランで成熟した選手が長く活躍しているのに、女子フィギュアのシングルではそのような選手はいません。これはスポーツにとっていい環境とは言えないでしょう。ですので、年齢を上げたことはポジティブな影響があると私は思いますし、競技がいい方向へ向かうことを期待しています」

――昨季を振り返って、参加年齢の引き上げに伴う変化はありましたか?

「参加年齢が引き上げからまだあまり時が経っていないので、この質問にお答えするのは時期尚早かと思います。ただ、今の時点で確実に言えることとしては、シニアの年齢が上がったことにより、ジュニア世代の選手たちは『成長するために必要な時間をかけられるようになった』ということ。これまでは15歳でシニアに上がるために、急いで仕上げて"おざなり"になっていたような部分に関しても、じっくりと時間をかけて練習しスキルを上げることができるようになるでしょう」

――昨季のブノワさんは、ブレイディ・テネル選手 (女子シングル・アメリカ)と、アダム・シャオ・イム・ファ選手(男子シングル・フランス)の振り付けを担当されました。怪我からの復活を果たしたテネル選手は全米選手権2位。一方のアダム選手は、昨年11月のフランス杯や欧州選手権で優勝を手にするなど、輝かしい実績を残しましたね。

「私が振り付けをサポートしたおかげで、2人はいい結果が残せましたね(笑)。アダムとテネルの両選手に関しては、それぞれの性格や個性を深く理解していますので、私のスタイルよりも、彼らの"個"が引き立つようなプログラムとなるように心がけました。『何を、いつ、どのように実行したらいい成績を収められるのか』を考えながら、綿密な計画を実行していったことが、両選手の好結果に繋がったのではないかと思います」

【高橋大輔の現役引退に思うこと】



坂本花織や高橋大輔などの振り付けを担当したブノワ・リショー氏 photo by peak-ice

――今年5月には、高橋大輔選手の2度目の現役引退が発表されました。ブノワさんは高橋選手が32歳で現役復帰を果たした2018-2019年シーズンに『Pale Green Ghosts』(FS)の振り付けを担当されましたが、今回の引退発表をどのように受け取りましたか?

「世界選手権を終えてすぐのタイミングだったので、引退の一報を聞いた時は、正直に言って驚きましたし、やっぱり悲しかったです。

 村元哉中選手・高橋大輔選手(かなだい)ペアのプログラムには、これからもどんどん進化する可能性を感じていましたから。個人的には、日本のスケート界のためにも『彼らに競技を続けてほしいな』と思っていましたし、2人の演技を楽しみにしてきたので、引退すると聞いた時には複雑な気持ちになりました。

 でも、もしかしたら今後また競技に戻ってきてくれることもあるかもしれませんから、とりあえず今は引退を決めた2人の決断を受け入れつつ、今後の行く末を見守りたいと思っています」

――『Pale Green Ghosts』は、ブノワさんの独特な振り付けと、高橋選手が見せる高い表現力が印象的なプログラムであったように思います。このような振り付けのアイディアはどのように思い浮かぶのでしょうか?

「私の振り付けやプログラムにインスピレーションを与えているものは、私の人生そのものです。今まで体験してきたことや、私の子供。それら私の人生すべてが、振り付けのインスピレーションになっています」

――高橋選手は2020年にアイスダンスへの転向を表明しましたが、前例のない挑戦は日本スケート界にはどのような意味があったと思いますか?

「アイスダンスへの転向は、日本のフィギュアスケート界にとって素晴らしいことだったと思います。もちろん、これまでの日本にも優れたアイスダンスの選手はいましたが、シングルで名声を得た選手が転向し、あれほどの並外れたスピードでアイスダンスをマスターした例は、今まで見たことがありません。

 通常ならば何年ものトレーニングが必要なレベルのアイスダンスの成績を、短期間で達成してしまいましたから。アイスダンスに関しては、キャシー・リード氏が若手選手の育成に関わっているなど、日本の明るい現状も伺っているので、これから才能を持つ新たな選手たちが頭角を現し、活躍してくれることでしょう。楽しみにしています」

――これまでは個人種目の選手が脚光を浴びることの多かった日本のフィギュア界ですが、近年は、アイスダンスやペアの選手たちが注目を集める機会も増えてきました。

「ペアやアイスダンスにおける日本の成長は、本当に素晴らしいと思います。フィギュアスケートの発展のためには、ひとつだけではなく全般のカテゴリで選手をそろえる必要がありますが、日本は、昨年の世界選手権で男子と女子のシングル、ペア、そしてアイスダンスとすべてにおいて際立つ存在力を見せてくれました。

 日本は長年の努力が実り、フィギュアスケート大国となったのです。これからはシンクロでも成長が期待できるのではないかと考えています。若い世代にとっても、競技をするカテゴリの選択肢が広まる理想的な環境です。今後、日本フィギュアスケート界はますます発展していくと期待しています」

(後編:日本フィギュアスケート界がさらに飛躍するために必要なこと>>)

【プロフィール】
ブノワ・リショー

1988年1月16日生まれ。フランス出身。アイスダンスのフィギュアスケーターとして活躍し、2009年に現役を引退後、音楽や衣装デザインなどに携わる。その後、デニス・ヴァシリエフス(ラトビア)からの依頼をきっかけに、2014-15シーズンに振付師としてフィギュアスケート界に復帰。2017-18シーズンから坂本花織の振り付けを5年間、2018-19年シーズンには高橋大輔の振り付けを担当した。今季は織田信成と三浦佳生の振り付けを担当する。

【クレジット】

写真:@peak-ice.com