サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は「10グラムの思い」。

■10年以上続く恒例行事

 私は「絵はがきじいさん」である。そう呼ばれるようになって、もう10年以上たつ。

 海外取材に出かけると、現地から日本の友人たちにせっせと絵はがきを書く。1日に10通以上投函することも珍しくない。ちなみにはがきは「1枚」「1通」「1葉」などとさまざまな数え方があるらしいが、私が投函するのはどう考えても「1葉」などという情緒のあるものではない。私の感覚では、「絵はがきを10枚買って、8通投函した」という具合なのである。

 1974年のワールドカップ西ドイツ大会で始まった私の外国旅行は、ほぼ100パーセントと言っていいほどサッカーの取材である。行き先は、当然、日本代表の試合や世界的なビッグゲームが行われる都市で、後藤健生さんほどではないにしてもたくさんの国を訪れているわりには、とても偏っている。「ハワイには行ったことがない」と話すと、一瞬は驚かれるが、相手はすぐに「そうだろうな」という顔をする。

 この10年間、私はそうした取材先からせっせと日本の友人たち(そしてドイツやオーストラリア、フランスなどにいる友人たちに)絵はがきを書いてきた。

 きっかけは2012年のロンドン・オリンピックだった。

■郵便制度の起源

 日本にも江戸時代までの「飛脚」制度があったように、古代から人類はさまざまに遠くの仲間に意思を伝える何らかの「郵便制度」をもっていた。ペルシャやインド、ローマ、中国といった文明の先進地域では、紀元前からこうした制度があったという。

 しかし現在の世界にほぼ共通する近代的な郵便制度が始まったのは、19世紀半ばの英国でのことだった。それまで、英国では、手紙の受取人が距離に応じた料金を支払う形の郵便事業が行われていた。ところが「取りっぱぐれ」が横行し、困る事業者が多くなった。差出人が郵便物の表面に何か印をつけておき、あらかじめ受取人に「この印の手紙が着いたらこういう内容」と伝えておく。すると、受取人は郵便物の表面を見ただけで内容を知り、受け取り(すなわち郵便料金の支払い)を拒否するのである。

 そこでローランド・ヒルという人が「差出人払い」の制度を考案した。郵便を国家事業とし、通常の手紙(半オンス=約14グラム以内)なら、英国内のどこにでも1ペニー(現在の価値にすると、1ポンド=約182円ほどの感覚だったらしい)で送ることができるという画期的な制度だった。ヒルは「切手」の採用も提案、裏面に糊をつけ、表面には20歳そこそこの若きビクトリア女王の横顔を描いた1ペニーの切手がつくられた。

 1840年のことである。日本では幕末を迎える十数年前、飢饉や大塩平八郎の乱などで社会が騒然となり、水野忠邦が「天保の改革」を断行してぜいたくを禁じたりしていたころである。英国の郵便制度はこの後あっという間に世界に広まり、日本でも1871(明治4)年には「郵便役所」ができ、サービスが始まった。

■113円で世界を駆け巡る

 さて、2012年、ロンドン・オリンピック開幕の4日前、私はロンドンに到着した。サッカーは開会式の2日前に女子の試合がスタートする。7月23日の夕刻にロンドンに着き、翌日はロンドンのメインメディアセンターで大会の取材パス(AD)を受け取り、女子開幕のカナダ戦が行われるコベントリーに移動して翌日の試合に備えるというスケジュールだった。

 パディントン駅近くのホテルの部屋に荷物を放り込むと、私はひさびさのロンドン散歩に出かけた。「オリンピック前夜」と言っても開会式は4日後。街角には観戦客のためのインフォメーションが出ていたが、まだのんびりとした空気だった。するとあるキオスク(新聞・雑誌やお菓子、雑貨などを販売する路上店)の表につってある絵はがきが目に止まった。今夜は書かなければならない記事もない。ロンドン到着を伝える絵はがきでも書くかと、数枚を手にとり、「この絵はがきを日本に送る切手もありますか」と聞いてみた。半ば、翌朝郵便局を探すしかないと思っていたのだが…。

 「あるよ」

 あっさりと答えが返ってきた。そして彼が取り出してきたのは、4枚1セット、ロンドンの街角をプリントしたきれいな切手だった。さすが「近代郵便制度発祥の国」である。

 「これ1枚で、世界のどこにでも航空便で出せるよ」

 値段は、4枚で3.6ポンド、1枚は90ペンス(当時のレートで約113円)ほどだったと思う。2階建てバス、ロンドン塔、電話ボックスなど「ロンドンそのもの」の切手がうれしかった。ちなみに、現在は絵はがき1枚を航空便で日本に送るのに、1.25ポンド(約228円)もかかる。もうひとつちなみに。日本からなら、現時点で海外に航空便で絵はがきを送るには、100円切手を1枚貼ればよい。

 翌日、コベントリーでキオスクをのぞくと、伝説の「ゴダイバ夫人」像など、たくさんの絵はがきがかかっていた。英国では、取材に行われる町々のキオスクで簡単に絵はがきを買うことができた。さすがに「ご当地切手」は、ロンドン以外では手にはいらなかったが、行く先々の町から苦労することなく日本の友人たちに絵はがきを送ることができたのである。

いま一番読まれている記事を読む