ラグビー元日本代表の吉田義人が立ち上げた、7人制ラグビー専門チーム『サムライセブン』(以下サムライ)。2014年3月のチーム創設から10年を迎えてグラウンド内外でのサポート体制が充実、飛躍的なレベルアップが進んでいる。多くの人々に支えられチ…
ラグビー元日本代表の吉田義人が立ち上げた、7人制ラグビー専門チーム『サムライセブン』(以下サムライ)。2014年3月のチーム創設から10年を迎えてグラウンド内外でのサポート体制が充実、飛躍的なレベルアップが進んでいる。
~ぶつかり合いが多い競技だがケガは下半身が多い(株式会社F.C.C.小林氏)
チーム活動に常に帯同して選手のケアをするのが、株式会社F.C.C.から派遣されている小林剛士氏と溝口群氏。
同社は関東を中心に各地で鍼灸整骨院を展開、プロボクシングやK-1、キックボクシング、総合格闘技でのトレーナー活動も行っている。また競技のみならず、アーティストのライブにおけるメンバーのケアも請け負っている。
「弊社代表取締役・藤井剛寛が吉田監督と面識がありビジョンに共感、2021年からサムライをサポートすることになりました」(小林氏)
これまでも他競技のトップアスリートのサポートに関わってきた。小林氏は格闘技系が主で国内のトップ選手と接している。溝口氏はバスケットの国内チームに関わることが多い。通常業務とも並行しながらサムライの活動に帯同、絶大なる信頼を得ている。
「ラグビーは激しいぶつかり合いが多い競技なので、脳震盪や肩の脱臼が多いと思っていました。しかし実際はヒザ、足首の靭帯系や捻挫といった下半身のケガがほとんどで驚きました。下半身へのタックルや動きの中で起こるケガが多いです」(小林剛士氏)
「ラグビーはタックルを受けるので外的要因のケガが多くなります。俊敏性が強く求められるバスケでは、自体重でケガをする場合が多いのでそこの違いは感じます。足首の捻挫やヒザのケガが多いのは似ていますが、原因が異なります」(溝口氏)
ラグビーを担当するのは初となったが、「新たな気付きが多く勉強になることばかり」と2人は口を揃える。日本ラグビー界のレジェンドでもある吉田監督やチームとの関わりは新鮮なことの連続だ。
~サムライセブンはコミュニケーションと礼儀を重視するチーム(株式会社F.C.C.溝口群氏)
「吉田監督からの要望はほぼありません。コンディションに関して全面的に任されているので責任を感じます。身体が小さくても鍛えてスピードを磨けば戦うことができる。監督自身も身体は小さいですが世界で活躍した選手でした。そういう選手を数多く輩出できるようにしたいです」(小林氏)
「サムライはコミュニケーションを大事にしています。チームの結束力が高まり総合力も上がるはずです。また礼儀も徹底されています。我々が身体のケアをする際には、どの選手も本当に礼儀正しい。謙虚で真摯な姿勢があれば上達は絶対に早くなるはずですから、アスリートとして絶対に良い作用があると思います」(溝口氏)
どのような環境でも十分なケアができるよう常に大きな荷物を抱えての移動となる。練習や試合開始前から周到な準備を始め、身体に少しでも違和感を持った選手には迅速な施術を行う。チーム活動後には鍼灸や小型医療機器を用いてのケアをする。チームに欠かせない存在で、「縁の下の力持ち」という言葉では軽過ぎるほどの存在だ。
~ラグビーは人格形成や人間教育の研究対象として最適
サムライは東京・北千住にある帝京科学大グラウンドを使用して練習を行う。大学の総合教育や地域連携・地域貢献の研究対象となるため、研究ベースでの使用が認められている。
研究活動を行うのは、同大学総合教育センター准教授・榊原健太郎氏。自身もラグビーをはじめとする多種の競技経験があり、「吉田監督の現役時代を見ながら育った世代」と語る。
「広く教育分野での研究活動を一緒にやっています。選手たちと継続的に練習やミーティングを過ごすことで、この種の研究にとって必要な関係性が生まれるばかりでなく、豊富な実践事例に触れることができる。また選手から相談を受けることもあるので可能な限り話させてもらう。学術的知見やアドバイスを一方的に与えるという性格のものではなく、むしろ充実した相互対話を通して、理解や気付きのためのヒントにしてもらえれば、と思っています」
榊原氏は哲学分野における研究・教育生活を送った後、2010年に同大学・千住キャンパスができた際に赴任。現在、准教授を務める。小中高生を対象とした哲学の教育や普及活動にも広く携わり、国際哲学オリンピックの国際審査委員なども務める。2021年に大学関係者を通じてサムライの話が来た。
「『ラグビーが人間形成や人間教育においてモデルケースになる』という点は、すでに多くの方々によって指摘されています。ラグビーは、単なるスポーツ理論やスポーツ文化論を超えた、より包括的な研究課題や時代の要請に応答しうる内容も豊かに含んでいる。ラグビーが持つそうした可能性を語る上で、7人制ラグビーは、いわば一つの『鉱脈』です。サムライセブンとの活動を通して、更なる研究深化や様々な社会還元が期待されるところです」
~お互いに研鑽(けんさん)を積み合う素晴らしい関係性
練習中はグラウンド脇に立って吉田監督や選手の振る舞いや言葉に注視。選手主導で行われる練習後ミーティングにも同席、時には意見を求められることもある。グラウンドとミーティングの両方に多くの研究材料がある。
「グラウンドはGood Playerを目指す場所です。個々が自分自身を削り上げ本当の自分を出した上に新たに多くのものを積み重ねる。そうすることでフィジカルや技量が鍛錬されます。鍛錬を重ねる個々の姿やコミュニティのあり方は、優れた武道や芸道や修行者集団などと同じ。つまり『ラグビー道』とも言い換えられます。ラグビーの価値を己の生きた身体を張って、いわば『肉体の言語』を用いて表現、体現しているようにも見えます」
「ミーティングはGood Thinkerを目指す場所です。複雑な事象や物事をできるだけシンプルに捉えて表現しつつ、仲間とのコミュニケーションを高める。例えば、ここでの議論には単純な唯一の解は存在しません。状況によっては議論や考え方を他人に委ねることができれば、より素晴らしく、成熟した関係性も生まれてきます。そういった考え方や振る舞いができれば、選手、人間としてさらなる進化や深化につながるはずです」
「一緒に研鑽を積み合える、適切な関係性です。私は、日本代表をも生み出し世界基準で競技し続けるトップアスリート集団であり、互いの人間的な成熟を求め合う研鑽集団でもある、このコミュニティを限りなく多角的に見られて、研究も深めさせていただいています。選手の方からはパフォーマンスや人間的な成長につながる考え方やモノの見方など、疑問点をどんどん尋ねてくれます。一方通行ではなく、お互いがしっかりと向き合えた、良い影響を及ぼし合える関係であると思います」
監督、選手、研究・教育関係者とそれぞれの立場は異なる。しかしお互いにリスペクトを持ち合い、品位を持ち、限りなく対等に近い間柄を保ちながら進み続ける。吉田監督と初めて対面した際に約束した関係性が守られている。
~感謝するための気配りが強いラグビーを作り上げる
「感謝の一言しかない。形だけでなく心から感謝の思いを持っています」
吉田監督は常に感謝を口にする。感謝するためには周囲への気配りが必要になる。細かいところまで目が届くようになりラグビーの中にも生きてくる。結果、個々が自立できた成熟したチームとなり結果にもつながる。
「例えば、必要な飲み物や氷などはスタッフ任せではなく選手個々が用意する。更衣室等を使わせてもらっているのなら整理整頓する。感謝の気持ちがあれば細部に目が届く。選手、チームとしてのレベルアップにつながる。スポーツを通じての教育とは、そこからではないでしょうか」(吉田監督)
人間教育、形成と共にサムライの大きな目標は7人制ラグビー日本代表選手の育成だ。代表選手に選出されるためにも、チーム自体が勝つことによってレベルの高さを証明する必要がある。
株式会社F.C.C.や榊原氏の協力の元、万全のサポート体制ができつつある。周囲に対する感謝を忘れず精進すれば、選手個々が肉体、精神の両面で成長するのは間違いないはずだ。
近い将来、サムライ所属選手が日本代表の多数派を占める日が来るはずだ。肉体、精神の両方を磨き上げられた7人制ラグビーのスペシャリスト軍団が世界を驚かす日が待ち遠しい。
(取材/文/写真:山岡則夫、取材協力:サムライセブン、帝京科学大学・榊原研究室)