ビジネスをはじめ、スポーツの世界でも注目されている「アンガーマネジメント」。怒りの感情をコントロールして上手に付き合っていくための手法として、社員研修などでも積極的に取り入れられています。 テニスのロジャー・フェデラー選手も1997年より…

 ビジネスをはじめ、スポーツの世界でも注目されている「アンガーマネジメント」。怒りの感情をコントロールして上手に付き合っていくための手法として、社員研修などでも積極的に取り入れられています。

 テニスのロジャー・フェデラー選手も1997年より継続的にアンガーマネジメントを学ぶことで、その成績を大きく伸ばしました。国内ではプロゴルファーの片山晋呉選手、元Jリーガーの前園真聖氏なども、アンガーマネジメントを学んでいるようです。

 では、そもそも怒りの感情はどのように身体に作用するのでしょう。パフォーマンスを上げるのか? それとも下げるのか? 怒りをコントロールする術を紹介する前に、まずは脳科学の見地から、スポーツと怒りの関係を見ていきます。

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怒りによって肉体のパフォーマンスは向上する

「怒るということは動物の本能なんです。敵に襲われて戦うとき、あるいは逃げるときも全力ですよね。生存するためには絶対に必要な本能です」

 そう説明するのは自然科学研究機構生理学研究所の柿木隆介教授。同氏によると人間が怒りの感情を覚えたとき、脳からは「ノルアドレナリン」と「アドレナリン」というホルモンが分泌されているそうです。

「ノルアドレナリンは脳に作用して、怒りの感情をピークに持っていく物質です。別名、“怒りホルモン”などといわれますね。それに対してアドレナリンは身体に作用して、筋肉と心臓の働きを向上させて、身体能力を高めます。人間のすべての細胞が必要とする酸素とブドウ糖は血液で運ばれています。つまり、心拍数が増え、血圧が高まるということは、それだけたくさんの血液が流れるようになるということ。戦うときには身体のパフォーマンスを上げる必要があるので、血圧も脈拍も上がっているんです」

 スポーツとは個人競技、対人競技を問わず、基本的に戦いといえます。“身体能力とモチベーションを高めた状態を保つ”という点では、怒りはスポーツにとってプラスの要素として働くこともあるということ。マンガやアニメで主人公が怒りによってパワーアップする描写がよく見られますが、脳科学の見地からは合理的な描写といえるでしょう。

大切なのは「怒り」と「冷静な頭脳」の両立

「人間が怒ったとき、身体的なパフォーマンスは上昇します。“火事場の馬鹿力”なんて言葉もありますよね。短距離走やボクシング、レスリングなどには有効に働く面もあるでしょう。ただし、駆け引きが必要なときに、怒りっぱなしでいるのもよくありません。冷静さを欠いて負けるなんてことは、どのスポーツでもよくあります」

 柿木教授が説明するように、長距離走で怒りに身を任せて序盤から飛ばしてしまったら、すぐにバテてしまうのは必至でしょう。勝負の際に感情のおもむくままに動くだけでは、相手にスキを突かれて負けてしまいます。怒りの感情は身体能力にはプラスに働く一方で、冷静な判断を下す脳にとってはマイナスになってしまいます。つまり、肝要なのは“怒り”と“冷静な頭脳”を両立させることです。

 卓球のように短時間のラリーが繰り返されるスポーツでは、一瞬の駆け引きが求められます。スマッシュを打つときは最高のパフォーマンスが必要ですが、同時に相手のサーブをどう返すかなどを考えるために、冷めた視点がなければ勝つことはできません。

八つ当たりでパフォーマンスが高まる選手も

 怒るということは生物として必要な本能ですが、社会性が求められる人間にとってはマイナスに働く面も出てきます。人間の脳は前頭葉という部位が発達しており、そこで怒りを抑制しています。

 その一方でスポーツの試合で不本意な結果になると、道具に八つ当たりをする選手も見られます。これは怒りを間違った方向にぶつけているということなのでしょうか。

「間違っているかどうかは一概にはいえません。そんな状況でもパフォーマンスが高まる選手がいますので。八つ当たりすることで最大限の身体能力を発揮できるなら、それがその人のやり方なのでしょう。マナーが良くて負ける選手より、マナーが悪くても勝つ選手の方が観客も盛り上がりますからね(笑)」

 “勝てば官軍”という言葉があるとおり、スポーツの世界では勝者こそが絶対というドライな面があるのも事実。なかなかに複雑なスポーツと怒りの関係ですが、後編では怒りと上手に付き合うアンガーマネジメントのノウハウを紹介します。

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[監修者プロフィール]
柿木隆介(かきぎ・りゅうすけ)
医学博士、自然科学研究機構生理学研究所教授、日本内科学会認定医、日本神経学会専門医。1993年より生理学研究所の教授に赴任。主要研究テーマは脳波などの脳神経イメージング。その他、体性感覚や痛覚などの脳内認知機構、言語や顔認知などの高次脳機能の解明を行っている。趣味は俳句(伝統俳句のホトトギス派)、将棋(アマ三段)、テレビゲーム(特にドラゴンクエストなどのRPG)など。著書『頭の働きがみるみるよくなる「脳にいいこと・悪いこと」大全』(文響社)が8月に発売予定

<Text:舩山貴之(H14)/Photo:Getty Images>