グラウンドにはベリーグッドマンの『おかん〜yet〜』が流れていた。練習試合の合間に訪れた、つかの間のリラックスタイム。すると突如BGMが途切れ、代わりにアカペラの歌声がスピーカーから流れてきた。 バックネット裏の部屋にいた神戸弘陵の岡本博…

 グラウンドにはベリーグッドマンの『おかん〜yet〜』が流れていた。練習試合の合間に訪れた、つかの間のリラックスタイム。すると突如BGMが途切れ、代わりにアカペラの歌声がスピーカーから流れてきた。

 バックネット裏の部屋にいた神戸弘陵の岡本博公監督は、呆れたような顔で「あれ、歌ってるの村上ですよ」と教えてくれた。

 つい先ほどまで練習試合のマウンドに上がっていた2年生右腕の村上泰斗が、場内アナウンス用のマイクを使って美声を響かせていたのだ。

 強豪校とは思えない奔放さに驚く筆者に、岡本監督は「これが弘陵です」と苦笑した。



最速152キロを誇る神戸弘陵の村上泰斗

【個性を生かす神戸弘陵の指導法】

 春4回、夏1回の甲子園出場経験がある神戸弘陵だが、最後に甲子園に出たのは岡本監督が高校3年生だった1999年春までさかのぼる。報徳学園、神戸国際大付、明石商、社、東洋大姫路ら群雄割拠の兵庫では「古豪」と見られてしまうかもしれない。

 だが、神戸弘陵の伝統校らしい厳しさと、個性の芽を摘まない寛容さが共存する環境はユニークな人材を輩出している。登録者数170万人のYouTuber「あめんぼぷらす」のメンバー、しょーたは神戸弘陵野球部出身である。

 2年前には、時澤健斗(関西国際大)というドラフト候補がいた。中学までは捕手だったが、神戸弘陵に進んでから強肩を見込まれ投手に転向。一躍プロスカウトも注目するほどの存在になり、春の兵庫大会3位と躍進している。このように、神戸弘陵は原石を磨いて激戦区で存在感を放っている。

 そして今、神戸弘陵に新たなダイヤモンドが輝こうとしている。それが2年生右腕の村上である。村上もまた、捕手から投手に転向したキャリアがある。

「もともとキャッチャーだったり、スイッチヒッターだったり、時澤さんとは共通するところが多いので、意識していました」

 村上はそう言って、口元を引き締めた。マイクで歌う時とは打って変わって、取材中は真面目なムードが出ている。

 2年生にして最高球速は152キロ。1回きり計測した「瞬間最大風速」ではなく、すでに3試合でマークしている。

 身長179センチ、体重73キロと、どちらかと言えば細身の体つきからは「元捕手」の雰囲気はない。かといって投手らしいフォルムとも言いがたく、一見150キロ台の剛速球を投げるとは想像できない。

 だが、その強烈な腕の振りを見れば、村上の資質の高さを感じとれるはずだ。「ピッチャーを始めた時から自然とできた」という、上から叩きつける腕の振りから放たれたボールは捕手のミットにめりこむように収まる。村上は「ミットで終わるんじゃなくて、通り越すイメージで投げています」と語った。

 この日、練習試合にリリーフ登板した村上は、最後に印象的な投球を見せている。左打者に対して、初球に角度のある剛速球を突き刺してワンストライク。さらにインコースから打者に当たってしまいそうなほど鋭く変化するカットボールで空振りを奪い、最後はフォークを落として空振り三振を奪った。この完璧な攻めに、村上の魅力が凝縮されていた。

「カットボールは最近覚えました。滝川二の坂井さんが投げているのを見て、自分も速い変化球がほしかったので」

 村上の言う「坂井さん」とは、今秋のドラフト候補である坂井陽翔のこと。神戸弘陵は今春、今夏と坂井を擁する滝川二に苦杯をなめている。村上は本格派右腕の坂井と対峙してみて、「風格を感じた」と振り返る。

「落ち着きがあって、経験値が違う。自分はスピードばかり負けないように意識してましたけど、変化球の精度やコントロールはレベルがちゃうなと思いました」

【目標は兵庫ナンバーワン投手】

 ただし、村上も強烈なパフォーマンスで坂井に対抗している。今夏の直接対決では、坂井から3打席連続三振を奪ってみせた。なお、坂井は打撃力も一級品である。勝負球はすべてストレートだった。

「あの時の感覚はよかったです。力みも入っていたと思うんですけど、マックスのいいボールがアウトコースに決まってくれました」

 坂井の影響で投げ始めたカットボールは、わずか1週間でマスターしている。

 神戸弘陵OBで現役時代に剛腕として知られた前田勝宏コーチ(元西武ほか)から簡単なアドバイスを受けると、すぐさま体現して見せた。岡本監督は「そういう器用さもあるんですよ」と舌を巻く。

 高校野球は残り1年。どんなことを成し遂げたいか尋ねると、村上は「体重アップ」とともに「兵庫ナンバーワン投手になること」を挙げた。規模がささやかに感じるかもしれないが、投手王国・兵庫は今年も粒ぞろいなのだ。

 1年時から脚光を浴びる剛腕・津嘉山憲志郎(神戸国際大付)に、今春のセンバツで好投を見せた今朝丸裕喜や間木歩(ともに報徳学園)など。彼らを超えるということは、世代ナンバーワン投手に近づくことを意味する。

 生まれ育ったのは、「周りを山に囲まれて、野球で遊べる場所がたくさんあった」という猪名川町(いながわちょう)。小中学校と「キャッチャーができる人がいなかったから」という理由で捕手をやっていた少年は、今やプロスカウトもマークする本格派投手になった。

 投手の醍醐味を聞くと、村上は嬉々としてこう答えた。

「目立つっていうか、自分で試合を動かせるところに魅力がありました」

 投手として目指す究極の姿は、「藤川球児さん(元阪神ほか)のようなストレートを投げる、勝てる投手」だという。

 村上泰斗が理想に近づけば近づくほど、神戸弘陵は激戦区の頂点へと肉薄していく。