サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト・大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は「大事なのは帽子ではなく、その中身」―。

■ハットトリックと言えばカズ

 「ハットトリック」という言葉を聞くと、まず浮かぶのがカズ(三浦知良)である。

 1990年代初頭、カズは日本のプロサッカー新時代を象徴するスターだった(もちろん、その時代だけでなく、いまでもスターである)。派手な「またぎフェイント」、ゴール後の「カズダンス」だけでなく、試合を離れての言動も、そしてファッションやヘアスタイルまでが国民的な話題となっていた。当然、取材の申し込みが殺到し、所属のヴェルディ川崎(現在の東京ヴェルディ)ではコントロールすることができず、カズのマネジメントを担当する事務所がすべてをさばいた。その事務所名が「ハットトリック」だったのだ。

 本来なら現役プレーヤーと報道との橋渡しは所属クラブの広報担当が行うべきなのだが、カズの場合には、この事務所の担当者が聡明で人柄も非常に良かったこともあり、クラブの通常業務を混乱させることなく対応でき、クラブにとっても報道側にも良かったのではないか。もちろん、カズにとってもプラスになったのは言うまでもない。そうでなければ、30年以上にわたってこの形が続いているはずがない。

 「ハットトリック」とは、言うまでもないことながら、「1人の選手が1試合3得点、あるいはそれ以上を挙げた」ということである。元々はサッカーで生まれた言葉ではないが、サッカーで世界に広まり、他のスポーツでも使われ、日本でも一般生活にまで使われるようになっているから、あまりサッカーを知らない人でも聞いたことはあるだろう。

■JSL時代だからこその記録

 そのカズがブラジルから日本に戻ってきたのが1990年の夏。読売サッカークラブ(東京ヴェルディの前身)の一員となった。しかし2シーズンプレーした日本サッカーリーグ(JSL)時代にはハットトリックを達成することはできなかった。ただ、JSLの最終シーズン(1991/92)では、1991年12月1日に行われたヤマハ発動機(現在のジュビロ磐田)とのホームゲーム(等々力競技場)で「アシストのハットトリック」という珍しい記録をうちたてている。

 後半12分にヤマハの中山雅史に先制を許した読売だったが、その5分後にはカズが相手の緩慢なプレーをついてボールを奪い、トニーニョに渡して同点、さらに後半24分には武田修宏に、そして同37分には再びトニーニョにアシストして3-1の逆転勝利に貢献したのである。当時のJSLは「公式記録」に「アシスト者」を明記していたから、これは正式な「アシストのハットトリック」である。

 さて、カズが日本国内のリーグでようやく「本物のハットトリック」を達成したのは1993年の12月8日、東京・国立競技場で行われた浦和レッズとの「ニコス・シリーズ第17節」だった。V川崎が4-0で快勝してステージ優勝を決めた試合である。前半17分に右からビスマルクが送ったボールをヘディングで決めて先制点を挙げると、同27分には北澤豪のパスを受けて2点目、さらに3-0で迎えた後半37分には左からのビスマルクのFKを武田がヘディングシュート、ポストに当たったところを決めてついにハットトリックとした。

 ちなみに、カズのハットトリックはこのJリーグ開幕シーズンの10人目で、Jリーグの初ハットトリックは、5月16日の開幕節第2日にカシマ・スタジアムで鹿島アントラーズのジーコが名古屋グランパスを相手に決めたものだった。

■価値あるハットトリック

 だが、カズにとって、このハットトリックは「生まれて初めて」のものではなかった。同じ年、1993年の4月11日に国立競技場で行われたワールドカップのアジア第1次予選、バングラデシュ戦で、なんと4得点を記録し、日本代表に8-0の勝利をもたらしたのである。3得点はハットトリック。では4得点は? 6得点になると「ダブルハットトリック」という言い方があるが、4得点には特別な表現はない。

 だが、「カズのハットトリック物語」はこれでは終わらない。4年後の1997年6月22日、やはりワールドカップのアジア第1次予選、やはり国立競技場で行われたマカオ戦で、カズはついに「ダブル」をやってのけるのだ。

 中田英寿と西澤明訓の得点で2-0とリードした前半23分に右CKをヘディングで決めて1点目。同29分には左から中田が入れたボールをまたもヘディングで2点目。同44分に自身3点目を左足で決めて前半だけでハットトリックを完成すると、後半には12分(直接FK)、17分(ドリブルシュート)、34分(直接FK)とたたみかけ、日本代表は10-0の勝利を得たのである。

 バングラデシュもマカオも当時はアマチュアで、日本よりだいぶ力が落ちるチームであり、はっきり言って、大勝のなかでのハットトリックではそう価値は高くないかもしれない。しかしワールドカップ初出場をかけてのアジア最終予選でのハットトリック、しかも初戦でのハットトリックは価値がある。

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