中野信治・F1インタビュー<2023年前半戦>中編(全3回)F1参戦3年目を迎えたアルファタウリの角田裕毅は、第14戦ベルギーGPまでに入賞3回、ドライバーズランキング17位で前半戦を終えた。今季のアルファタウリはマシンの競争力が低く、ラン…

中野信治・F1インタビュー<2023年前半戦>中編(全3回)

F1参戦3年目を迎えたアルファタウリの角田裕毅は、第14戦ベルギーGPまでに入賞3回、ドライバーズランキング17位で前半戦を終えた。今季のアルファタウリはマシンの競争力が低く、ランキング下位に低迷しているが、角田は印象的なパフォーマンスを披露している。また、F1へのステップアップをめざす岩佐歩夢もFIA-F2でチャンピオン争いを演じ、存在感を示す。成長著しいふたりの日本人ドライバーについて、元F1ドライバーの中野信治氏に語ってもらった。

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【角田裕毅は3年間でいい成長曲線】

中野信治 参戦3年目の角田裕毅選手に関しては、ファンの皆さんと同じように僕も成長したなと感じています。週末の時間の使い方はうまくなっていますし、焦ってミスすることも少なくなった。プレッシャーのかかる場面でも慌てないようになりました。

 今のF1は3年はやらないと本当の意味で実力を発揮できない世界になっています。単純にマシンを走らせたり、クルマをつくるだけでなく、さまざまなことを学ぶ必要があります。チームづくり、自分の見せ方、メンタルコントロール、無線のコメントなど、何をどうしたら相手がどう感じ、どう動くのかという、人との接し方など、3年かけていろいろと学んでいくんです。


3年目の今季は前半戦終了時点で3回の入賞を果たした角田裕毅

 撮影/熱田護

 でも学べない人もいます。今シーズン前半戦、角田選手とコンビを組んでいた新人のニック・デ・フリースはわずか10戦で解雇されてしまいました。そういうドライバーたちがいるなかで角田選手はいい学習曲線を描いていると感じます。

 F1はドライバーひとりで戦える世界ではありません。やっぱり協力してくれるたくさんの方たちがいてくれて、初めて乗り続けることができる。3年目までチャンスがあったということは、ホンダや応援するファンの力も大きい。そこに対しては、角田選手は今、感謝の気持ちを抱きながら戦っていると思います。

 角田選手がF1に参戦した時から、周りへの感謝であったり、当たり前の礼節であったり、そういったことを忘れてほしくないと僕は願っていました。ただ単に世界で戦うドライバーになるだけでなく、日本人のよさを持った国際人として育ってほしいというのが、僕が関わっているホンダの若手ドライバー育成プログラム「Honda フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP)」の目的でもあります。

 デビューしてからの2年間は、苦しい時間があったと思います。初年度から速さは見せつけてくれましたが、自分に足りない点がいろいろと見えてきたはず。その現実を受け入れ、改善する努力をしています。その積み重ねが3年目のシーズンに結果として表れてきたと感じています。

【新チームメイトに勝つか、負けるか】

 成長してきたタイミングで、経験豊富でトップチームでレースをしてきたダニエル・リカルドと新たに組むことになりました。これはさらなる成長をするためのいい機会だと僕はとらえていますし、本人もそう感じているようです。

 実際に角田選手と話す機会があったのですが、リカルドの経験や知識は「すごく勉強になる」と言っていました。たとえば、タイヤに対するコメントであったり、チームを巻き込んでいく仕事の仕方だったり、これまでのドライバーとは違うところがあり、すごく刺激になったようです。



元F1ドライバーで解説者の中野信治氏

 今の角田選手にとっては、デ・フリースよりもリカルドがチームメイトであるほうがあらゆる面でポジティブだと思います。同じドライバーとしてはシーズン途中で解雇されたデ・フリースには同情する気持ちが正直ありますが、リカルドが来たことで角田選手にいい意味でのプレッシャーがかかり、成長が促されますし、チーム全体のモチベーションも上がるはずです。

 リカルドの存在は、来年以降の角田選手の動向を判断するうえでもいい指標になります。角田選手がリカルドに勝つか、負けるか。勝てば評価は上がり、上をめざす道が開けるかもしれません。負ければ残念ですが、逆にリカルドがチャンスをつかむ。そこは勝負の世界なのでシンプルです。そういうことを当然わかっていて、レッドブルは今回の人事を決断したんだと思います。

 チームメイト同士でやり合うというよりは、お互いに刺激し合いながらチームのポテンシャルを引き上げていくイメージで戦うことができれば、後半戦の角田選手とアルファタウリには期待できると思います。

【注目の岩佐歩夢には言うことがない】

 F1直下のFIA-F2でも日本人ドライバーの岩佐歩夢選手がチャンピオンをめざして戦っています。彼は前半戦で3勝を挙げ、ランキング3位。F2参戦2年目で、ここまで本当にいい仕事をしていると思います。


F1参戦をめざし現在F2で戦う岩佐歩夢

 撮影/桜井淳雄

 岩佐選手と角田選手とはまったくタイプの異なるドライバーです。角田選手はナチュラルな速さがあり、事前に入念な準備をしてからものごとに対処するというタイプではありません。まずはトライしてみて、その状況に合わせて対応していくドライバーです。それが強さでもあります。

 一方、岩佐選手は自分自身のウィークポイントをよく知っているんです。それを理解したうえで、じゃあ何をやったら克服できるのかと考え、対応していくタイプ。自分の弱点をつぶすために、いいクルマをつくる、タイヤを理解する、チームを味方につける......そういったことを徹底して実践していく。そこが岩佐選手のすごいところです。

 僕は夏休み前の最後のレースとなった第14戦ベルギーGPの会場に行ったんですが、サポートレースとしてF2が開催されており、久しぶりに岩佐選手に会いました。彼が「ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿(HRS-Suzuka)」の生徒だった頃から知っていますが、表情がすごく変わっていて、正直びっくりしました。本当に戦う男の顔になっていて、やっぱりチャンピオンを争うまでになると、人間はここまで変わるんだなと思いました。

 今、岩佐選手はF2でチャンピオンになる目標を達成するためにどうすればいいかと考え、すべての時間を使って目標に向かって行動しています。彼は「ここまでやっているんだから負けるわけがない」というメンタルをつくり上げているんです。それがドライビングやレースの組み立てにもあらわれています。

 こういうアプローチは実践しようとしてもなかなかできることではありません。だから、僕は彼に対してあまり言うことはありません。むしろ、このまま変わってほしくない。今の感覚を忘れずに戦い続けることができれば、彼は伸びていくと思っています。

 F2のレースは残り3大会(6レース)です。岩佐選手にはコンスタントにポイントをとり、強いレースを見せてほしい。もちろんチャンピオンをとってほしいですが、最低でもランキング2位になることを期待しています。そこまでやれたら、彼の未来は開かれていくと思います。(つづく)

後編<F1レッドブルの連勝を止めるのはハミルトンかルクレールか「化ける可能性がある」若手か? >を読む

前編<中野信治に聞くなぜフェルスタッペンはここまで強いのか?レッドブルのマシン特性から考察>を読む

【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿(前・鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として、現在F2選手権に参戦する岩佐歩夢をはじめ国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜日のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。