F1フォトグラファー対談2023年前半戦・前編(全3編)スポルティーバで恒例となったF1フォトグラファー対談。今回も30年以上にわたりF1を撮影し続けている熱田護氏と桜井淳雄氏が語り合う。前編では、2023年前半戦も盛り上げたマックス・フェ…

F1フォトグラファー対談2023年前半戦・前編(全3編)

スポルティーバで恒例となったF1フォトグラファー対談。今回も30年以上にわたりF1を撮影し続けている熱田護氏と桜井淳雄氏が語り合う。前編では、2023年前半戦も盛り上げたマックス・フェルスタッペン(レッドブル)やフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)らの意外な素顔を明かした。

【フェルスタッペンはサイボーグ?】

ーーF1の2023年シーズン前半戦はレッドブルが全勝し、マックス・フェルスタッペンは12戦中10勝でチャンピオン争いを独走しています。後半戦もこのままの勢いでいってしまいそうですか?

桜井淳雄(以下、桜井) 毎回、優勝するのがレッドブルとフェルスタッペンで、レースとしてはおもしろくないですよね。

熱田護(以下、熱田) いや、おもしろいです! フェルスタッペンが毎回、すごい走りを見せてくれるじゃない。後半戦もどんどん勝ってほしいです。


今季前半戦、圧倒的な強さを見せているマックス・フェルスタッペン(中央)と表彰台6回のフェルナンド・アロンソ

 撮影/熱田護

桜井 フェルスタッペンは速いし、ミスもしないので、レース展開が予想できちゃいますからね。正直言って、後半戦も負けそうな気配がありません。

熱田 フェルスタッペンが勝ちすぎてレースを見なくなるという人がいますが、いつの時代もF1はそんなものです。過去の歴史を振り返れば、速いドライバーが速いクルマに乗ると、圧勝しちゃうんです。マクラーレン・ホンダのアイルトン・セナ、フェラーリのミハエル・シューマッハ、メルセデスのルイス・ハミルトン......みんなそうだったじゃないですか。

 2021年のハミルトンとフェルスタッペンのように、強いドライバーが同じようなパフォーマンスのクルマに乗って、サーキットの特性によって勝ったり負けたりするのは本当に稀。おまけに最終戦でチャンピオンが決するなんて、もう二度とないかもしれません。今はフェルスタッペンというドライバーの強さをストレートに感じてほしいですね。

桜井 フェルスタッペンが予選で一発のタイムを出す時はすごい走りをしますよね。コースサイドで撮影していると、文字どおり火花を散らすような勢いで走っていますから。イギリスGP予選でフェルスタッペンはポールポジションを獲得しましたが、そのアタックラップを見た時は「うわぁ、速い」って思わず声が出ました。

 レッドブル関係者に話を聞いたら、「フェルスタッペンはサイボーグ」だと言います。優勝して表彰台にのっても、もう次のレースをどうしようと考えているみたいですから。だからなのか、彼は表彰台で喜びを爆発させるシーンというのはほとんどないですよね。

【彼を撮ることができて幸せ】

熱田 カメラマンやファンにあまりサービスをしませんが、それも彼らしくて好感を持っています。ハミルトンみたいに表彰台の上でポーズをとったり、シューマッハみたいにジャンプしたりしなくてもいいんです。コース上で圧倒的な強さを見せてくれれば、それでいいんです。でもチャンピオンが決まった時ぐらいは満面の笑顔を見せてほしいよね(笑)。


F1レースを500戦以上撮り続けている熱田護氏

 撮影/五十嵐和博

桜井 ハンガリーGPの優勝時、表彰台のセレモニーが終わったあとにレッドブルのスタッフが集まって記念写真を撮影していました。その時にフェルスタッペンのオフィシャル写真を撮っているカメラマンがいたのですが、彼はレンズに向かってヒョイと軽く手を上げておしまいでした。普通だったら2〜3秒くらいはポーズをとったりするものですよね(笑)。

 ただ、前半戦の最後2戦は表情がほぐれてきている感じがしますね。チャンピオンが確実になって余裕なのか、表彰台で笑みを浮かべるシーンが増えてきました。


F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務めてきた桜井淳雄氏

 撮影/五十嵐和博

熱田 レッドブルのガレージを見ていると、フェルスタッペンはメカニックやエンジニアとよく話していますし、自分のチームをつくっている感じがしますね。何もすることがないような時は、ガレージ裏でスタッフたちとバカ話をして笑ったり、冗談を言い合ったりしています。

 僕たちメディアに対してはあっさりしていますが、勝ちにこだわる執念は人一倍。何が何でも勝ってやるという気迫は毎戦、毎周、撮影していても感じる。あの若さ(25歳)で、これだけの速さと強さを兼ね備えた、完成度の高いドライバーは見たことがない。彼を撮影することができて幸せだし、どんどん強くなってほしいです。

【ひと皮むけた42歳の大ベテラン】

ーー前半戦はアストンマーティンの活躍も印象的でした。新加入したフェルンド・アロンソが開幕から連続で表彰台に上がり続けました。

桜井 フェルスタッペンとは対照的に、今年はアロンソの表彰台が面白いです。毎回、いろいろポーズを決めてくれます。オーストラリアGPの表彰台では、派手なガッツポーズをするアロンソを見て、フェルスタッペンとハミルトンが笑っていました。それまでのアロンソはそんなことをするキャラじゃなかったですからね。なんとも奇妙な光景でしたね(笑)。

 アロンソは42歳の大ベテランですが、ひと皮むけたような気がしますね。昔のようにツンツンしている感じはなく、レースを楽しんでいるよう。チャンピオンを狙えるところにいないという気楽さがあるんだと思いますが、チームの調子もよくて、自分の気持ちを素直に表現していると思いますね。

 中盤戦に入って、アストンマーティンの勢いが少し落ちてきているのが気になりますが、前半戦は中年の星、アロンソがMVPでいいんじゃないですか(笑)。


オーストラリアGPで3位表彰台に上がり派手なガッツポーズを決めるフェルナンド・アロンソ

 撮影/桜井淳雄

熱田 そうですね。僕はアロンソがもともと好きだし、今年はすごくいい表情をしているので、撮影していておもしろいですね。フェルスタッペンの予選の走りがすごいという話がありましたが、アロンソがアタックしている時も気迫が伝わってきます。

 フェルスタッペンが速いのはレッドブルのクルマがいいというのもありますが、アストンマーティンで図抜けたタイムを出そうと思ったら、かなりリスクを背負って攻めないといけないんです。だから一発を狙っている時は、クルマの向きや縁石の乗り方、アクセルを開けるタイミングなど、普通に走っている時とは全然違う。

桜井 確かにアロンソも一発を狙ってくる時は、コースで撮影する僕たちにも伝わってきます。フェルスタッペンのアタックを「火花が散るような」と表現しましたが、そういう走りができるドライバーはF1でもなかなかいないですね。

【あのマシンで活躍するのはすごい】

ーーレッドブルのフェルスタッペンとアストンマーティンのアロンソ以外に印象に残ったチームやドライバーはいますか?

桜井 ウイリアムズの(アレクサンダー・)アルボンはすごいですよね。マシンは近くで見ると、他のチームのマシンのように細かい空力パーツがいろいろついているわけではないしシンプルなのですが、正直言ってF1マシンっぽくない。見た目だけで言えば、展示用のマシンみたいです(笑)。

 あのマシンであそこまで活躍(入賞3回/ドライバーズランキング13位)するのを見ると、頑張っているなと思います。しかもアルボンのチームメイトが新人のローガン・サージェントということもあり、毎戦苦しんでいるので、余計にアルボンのよさが際立ちます。

熱田 アルボンは確かにすごいよね。ウイリアムズのコース特性にあったサーキットでは時折、驚くほどの速さを披露します。人柄もよさそうですし、撮影しやすいドライバーです。

 ちょっと残念だったのはメルセデスのジョージ・ラッセル。もう少しやるドライバーだと思っていたんですけど(獲得ポイント99/ドライバーズランキング6位)、ハミルトン(獲得ポイント148点/ドライバーズランキング4位)に比べると、少し期待外れですね。


恒例となったF1カメラマン対談

 撮影/五十嵐和博

桜井 ハミルトンの相棒だと、どうしても影がうすい存在になってしまいますよ。ハミルトンはメルセデスのチームのなかだけでなく、F1全体で中心的な存在ですから。そういう意味ではラッセルは少しかわいそうです。

 でもこのままの成績だと、かつてハミルトンとメルセデスで組んでいたバルテリ・ボッタス(現・アルファロメオ)のような、ナンバー2の存在になってしまうよね。(つづく)

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【プロフィール】
熱田 護 あつた・まもる 
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。F1取材は約570戦、日本を代表するF1カメラマン。2019年にF1写真集『500GP』、2022年にホンダF1のタイトル獲得を記録した写真集『Champion』(ともにインプレス刊)を刊行。

桜井淳雄 さくらい・あつお 
1968年、三重県津市生まれ。1991年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材し、F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。YouTubeでは『ヒゲおじ』としてチャンネルを開設し、GPウィークは『ヒゲおじ F1日記』を配信中。鈴鹿サーキット公式HP内の特設ページ『写真で振り返る2023年シーズン』で作品を掲載。