F1フォトグラファー対談2023年前半戦・後編(全3編)日本を代表するF1フォトグラファーの熱田護氏と桜井淳雄氏が2023年のF1を語り合う。後編は、角田裕毅(アルファタウリ)の成長や9月開催の日本GPを含めた後半戦の見どころについて。7月…

F1フォトグラファー対談2023年前半戦・後編(全3編)

日本を代表するF1フォトグラファーの熱田護氏と桜井淳雄氏が2023年のF1を語り合う。後編は、角田裕毅(アルファタウリ)の成長や9月開催の日本GPを含めた後半戦の見どころについて。7月のイギリスGPからサーキットで撮影がスタートしているブラッド・ピット主演のF1映画にも話がおよんだ。

【化けるかもしれない逸材】

ーーシーズン序盤の主役はレッドブルとアストンマーティンでしたが、中盤に入るとアストンマーティンに代わってマクラーレンが急激に競争力を上げてきました。夏休み前の数戦はマクラーレンのランド・ノリスや新人のオスカー・ピアストリが大活躍しています。

桜井淳雄(以下、桜井) マクラーレンは毎年、シーズンの最初があまりよくなくて、だんだん調子をあげて帳尻を合わせていくというチームです。今年も底力を見せており、あらためてすごいなと思います。近年でシーズンを通してずっと低迷していたのはホンダと組んでいた時(2015〜2017年)だけですから(笑)。


対談したF1フォトグラファーの熱田護氏(左)と桜井淳雄

 撮影/五十嵐和博

熱田護(以下、熱田) ルーキーのピアストリはすごいですよ。もともとルノー(アルピーヌ)の育成ドライバーだった彼は今年マクラーレンからデビューしましたが、ルノーとマクラーレンでとり合いになって裁判沙汰になっていました。どんな逸材なのかと思って注目していたのですが、走り始めは遅かった。なんでこんなレベルのドライバーが奪い合いになっていたのかと疑問に思っていました。

 でも中盤になって、速さに定評のあるノリスと同じレベルで走れるようになっていますからね。新人でなかなかこのレベルまでくる人はいません。ひょっとしたらチャンピオンクラスのドライバーに化けるかもしれない。

 ノリスも成績がよくなるにしたがって、表情が引き締まってきて、最近はカッコよくなっています。ピアストリとノリスはマクラーレンという枠にとどまらず、F1界の未来にとって注目の存在ですね。

【角田裕毅のマネジメント体制の変化】

ーーF1参戦3年目を迎えた角田裕毅選手も急成長しています。現場で彼に接していて、どう感じていますか?

熱田 急成長とよく言われますが、僕はそれほど大きく変わったという印象はありません。どちらかといえば、毎年一歩一歩、着実にステップアップしていると感じます。もともとスピードはありましたが、ミスも多かったですよね。でも今年はコースアウトしたり、クラッシュしたりする場面は確実に減ってきました。あとは、ここは抑える、ここは攻めるという切り替えができるようになったと思います。

 現場での変化としては、ジャン・アレジや小林可夢偉を担当した宮川マリオさんがマネージャーとなり、中学と高校の同級生がパーソナルアシスタントとしてつくようになりました。「チーム角田」というマネジメント体制がしっかりとできていますよね。

桜井 マネジメント体制が変わって、メディアの受け答えもしっかりとできるようになったと思います。コース上の走りにも成長を感じる。レース内容はすごくいいですし、走りにも安定感が出てきました。


ハンガリーGPセッション前の角田裕毅(右)。フランツ・トスト監督のもとに駆け寄った

 撮影/桜井淳雄

熱田 でもチームメイトがニック・デ・フリースだったから、よく見えているところはあったと思います。正直、デ・フリースには期待していたんですが、結局、一度も輝く走りを見せられませんでした。

 そのデ・フリースに代わってハンガリーGPから合流したダニエル・リカルドは、復帰戦で角田を上回る結果を出し、次のベルギーGPでは角田が上回って10位入賞。今のところ1勝1敗です。レッドブルの頃から徐々にパフォーマンスが落ちてきているリカルドと、少しずつ上がってきている角田選手が、今、きっ抗している感じですよね。

桜井 後半戦でどっちが勝つのか、そこは日本のファンにとって見どころですね。

【ブラピさんはいい人でした】

ーーふたりが今シーズン、現場で撮影していて印象に残っている出来事はありましたか?

桜井 レースとは直接関係ないのですが、イギリスGPからブラッド・ピットが主演するF1を題材とした映画の撮影が始まっています。中継には映っていませんが、じつはサーキットには11番目のチームがいるんです。

 撮影用にピットが用意され、モーターホームもちゃんとあります。現場ではレース開始前にドライバー紹介のセレモニーが行なわれている時に、他のドライバーと一緒にブラッド・ピットと俳優のダムソン・イドリスがいるんです。

 スタート前のグリッドにはF2を改良した映画用のマシンがありますし、レース後には表彰台の下にマシンを置いて、レースを走り終わったかのようにして撮影しています。フリー走行や予選などがない空き時間には、実際に2台のマシンをコースで走らせていて、もうスケールのデカさがハンパない。「ここまでやるか!」という感じです。


F1の映画をサーキットで撮影しているブラッド・ピッドら

 撮影/桜井淳雄

熱田 僕はブラピとの2ショット写真を撮りました! ブラピさんはすごく気さくでいい人でした(笑)。

桜井 今までもF1を題材とした映画は何本かありましたが、ここまでF1界が全面協力してつくっている作品はなかったと思います。メルセデスやルイス・ハミルトンも制作に協力しているみたいですからね。サーキットのなかには、それまで関係者用の駐車場があったスペースを全部つぶして、撮影クルーが滞在するための大きな映画村ができているんですから。どんな映画になるのか、今から完成が楽しみです。

【レッドブルの全勝は止められるのか?】

ーー第14戦のオランダGP(8月25〜27日)から後半戦がスタートします。ふたりが注目しているポイントはありますか?

熱田 アストンマーティンは少し元気がなくなってきましたが、ここのまま落ちていったらおもしろくないよね。アロンソにはもう一回くらい表彰台に上がってほしい。でも勝っちゃダメですよ! レッドブルのシーズン全勝の記録がかかっているんだから。


開幕戦から一度も負けることなく、シーズンを折り返したレッドブル

 撮影/熱田護

桜井 チャンピオン争いはフェルスタッペン、レッドブルでもう決まりですし、他のチームが勝ってもいいと思うんですけどね(笑)。アストンマーティンは新しいファクトリーを完成させたばかりで、実際に見てきましたが、すごく立派で驚きました。

 この施設が本格的に稼働するようになれば、レッドブルと互角の勝負ができるようになると思いますので、タイトル争いに参加するのはもうちょっと先ですね。後半戦でフェルスタッペンに勝つ可能性があるとすれば、チーム力が高いメルセデスのハミルトンぐらいかな。

熱田 ハミルトンでも難しいんじゃないかな。フェルスタッペンはハンガリーGP予選でハミルトンにポールポジションをとられていましたが、なんの焦りもなかったと思いますよ。だってレースペースが全然違いますから。同じことはマクラーレンにも言えますよね。とにかくレッドブルの決勝での速さは異次元です。

桜井 フェルスタッペンは決勝のファステストを余裕でとりますからね。確かに大きなマシントラブルやアクシンデントがなかったら、レッドブルが後半戦も全勝するでしょうね。

熱田 おもしろいのは表彰台の3位争いですよ。順当にいけば、レッドブルのワンツーだから、3位に誰がなるのか。フェラーリ、メルセデス、マクラーレン、アストンマーティンの8台が表彰台の最後の一角を目指して争うという形になると思います。

ーー9月下旬には鈴鹿サーキットで日本GPが開催されます。

桜井 昨年は大雨で、鈴鹿に観戦に来たファンの方は寒かったと思います。今年はすみきった青空の下でイベントが行なわれてほしい。F2でチャンピオン争いする岩佐(歩夢)選手がフリー走行を走ってくれたら最高ですね。


恒例となったF1カメラマン対談

 撮影/五十嵐和博

熱田 そうですね。ベルギーGPでホンダのPU(パワーユニット)を搭載したレッドブルが、1988年にマクラーレン・ホンダが樹立した12連勝の記録を抜きました。

 今は、ホンダがレッドブル・パワートレインズを技術支援していることになっていますが、スタッフの方々は撤退前と変わらず仕事をしています。日本GPも勝って、連勝記録をさらに伸ばしていってほしいです。サーキットに観戦にいらっしゃる方は、フェルスタッペンの圧倒的な強さを間近で体感してほしいです!

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【プロフィール】
熱田 護 あつた・まもる 
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。F1取材は約570戦、日本を代表するF1カメラマン。2019年にF1写真集『500GP』、2022年にホンダF1のタイトル獲得を記録した写真集『Champion』(ともにインプレス刊)を刊行。

桜井淳雄 さくらい・あつお 
1968年、三重県津市生まれ。1991年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材し、F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。YouTubeでは『ヒゲおじ』としてチャンネルを開設し、GPウィークは『ヒゲおじ F1日記』を配信中。鈴鹿サーキット公式HP内の特設ページ『写真で振り返る2023年シーズン』で作品を掲載。