蹴球放浪家・後藤健生は、世界各地でサッカーを観戦してきた。また、さまざまな状況でサッカーを目にしてきた。2004年のイ…

 蹴球放浪家・後藤健生は、世界各地でサッカーを観戦してきた。また、さまざまな状況でサッカーを目にしてきた。2004年のインドでは、暗闇でサッカーに目を凝らしたことがあった。

■暗闇での観戦

 スタジアムが停電になって照明が落ちてしまう……。長年、地球上を放浪しながらサッカーを観戦していると、けっこう頻繁に遭遇する出来事です。

 これまで観戦した7138試合の中で“最も恐怖を感じた試合”の一つ、アルゼンチンの1部リーグ「プリメラA」昇格決定戦のチャカリタ・ジュニアーズ対フベントゥード・アントニアーナの試合(1999年7月)を見にいったときにハーフタイムで停電があった話は、「蹴球放浪記」の第44回で書きました。

 怖かったのは、停電のせいではなかったのですが……。

 そのほか、同じ1999年のワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)ナイジェリア大会の日本対イングランドの試合でも、停電でバウチのスタジアムのフィールドの片側だけ照明が消えてしまいました。

 この時は、復旧の見込みがなかったのでしょう、半分照明が消えたまま試合が再開され、石川竜也が“闇に乗じて”直接FKを決めて日本が勝利。決勝トーナメント進出を決めました。

 ですから、「停電」というのも、それほど珍しい出来事ではありません。

 Jリーグで最も有名な「停電」は2005年の「J1・J2入れ替え戦」の第1戦でしょう。後半のアディショナルタイムにヴェンフォーレ甲府のホーム小瀬スポーツ公園陸上競技場の照明が落ちてしまい、終了直前に試合が35分も中断してしまったのです。

■かつてのサッカー強国

 そんな数多くの「停電」の中でも、インドのソルトレイク・スタジアムでの停電も思い出深い停電の一つです。

 南アジアの大国インド……。つい先日には、中国を抜いてインドの人口(14億人超)が世界一となったと国連機関が発表しました。人口増加と同時にIT産業を中心とした経済発展も目覚ましく、「成長の鈍化」が囁かれる中国に代わって、これからはインドがアジアの主役になっていくのかもしれません。

 もともと英国の植民地だったので、インドはかつてはアジアのサッカー強国の一つでした。1950年にブラジルで開催されたワールドカップには、インドがアジア代表として参加していたくらいです。

■いざインドへ

 しかし、最近はインドのサッカーは弱体化。インドやパキスタン、スリランカなど「インド亜大陸」では、クリケットがナンバーワン・スポーツとなっています(2023年10月には、インドでクリケット・ワールドカップが開催されます)。

 ただ、最近はたとえば昨年のU-17女子ワールドカップなど、経済発展を続けるインドではサッカーの国際大会も開かれるようになってきていますから、将来インドが再びサッカー強国となる可能性も皆無ではありません。

 そんなわけで、クリケット・ジャーナリストではなく、サッカー・ジャーナリストだった僕は、あまりインドに行く機会はありませんでした。

 初めてインドを訪れたのは2004年の9月。ドイツ・ワールドカップ・アジア2次予選でジーコ監督率いる日本代表がインドと対戦することになったのです。

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