492人――。この数字は、福島県にある檜枝岐村の人口である。日本で最も人口密度が低いと言われるこの自治体は、会津地方の…

 492人――。この数字は、福島県にある檜枝岐村の人口である。日本で最も人口密度が低いと言われるこの自治体は、会津地方の南西部にある。

 大自然に囲まれた、というより、大自然そのものというこの村から、1台のバスが34人の村人を乗せて出発したのは8月12日の朝8時のことだった。5時間ほど揺られて向かった先は、等々力競技場。川崎フロンターレの試合を観るためのバス運行だったのである。

 人口の10%近くが乗車していた。もっといえば、この村の小中学生の6割に当たる24人が、このバスに揺られた。参加者が少し前までは、「名前を聞いたことがある程度」と答えるしかなかったJ1クラブのために催行された、村がかりでの大イベントだった。

 その経緯は後述するが、子どもから大人までがお昼過ぎに到着すると、試合前の等々力競技場を見学するなどしてキックオフまでの時間を過ごした。お昼はご存じALCBEEFキッチンのステーキ丼。サポーターなら誰もが知っているその味を、この一行も味わった。

 さらに、試合前には名願斗哉と松長根悠仁とハイタッチや記念撮影を行うなどふれあいの時間も設けられた。たまたまそこに自家用車で通りかかった早坂勇希とも一緒に時間を過ごした。

 この日行われた試合はJ1第23節のヴィッセル神戸戦。首位チームと戦うためにウォーミングアップする様子を、ピッチ脇で観た。
「うわー!」
「スゴ!」
 この言葉を自然に発せさせるほど、目の前のプロサッカーチームは思っていた以上に「プロ」だった。

■スポンサーでありサポーター

 説明するまでもなく、川崎フロンターレのホームタウンは神奈川県川崎市であり、福島県ではない。さらにいえばホームタウン区域外なので壁もある。

 では、なぜこのようなイベントに至ったのか。それを導いたのは、フロンターレのスポンサーである『ALC BEEFキッチン』だ。先に書いたように、川崎市内の実店舗に加えて等々力競技場内でスタグルを販売する同社はフロンターレをスポンサーとしても支える立場にもある。

 この『ALC BEEFキッチン』と親会社が同じ『尾瀬小屋』という山小屋がある。これは、福島県、栃木県、群馬県、新潟県にまたがる国立公園の尾瀬を楽しむための宿泊施設で、ガイドなども行う。先ほど“大自然そのもの”といった檜枝岐村は村域に尾瀬ヶ原を有しており、この尾瀬小屋も檜枝岐村にある。

 この尾瀬小屋の関係者が、檜枝岐村の中で川崎フロンターレのグッズを配るなど、あまりある“フロンターレ愛”を県境を越えて披露した。その結果、村の中でフロンターレの知名度と、そして憧憬が強まった。それがゆえに、川崎フロンターレの応援ツアーが組まれることとなったのである。

 通常、クラブ自らアピールしてファン・サポーターを増やすものだが、今回は違う。スポンサーの愛が、フロンターレを応援する人を増やしたのである。『ALC BEEFキッチン』の担当者は熱心なサポーターであり、カメラを持って等々力に駆け付ける。スポンサーという形式通りの枠には当てはまらない愛情を持っており、それがあるからこそ、こうした異例の広がりにつながった。

(中編に続く)

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