海町、そして鞄の産地である兵庫県豊岡市で作られるランドセル「UMI」。廃棄された魚網の再生ナイロン素材を使用した、サステナブルなものだ。その誕生背景を、アートフィアーの土生田 昇さんに伺った。ランドセル購入レースは入学前年から始まる婚活、朝…
海町、そして鞄の産地である兵庫県豊岡市で作られるランドセル「UMI」。廃棄された魚網の再生ナイロン素材を使用した、サステナブルなものだ。
その誕生背景を、アートフィアーの土生田 昇さんに伺った。
ランドセル購入レースは入学前年から始まる
婚活、朝活、肌活、サ活などなど、とかく何かしらの活動に忙しい昨今。就学前の子を持つ親なら、そこに「ラン活」が加わってくる。
ラン活とはランドセル活動のこと。小学校に入学する我が子のためにベストなランドセルを探す活動だ。少子化で子供の数は減る流れにありながら、いや減る流れにあるからこそ、子や孫に向ける親や祖父母の愛情が増し、それがラン活を激化させているともいわれる。
求めるのは、6年間使えるタフさ、軽さなど未成熟の小さな身体への負担の少なさ、上品さやルックスの良さといった要素を融合させたもの。そのうえ青、水色、紫、緑などカラーバリエーションは豊富で、本革や人工皮革など素材に違いもある。
流通数が少なく、ほかの子と被りにくいモデルが欲しいという要望をかなえるブランドもある。職人が手掛ける本革性ランドセルなどは価格が20万円前後と高額になりがちだが、それでも売り切れる。
買い求めたいとなったなら、入学の1年以上も前に活動を始める必要があるという。
稀少性の高い逸品でなくても、新作ランドセルの予約のピークは入学前年の4〜5月。年明けに行われる新作発表を受け、春先に百貨店などでの展示会で見本のチェックをし、その流れで予約を入れる流れとなるためだ。
夏頃には「まだ6月なのにもう売り切れ」といったモデルも珍しくないという。
海ごみ素材で作る未来志向のUMI
アートフィアー 土生田 昇さん●1964年、兵庫県生まれ。 大学卒業後、生まれ故郷の兵庫県豊岡市にある 鞄製造メーカーの由利に就職。 多くのプロジェクトを経験したのち アートフィアーの代表取締役社長に就任。 現在はUMIの販売を手掛けている。 今春発表した2024年モデルは6色を用意。 豊富なカラーも魅力となっている。
さて、年々激しさを増すラン活だが、SDGs全盛という世の流れを反映したモデルも登場した。それがここに紹介するUMIだ。
UMIは日本海を望む兵庫県豊岡市にオフィスを構える鞄メーカーの由利が2021年に発表。関連会社のアートフィアーが販売を始めた。
最も大きな特徴は廃棄された魚網の再生ナイロン素材を使用したことだ。
誕生背景には、山陰海岸国立公園内にある美しい竹野浜海岸など豊岡の海を身近に生まれ育った経営陣たちの感性や、鞄にもサステナブルな要素を取り入れるべき時代だと捉えた経営的センスがある。
「1971年の創業以来、由利は国内外のアパレル企業からOEMを受注してきた日本の最大手メーカーです。海外のラグジュアリーブランドからの依頼も多く受けるなど、鞄の製造に関する経験を積み重ねてきました。
代表の由利昇三郎は日本に4つある鞄団体のひとつ、兵庫県鞄工業組合の理事長を2020年から2年務めたのですが、その際に廃棄魚網で生地が作れるという話を豊岡市の職員から聞きました。
それが海ごみ由来のアップサイクル鞄を現実化させる始まりでした」。
そう話すアートフィアー代表の土生田昇さんによると、市の職員の話は、海洋ごみ問題に取り組む日本財団が設立した一般社団法人アライアンス・フォー・ザ・ブルーを中心に動くプロジェクト。
同組織が協業する北海道の水産会社が道東エリアの海に捨てられた魚網を回収し、今度はそれを愛知県にあるほかの協業企業に送り、ペレットにし、糸を作り、生地にしていくものだった。
生地を作る工程が見えたことで、現実化へのハードルは一気に下がり、まずはビジネスバッグの素材に活用することを考えた。
「豊岡は鞄の産地です。デニムの岡山、メガネの鯖江、タオルの今治と同様、鞄といえば豊岡の名が挙がるほどで、日本製の鞄のおよそ7割をこの地で生産しています。
ただ、豊岡全体を見ても、ランドセルはこれまで多く手掛けてはきませんでした。それは由利も同様で、同社の主要製品はビジネス用や、日常使いのカジュアルバッグ。
学校関係ではスクールバッグなどのサブバッグの生産経験はあったものの、ランドセルの経験には乏しいのが実情でした」。
それでも足を踏み出そうと決めた理由には、「ランドセルが重すぎる」というニュース報道があった。
威信をかけて生み出した子供に優しい作り
脱ゆとり教育を経て、教科書の総ページ数は増えたといわれる。子供たちは、厚みと重さが増した教科書に加え、ノート、筆箱、連絡帳、タブレットなどを入れたランドセルを毎日背負うことになり、その重さは5kg近くにも及ぶのだという。
腰痛を抱える子供が増えたといった話題もあり、身体的な影響を危惧する保護者の声の高まりから、文部科学省が教科書などの勉強道具を学校に置いていく「置き勉」を認める通知を出すほどの社会問題になった。
「さらに我々が通学の様子を見て感じたのが、両手にもサブバッグや体操着袋など何かしらを持ち、首からは水筒を下げている子供が多かったということです。
見ただけで身体への負担が大きいだろうと推測できましたし、もしつまずいて転んでしまったら危ないですよね。
直感的にすべてを入れられるランドセルができればと思い、これまで出張用バッグなどで採用してきた構造が転用できるのではないかと考えました」。
由利が持つデータでは、最も重たい荷物を背中に近いところに収め、徐々に軽いものを収納できる構造にすると軽く感じることがわかっていた。
同様の仕組みを採用し、いちばん奥にタブレットを入れるスペースを設け、次に教科書類のスペースを作った。すると空間にはまだゆとりがあり、給食袋や体操着袋に加え、絶対に入らないと思われた1.5Lの水筒も収めることができた。
「両手を空けることができた。これは安全だぞ、と。それに、実は魚網の再生生地の最大のメリットは予想外の軽さなのです。
今回のプロジェクトでも、従来の素材を使ったものと同じ太さの糸で編みながら、だいぶ軽く作ることができました」。
子供たちの身体への配慮は素材だけではなくデザインにも及ぶ。ショルダーバンドには由利が特許を持つ3層構造の特殊なクッション材を使用。バンドの内側と外側で硬度を変えることで、肩にピッタリと接着することを可能にした。
これだけでかなり感じる重さは変わるのだという。
さらに登山用バックパックなどに見られるチェストベルトも取り入れ、胸でしっかり固定することでランドセル内の荷物が動かないようにした。腰部のクッション材には出っ張りを持たせ、腰でも背負えるような工夫も採用。
こうして歴史ある鞄メーカーとしての知見を最大限に活かし、肩、胸、腰で背負う、幼い子供たちを優しく守るUMIは誕生した。
故障に対しては万全の修理体制で対応
実のところ、UMIはランドセルではなく「スクールリュック」という呼称で展開している。ランドセルは日本で独自に進化発展した通学鞄。
江戸時代から続くとされる伝統と文化の発展、そして後世への継承を目的に発足した組織にランドセル工業会があり、同工業会が定める規格には次のようなものがある。
①すべての縫製が日本国内で行われ6年間の使用に耐え得るもの。
②日本鞄協会発行の「信頼のマーク」を縫着したもの。
③素材は皮革又は人工皮革とする。
④形状はかぶせ部が本体を覆う長さで縦型であるもの。
⑤サイズは大マチ部分の内寸の縦(最高部)が31cm前後、幅が23cm前後であること。
これらの規格を有するものにはランドセル認定証が付与され、一般的に「ランドセル」と呼ばれる製品として流通されることになる。
それでも由利は名称にこだわることなく独自の路線を追求。名より実を取る形で、軽く、タフで、使いやすい通学鞄を生み出した。
「展開を始めて6年未満ですから、“入学から卒業まで問題なく使えますか?”と聞かれても、何とも言えないのが正直なところです。
それでもビジネス用のバッグを手掛けてきた経験と自負がありますし、もし故障をした場合にはすぐに代替品をお渡しして、修理も万全の体制で責任を持って行います。
お客さまには迷惑をかけまいという気持ちと、製品への絶対の自信を持って送り出しているのがUMIなんです」。
美しい海が目の前にある町で生まれた、海をきれいにする一助を担い、未来を担う子供たちを守るUMIは、現在のところ受注生産制で販売されている。
SDGsという流れも手伝い注目度の高まりを感じているが、「大きく宣伝して大量に売るものではないし、共感してくれた人に届けばいい」。
その見解からは、海と子供を守るためにも、息の長いプロジェクトにしていきたいといった実直な思いが伝わってきた。
PIXTA=写真 小山内 隆=編集・文