7月1日から23日まで開催されている世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」は、7月10日に休息日を迎え序盤戦が終了した。休息日前日の第9ステージを終えた段階で総合1位選手に与えられる黄色いリーダージャージー「マイヨ・ジョーヌ」…

 7月1日から23日まで開催されている世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」は、7月10日に休息日を迎え序盤戦が終了した。休息日前日の第9ステージを終えた段階で総合1位選手に与えられる黄色いリーダージャージー「マイヨ・ジョーヌ」を着用しているのは、3年連続4度目の総合優勝を狙うイギリスのクリストファー・フルーム(チーム・スカイ)。序盤戦は順風満帆のように見えるが、実はここまで波乱続きのレース展開だった。



想定どおりにマイヨ・ジョーヌを手に入れたフルームだが......

 フルームをエースに起用したチーム・スカイにとっては、まさに完璧な滑り出しだった。フルームがもっとも信頼するゲラント・トーマス(イギリス)が初日の個人タイムトライアルを制し、まずはチーム内でトーマスがマイヨ・ジョーヌを獲得する。トーマスは5月に開催されたジロ・デ・イタリアにエースとして起用されながら、ケガで無念の途中リタイア。しかしリハビリを経て復調し、フルームの希望もあって急きょツール・ド・フランスのメンバーに加わった。

 トーマスは4日間マイヨ・ジョーヌを守り続けたが、大会最初の山岳区間となった第5ステージでライバルチームの主力選手とフルームについていけず、総合2位の位置にいたフルームに栄冠のジャージーを譲り渡すことに。それも、チームとしては想定通りだ。

「サルドプレス」と言われるゴール地点のプレスセンターに怒号が飛び交ったのは、7月4日の第4ステージだった。世界チャンピオンのペーター・サガン(スロバキア/ボーラ=ハンスグローエ)がゴールスプリント時の危険走行により、まさかの失格処分を受けたからだ。

 サガンはその前日の第3ステージ、残り1.5kmから激坂となる過酷なステージを制して大会通算8勝目のステージ優勝を挙げたばかり。表彰式にはモトクロス選手が着用するゴーグルを首から提げて、ワガママし放題の「サガンワールド」を演出していた。ここまでして主催者に反感を買わないのかなあと、こちらが心配したほどだ。レース後のインタビューではスプリント王の称号であるポイント賞争いにも名乗りを挙げ、大会タイ記録となる6年連続受賞を目指したいと、ちょっと悪ガキっぽさのある英語で語っていた。

 ところが第4ステージ、混戦のゴール勝負でフェンス際をこじ開けるようにスパートしたマーク・カヴェンディッシュ(イギリス/チーム・ディメンションデータ)に対し、サガンが撥ね除けるようにして接触。バランスを崩したカヴェンディッシュはフェンスに激突して最後の勝負に加われず、翌日はそのケガの影響で出走できなくなった。サガン自身もトップフィニッシュはできなかったが、ゴールから2時間ほど経過した後、大会の競技面を主管する国際自転車競技連合のコミッセール(審判団)がサガンの失格を発表した。

 ツール・ド・フランスの興行主「A.S.O.」としては、サガンのような存在感のある選手を失いたくはなかっただろう。だがその一方で、スポーツとしてルールを順守して公平性のある運営も行なわなければならない。ただ、サガンの動きは他選手の落車を誘発したかもしれないが、今回のケースも連日のようにある接触プレーのひとつに過ぎず、サルドプレスの記者は「あれで一発失格なのか?」という声が広がった。ファンもガッカリしたと思うが、主催者と記者も同様の気持ちだった。

 サガンと所属するボーラ=ハンスグローエは翌5日、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に処分撤回を訴えたものの、6日には即時却下。いずれにしても、大会タイとなる6年連続のポイント賞獲得は5日の第5ステージに出走できなかった時点で幻となったのである。

 さらなる波乱が起こったのは、序盤戦最後の第9ステージ。翌10日は国際規定に設定された休息日のため、極めて重要なステージだった。例年は大会終盤に最難関のステージが設定されるが、2017年のルートはこの第9ステージが最難関。カテゴリー「超級」(もっとも難易度が高い山岳地点)の厳しい峠が3つもあるステージだが、この日は相次いでアクシデントが発生する。

 まずは序盤の下りで、フルームに続いて12秒遅れの総合2位にいたトーマスが落車して骨折、そのままリタイアとなった。フルームは後半戦のピレネー、中央山塊、アルプスにおける最高のアシスト役をここで失うことになる。

 さらにこの日の最後の山岳で、フルームにメカトラブルが発生する。フルームはあわてて後続に追従するチームカーを呼び、スペアバイクと交換しようと片手を挙げてアピールした。だがその瞬間、14秒遅れの総合3位にいたアスタナ・プロチームのファビオ・アル(イタリア)が掟破りのアタックを仕掛けたのである。

 このときフランスのテレビはCMに入っていて、常時中継をモニタリングするディスプレーだけがその模様をとらえていた。現地のサルドプレスで映像スタッフが「あー、フルームがメカトラだ!」と声を上げると、数百人の記者が前方のモニターにめがけて駆け出した。

 CMが終わって中継が再開し、アルが走る集団にフルームの姿がないことを確認すると、「どうしたんだ?」という声が口々に上がる。そして、アルのアタックした瞬間がリプレーで再生されると、そこにいた全員が「わー!」とどよめく。映像ではフルームが背後の審判車に手を挙げてアピールし、その直後にアルがアタックをしたことが明らかだったからだ。「スポーツマンシップに欠けるね」。アルの母国イタリア人記者以外、サルドプレスではこのような意見が多くを占めた。

 だがその直後、39秒遅れの総合5位につけていたBMC・レーシングチームのリッチー・ポート(オーストラリア)は、フルームが不測のトラブルで遅れたことを知り、アルの走りを制御して「復帰を待とう」と提案。その結果、フルームはアシスト陣に引き連れられてアルとポートの位置まで復帰することができたのである。

 そして最大の波乱は、最後の下り坂で起きた。2015年までアシスト役としてフルームの優勝に貢献してきたポートは、移籍したBMCのエースとして絶好調で臨む今大会の総合優勝候補だった。ところが、そのポートが下り坂で落車してしまい、鎖骨と骨盤を骨折。フルームが「最大のライバル」と名指ししていたポートの野望は、一瞬のうちに断たれてしまった。

 ゴール直後、フルームは首位のマイヨ・ジョーヌを守ったものの、苛立ちは隠せなかった。

「あのときは自転車を交換するためにサポートカーと連絡を取っていたので、ゴール後に記者に言われるまで、アルがアタックをしたことは知らなかった」

 一方で、リタイアとなったポートに対しては、感謝の気持ちを述べた。

「僕の復帰を待つようにと統率してくれたポートには、感謝の言葉を送りたい。優勝争いをしたかっただけに、リタイアしてしまったことが悲しい」

 ゴール後に開かれたフルームの公式記者会見は、「質問は3つまで」という司会者の言葉で始まった。

「アルのアタックをどう考える?」と英語で質問されたフルームは、前述のように「知らなかった」と英語でよどみなく答える。ところが2問目はフランス語で、3問目はイタリア語で同じ質問が浴びせられたのだ。さすがの優等生もこれにはマイクを投げ出し、「アイ・ドント・アンダースタンド」と言い残して退出してしまった。

 今年のツール序盤戦のフルームは首位ながらも、余裕のなさを感じずにはいられない。昨年のモン・ヴァトゥで自転車が壊れ、思わずランニングでゴールを目指してしまったのも、ある意味で彼はパニックに陥っていた。

 個人タイムトライアルは速いし、山岳でも強い。常に集団の前方で安全にゴールできる総合力もある。それだけに、フルームはトラブルに怯える。2014年は落車による骨折で、その栄冠を一瞬のうちに失った。

 総合成績の上位選手は、まだ僅差……。本当の戦いはこれからだ。