中央本線の松本駅から、車で一般道なら1時間ちょっと、道中ほとんど山道を、北へ進んで長野県筑北村。日本ウェルネスを冠する高校は全国にいくつもあるが、ここは2015年開校の日本ウェルネス長野高校。「ここは体を休めに来るところですね」 中原英孝…

 中央本線の松本駅から、車で一般道なら1時間ちょっと、道中ほとんど山道を、北へ進んで長野県筑北村。日本ウェルネスを冠する高校は全国にいくつもあるが、ここは2015年開校の日本ウェルネス長野高校。

「ここは体を休めに来るところですね」

 中原英孝監督に会うなり、ついそんな言葉が出てしまった。

「四方を奥信濃の山々に囲まれて、秋の紅葉の頃は見事でしょうね」

 さらにそう言うと、「このバックネットの裏なんて、もうすごいですよ」と、中原監督の笑顔がはじけた。



春から夏にかけてホームランを量産している日本ウェルネス長野の杉浦匠

【奥信濃に潜んでいた逸材】

 中原監督は母校である松商学園で監督を22年務め、その後、長野日大の監督を10年。そして新設の日本ウェルネス長野の監督に赴任して今年で8年目。高校球界では知る人ぞ知るレジェンド監督である。

 明治大での現役時代は、巨人の名プレーヤーとして鳴らした高田繁氏と同期だというから、今年で78歳になる。だが、グラウンドに轟きわたる爆声は年齢を感じさせない。

 練習グラウンドは、筑北村が長野自動車道のすぐ脇に建設した立派な公式戦仕様の球場であり、平日午後はほぼ同校の専用状態というから、これ以上ありがたい環境もない。

 そのグラウンドからものすごいインパクト音が響きわたってきた。「ガシャーン! ガシャーン!」と何かが壊れるような音が続いたが、すぐにその音の正体がわかった。

 杉浦匠(3年/185センチ・88キロ/遊撃手/右投左打)の放つ打球音である。センター、右中間、ライトと、しっかり追いかけないと見失いそうな弾道で打球が飛んでいく。

 まだ粗っぽさはあるが、馬力とスイングスピードは高校生のレベルをとっくに超えている。

 とらえ損なって打ち上げた内野フライの弾道の高さには、正直驚かされた。大げさに言うと、忘れた頃にグラウンドに落ちてくる......それぐらいの感覚だ。

 こんな山奥にこれほどの逸材が隠れていたとは......。

【強豪校から圧巻の2発】

「1、2年の頃は体が大きいだけで、ほんとに打てなかったですから」

 杉浦の武骨で実直そうな語り口に"昭和"の匂いがした。

「そうですね」とかあいづちをうたず、ボソボソっと話を切り出してくる感じが、高倉健のようだ。

「もともと不器用で、なんでも繰り返し、自分の体に刷り込むように反復して覚えてきたことばかりで......」

 バッティングも去年の今頃までは、下半身の動きを使わず、上体の強さに任せた強引な打ち方だったという。

「上(半身)だけで打っていたので、右ヒザが割れて体がすぐ開いていたんです。自分でも打てそうな感覚があまりなかったんですけど、足を使って、下半身主導のスイングができるようになって、バッティングが変わってきました。この春ぐらいからはヒットも増えたし、ホームランも打てるようになりました。この春からだけで20本近く打っていると思います」

 ペースとしては驚異的な量産態勢だ。

 じつは、杉浦についての"追加情報"は、北信越の高校野球に詳しい人から聞いていた。

 今年5月、日本ウェルネス長野の関東遠征。クリーンアップを打つ杉浦は、土曜日に行なわれた横浜高戦でレフトにライナーで放り込むと、翌日の東海大相模戦ではセンターバックスクリーン右に飛び込む一発を放ったという。

「初めての感触でした。インパクトの衝撃がほとんどなくて、打った瞬間『あっ、いったな』って。ピンポン球みたいって言うんですかね」

 自己申告だが、東海大相模戦は130メートル級の一発だったという。

「右半身にカベをつくっておいて、うしろから前に(バットの)ヘッドを走らせて、体の正面で返してボールを運ぶ。そんな感覚ですかね。変化球はレベルに、真っすぐはバットのヘッドをタテに入れる感じです。体が開かなくなってからボールがよく見えるようになったんです。低めのボールになる誘い球も、けっこう見極められるようになりました」

 打線の核としてチームを牽引しようとする者の矜持が、じわじわ伝わってくる。

【名将にとって最後の夏】

 一方、守備はどうか。

「守備で一番輝けるのがショートだと思っていますから。その責任を果たすためにも、もっと精度を上げないといけないと思っています」

 体のサイズだけなら、巨人の坂本勇人とほぼ互角。高校野球ではなかなかいない大型遊撃手だが、フィールディングを見ても、そのビッグサイズを持て余していない。

 守備範囲を広げようと、相当な努力をしたのだろう。捕球する際もフットワークが緩まないし、捕球から送球の流動性、強く投げすぎないスローイングは、本人は不器用だと言うが、スナップスローなど、器用にこなす。

 グラウンドでは試合形式のバッティング練習が始まった。

 杉浦よりひと回りコンパクトなユニフォーム姿だが、同じ左打席から力感を感じさせずにシュッとバットを振り抜いては左中間、センターオーバーとすばらしい打球を放っている選手がいる。

 三原田京成(みはらだ・けいせい/3年/178センチ・78キロ/左投左打)という杉浦とともにクリーンアップを務めながら、エース級の存在としてマウンドにも上がる。

「三原田も間違いなく才能のある選手なんですけど、快打のあとに甘いボールを打ち損じるようなもったいない部分があります。逆に杉浦のほうは一生懸命すぎて、無意識に10割を打とうとして力んでしまうのがもったいない。あのふたりを足して2で割れば(笑)」

上條大貴部長のお見立ては、こうなった。

 じつは、中原監督は通算40年にもわたる高校野球監督生活にこの夏で終止符を打つ。厳しく指導してもらった名将の花道のために、そしてなにより大型スラッガーとして自らの将来を切り拓くために、相手にも、自分にも「負けられない夏」。日本ウェルネス長野は7月23日にベスト4をかけて小諸商と対戦する。