このままプロの一軍マウンドに上がっても勝てるんじゃないか......。 トヨタ自動車の先発右腕・嘉陽宗一郎(かよう・し…
このままプロの一軍マウンドに上がっても勝てるんじゃないか......。
トヨタ自動車の先発右腕・嘉陽宗一郎(かよう・しゅういちろう)のボールを見て、何度もそう思わずにはいられなかった。
この日最速149キロをマークしたストレートは、球威もコントロールも抜群。両コーナーに高い精度で投げ分け、低めのゾーンも勢いが衰えることなく捕手のミットを押し上げる。変化球もカットボール、チェンジアップを決め球として使えて、カーブで簡単にストライクカウントをとれる。
身長187センチ、体重87キロのたくましい体が、東京ドームのマウンドでひときわ大きく見えた。はっきり言って、アマチュア最高峰の社会人球界でも頭ひとつ抜けているレベルだ。

都市対抗初戦のHonda戦で圧巻のピッチングを披露したトヨタ自動車・嘉陽宗一郎
【プロはもう考えていません】
7月15日、都市対抗野球大会の初戦を迎えたトヨタ自動車は、強打線を擁するHondaと対戦していた。嘉陽は8回までHonda打線に二塁を踏ませない、完璧な投球を見せる。疲れの見えた9回に1点を失ったものの、最後はこの日10個目となる三振で締め、チームを勝利に導いた。
試合後、嘉陽は淡々とした口調で自身の投球を振り返った。
「トヨタでは普段のキャッチボールやピッチング練習から、いかに試合に近い感覚、モチベーションを持って練習するかを大事にしているんです。今日は普段の練習どおりの力を大舞台でも出せたので自信になりました」
本来であれば、今秋のドラフト会議で名前を呼ばれるべき存在のはずだ。だが、嘉陽には「年齢」という大きなネックがある。
松山聖陵高、亜細亜大を経てトヨタ自動車に入社して6年目。今年11月で28歳を迎える。もしプロ入りしたら、1年目から29歳という「オールドルーキー」だ。ただし、近年では2020年に28歳でドラフト指名された阿部翔太(オリックス)が、プロで活躍した前例もある。
Hondaとの試合後、嘉陽に「大会中に申し訳ありません」と断りつつ聞いてみた。「これだけの投球をすれば、プロも放っておかないと思いますが......」。そう水を向けると、意外な答えが返ってきた。
「プロはもう考えていません」
決然とした物言いに、嘉陽の強い意志が滲んでいた。二の句を待つ。
「僕自身、3年目が終わった時点で、ないな......と。はい。3年目は僕的にはよくて、『これで行けなかったら無理だ』と思ってしまって。そこからは、考えなくなったという感じです」
大前提として書いておきたいのは、「プロに行くことがすべてではない」ということだ。それぞれに仕事もあれば家庭もある。仮にプロに行けなかった(行かなかった)としても、社業で活躍する道もある。日本には社会人野球という独自の文化があり、都市対抗という大観衆の前でプレーできるビッグイベントもあるのだ。
【第二の佐竹功年を目指す】
それでも、嘉陽の場合は今になって旬を迎え、まだ進化の余地を残しているようにも見える。アスリートとしてより高いステージで見てみたいという思いから、もう少し掘り下げて心境を聞いてみた。
── 嘉陽投手は4年目以降もよくなっていますが、これから投手としてどうなっていきたいですか?
嘉陽 個人の目標はないです。都市対抗で優勝して、トヨタに恩返ししたい。その思いだけでやっていますね。
── 3年目の時点でプロへの思いを断ったということですが、4年目以降にプロ球団からの調査書は届きましたか?
嘉陽 いえ、一切来てないです。ウチには若い子がいっぱいいるんで(笑)、そういう子を見てもらえたら。
身近に偉大な目標もいる。今年10月で40歳になる佐竹功年(かつとし)だ。入社18年目にして投げ続ける、169センチの小さな大投手。嘉陽は「ストイックで常に野球中心の生活を送っている」と佐竹の偉大さを語りつつ、こう続けた。
「チームで第二の佐竹さんみたいな存在が出てこないといけないですし、僕もそういう存在にならないといけないなと」
囲み取材の輪が解けたあとも食い下がるように質問を重ねてみたが、嘉陽の社会人で骨を埋める決意は固いようだった。最後に嘉陽は笑顔で「社会人で無双します」と話して、トヨタの応援団が待つ球場出口に向かった。
「ミスター社会人」の称号を手に入れられる存在は、歴史的に数えられるほどしかいない。その挑戦も称えられてしかるべきなのだ。
それでも......。心のどこかで、「どうしても嘉陽くんが必要です」と口説きにかかる球団がないかと密かに期待してしまう自分がいる。