元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2023年名古屋場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、名古屋場所(7月場所)で「大関取り」なるか注目される3人の関脇や、新入幕のフレッシ…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2023年名古屋場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、名古屋場所(7月場所)で「大関取り」なるか注目される3人の関脇や、新入幕のフレッシュな面々について話を聞いた――。

 大相撲名古屋場所が7月9日より始まっています。今場所は、新大関・霧馬山改め霧島が誕生し、豊昇龍、大栄翔、若元春といった3関脇の「大関取り」なるかなど、話題が豊富です。

 おかげで、開催場所の愛知県体育館には初日から4年ぶりの「満員御礼」の幕が下がり、ファンの方々が名古屋での通常開催をどれだけ望まれていたのか、ということも改めて実感しました。この場を借りて、お礼を申し上げます。

 そんな注目度の高い場所ですが、期待の新大関が肋骨を負傷。初日から休場することになってしまいました。ところが、「どうしても出場したい」という強い気持ちを持っていた霧島。4日目から再出場してきました。負傷が軽傷であることを祈りつつ、今後の奮闘を期待したいと思います。

 一方、「大関取り」を目指す関脇勢ですが、3人ともまずまずのスタートをきりました。そのなかで、私が「ダントツにいい!」と感じているのは、大栄翔です。

 大栄翔に関しては、春場所(3月場所)の際にこのコラムでも取り上げましたが、今年に入ってから相撲がいい方向に変わりました。

 ご存知のとおり、大栄翔は2021年初場所(1月場所)で初優勝を果たしました。その時は、手足がよく前に出て、得意の突き押し相撲が炸裂。相手を圧倒する相撲を見せていました。

 そこから「次期・大関候補」と目されるようになったのですが、その後は目立った成績を収めることができずじまい。攻め方も右ノド輪だけになってしまいました。

 突き押し相撲は「成績に波がある」と言われることがあります。もちろんそれは、体調に左右される点もありますが、重要なのはやはり"気持ち"。それが、成績に関わってくることが多いと思います。

 そして大栄翔は今、苦しい時期を経て、その気持ちが充実しているのでしょう。初場所で10勝、春場所で12勝、夏場所(5月場所)で10勝と、好成績を続けています。

 大関昇進の基準は、一般的に直近3場所の勝ち星が33勝以上と言われています。大栄翔の場合は、この名古屋場所で11勝以上の成績を残せば、"基準"はクリア。それが実現できる可能性は高いと見ています。

 また、今場所の大栄翔からは、そういった数字以上に強く感じるものがあります。

 まったく相撲に迷いがない――。

 その「俺にはこの相撲しかない」という強い気持ちが、大栄翔を大関に引き上げてくれるのはないでしょうか。



2日目に横綱・照ノ富士に勝って、4年ぶりに金星を挙げた錦木

 新大関や3人の関脇以外で注目力士を挙げれば、錦木(前頭筆頭)が気になる存在です。2日目、横綱・照ノ富士相手にすくい投げを決めて、4年ぶりの金星を挙げました。3日目にも関脇・豊昇龍に叩き込みで勝利。相手に力を出させなかった、その相撲も強かったです。

 もともと錦木は力が強く、腰が重い力士です。ただ、攻めが遅いため、勝機を逃しているところがありました。

 2016年夏場所に幕内に昇進し、2019年初場所では横綱・鶴竜から金星を挙げるなど、地味ながら上位を苦しめる戦いも見せていました。ところが、体調を崩したのか、数年前から体が小さくなり、2020年初場所には十両へ転落。一度は幕内に復帰しましたが、昨年の初場所まで十両での土俵が長く続いていました。

 その姿を見て「十両で取る力士じゃないんだけどなぁ......」と、私もやきもきしていましたが、昨年幕内に復帰してからは、体も回復。今場所は32歳ながら最高位(前頭筆頭)まで番付を上げてきました。

 これまで、三賞、三役に縁がなかったのは不思議ですが、"やる気"が出る時期は各力士によって違うもの。ここにきて、錦木の"やる気スイッチ"が入ったのかもしれませんし、地方巡業では必ず朝稽古の土俵に上がるという地道な努力も、花開いた理由のひとつかもしれませんね。

 他では、新入幕の伯桜鵬、豪ノ山、湘南乃海の3人もそれぞれ個性を発揮しています。所要3場所で新入幕を果たした19歳の伯桜鵬が話題となっていますが、とりわけ目を引く相撲を見せているのは、25歳の豪ノ山です。

 元大関・豪栄道の武隈親方が昨年興した武隈部屋に移籍してから、メキメキと力を発揮。今場所は先にも触れた大栄翔と同じく、相撲に迷いがありません。

「押すしかない」という気持ちが前面に出ていて、突き押し相撲に徹底しているところがいいですね。期待の力士のひとりです。

 湘南乃海も楽しみな存在です。中学を卒業して高田川部屋に入門した、いわゆる"叩き上げ"。多少時間はかかりましたが、10年目にして幕内の座をつかみました。

 身長193cm、体重186kgという恵まれた体格の持ち主。その武器をさらに生かしていくためには、前傾姿勢を保つことが大切かと思います。

 最後になりますが、錣山部屋は昨年の名古屋場所から、宿舎を愛知県東海市に移転しました。朝稽古の見学は一般のファンの方にも開放していて、多くの方々に足を運んでいただいています。

 場所前には、若元春、豊昇龍の両関脇が出稽古に来てくれて、私の部屋の阿炎と稽古をするシーンもありました。そういうなかで、みなさんから直接いただいた励ましは、部屋の力士たちにとって、大きな力になったことと思います。

 何はともあれ、熱い名古屋場所。後半戦の戦いからも目が離せません。

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。