花咲徳栄や浦和学院が牽引してきた埼玉の高校野球の勢力図が、今年塗り替えられるかもしれない。昨年秋と今年春の県大会を甲子園出場経験のない昌平高校が制したからだ。昌平の「3番・捕手」を務め、チームの精神的支柱でもある齋藤陽貴【チームメイトから…

 花咲徳栄や浦和学院が牽引してきた埼玉の高校野球の勢力図が、今年塗り替えられるかもしれない。昨年秋と今年春の県大会を甲子園出場経験のない昌平高校が制したからだ。


昌平の

「3番・捕手」を務め、チームの精神的支柱でもある齋藤陽貴

【チームメイトから恐れられる存在】

 そんな新鋭を引っ張るのが、主将の齋藤陽貴(はるき)だ。強肩・強打の捕手として高校日本代表候補に選出されている技術力もさることながら、チームメイトから「恐れられる存在」としても大きな役割を果たしている。

「新チームになってから、一番怒られたと思います」

 齋藤の存在について、バッテリーを組む2年生右腕の佐藤立羽(りゅう)は、春の県大会決勝後に苦笑いを浮かべてそう答えた。「正直、怖いです」とまで言う。

 佐藤は184センチの長身から放たれる角度のあるストレートはすでに140キロを超え、来年はプロ注目の存在となっている可能性が大きい。春季大会決勝の浦和学院戦でも6回1失点の好投を見せたが、それを支えているのが齋藤だ。佐藤は「怖いけど......」と言ったあと、こう続けた。

「陽貴さんを見て投げれば、大丈夫と思えるんです。何かあれば助けてくれると、信頼しています」

 この言葉からも、齋藤の存在感の大きさがわかる。「空気を読む」という言葉が一般的になり必要以上に周囲の顔をうかがうことが増え、スマートフォンの普及などさまざまな要因により「他人に関心がない子どもが増えている」というのは、近年、指導者からよく聞く言葉だ。

 しかし齋藤は、相手の状況を深く観察し、時に嫌われ者になるリスクを厭わず、言うべきことを言うことができる。「どうして怒れるのか?」と本人に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「なぜ強く注意できるかというと、たとえばミスが出た時の注意を、ミスをした本人はもとより、周りにも聞いてほしいと思っています。チームのなかで同じ失敗を繰り返したくないですから」

 そんな厳しい言葉を浴びせられてもほかの選手たちがついていく要因について、黒坂洋介監督は次のように語る。

「彼自身が抜かりなく(野球に)取り組む人間だからでしょう。加えて、人望もあるので『陽貴さんに言われたら仕方ないよな』となるんです」

【指揮官が惚れ込んだ逸材】

 もともと黒坂監督がそうした齋藤の資質に惚れ込み、熱心に誘った選手だ。

 齋藤は宮城県加美町出身で東北楽天リトルシニアの出身。ここでも主将と正捕手を務めており、駒澤大の後輩である川岸強氏(現台湾・楽天モンキーズコーチ)が当時監督を務めていたこともあり、黒坂監督が視察に訪れると、齋藤の姿に心を奪われた。

「所作、振る舞いがすごくよかったんです。ノックを見ていても、的確な声がけ、目配り、気配りができる選手だと。こういう選手は、ぜひウチにきてほしいと思いました」

 学業も中学時代は「オール5」という優秀な成績だったためさまざまな選択肢があったが、黒坂監督の情熱やOBの吉野創士(現・楽天)がドラフト1位指名、さらに練習環境のよさに魅力を感じ、昌平を選んだ。

 昌平に入っても期待どおりの取り組みで、1年秋から正捕手に。黒坂監督は齋藤について、こう感心する。

「全体練習の時間内のパフォーマンスの発揮の仕方がすごいですね。余力を残さずやるので、自主練習もダラダラと長くやることもありません。

 一方で、下級生時代は優等生ゆえのリードに、シダックス時代に野村克也監督(当時)の薫陶を受けていた黒坂監督の目には物足りなく映った。

「セオリー的な配球ばかりで、挑戦や相手との騙し合いがまったくできていませんでした」

 だが、早くから相手の嫌がる配球を伝え続けてきた結果、「いつの間にか、相手と駆け引きができるようになりました」と、黒坂監督は成長に目を細める。

 昌平は、吉野が3年だった2021年夏に埼玉大会決勝、昨年秋の関東大会準々決勝と「あと1勝すれば甲子園」という舞台で二度負けており、齋藤も1年夏はベンチで、昨年秋はマスクを被ってその悔しさを味わった。

「あと一歩で甲子園という経験を何度かして、どうしたら勝てたのか、練習からどうすべきだったのかということが蓄積されています。それを生かして、チームを鼓舞するために視野を広く持って、グラウンドに立ちたいです」

 今年の昌平の武器は、切れ目のない打線と複数の好投手を有していることだ。それゆえ「3番・捕手」を務め、チームの精神的支柱でもある齋藤があらゆる面で相手からも恐れられる存在になれば、新たな歴史を刻む可能性は大いになる。