いま思い出しても、ゾクッとする瞬間だった。 埼玉・花咲徳栄(はなさきとくはる)高校野球部のシートバッティング。上位を打つ6人の選手が代わる代わる打席に入り、チームの主戦投手たちと真剣勝負を繰り広げていた。4番を打つ西川愛也(にしかわ・…

 いま思い出しても、ゾクッとする瞬間だった。

 埼玉・花咲徳栄(はなさきとくはる)高校野球部のシートバッティング。上位を打つ6人の選手が代わる代わる打席に入り、チームの主戦投手たちと真剣勝負を繰り広げていた。4番を打つ西川愛也(にしかわ・まなや/右投左打)が打席に入ると、次の瞬間、強烈なライナーがマウンド上の清水達也の顔面を襲った。「やばい!」、思わず目を背けてしまった。



昨年は4番打者として春夏連続して甲子園に出場した花咲徳栄の西川愛也

 幸い、清水がグラブで打球を叩き落とし、何事もなく済んだが、もし打球が当たっていれば、重大事になりかねない……そんな恐ろしい出来事だった。

 この1年間、西川の”実戦”を何度も見てきた。昨年春のセンバツに、夏の選手権……。昨年は2年生ながら4番を任され、甲子園では8本のヒットを放った。3番を打っていた1学年上の岡崎大輔(現・オリックス)のバッティング技術にも舌を巻いたが、4番の西川の投球にタイミングを合わせて打てる感性にも驚かされた。

 踏み込んでからスイングに移行していく”連動”のタイミングが素晴らしい。なにより驚かされたのが、ボールを捉えるインパクトゾーンの長さである。緩い変化球にも上体が崩れることなく、球速に押されて差し込まれても上体をスッと戻すようにしてバットを振り抜ける”空間”をつくることができるから、軸がぶれることなくスイングできる。

 そこに、この1年で瞬発力が加わり、実戦での長打力が飛躍的に増した。パワーというよりは、全身の力を一瞬に集中させる技術。プロの現役選手でいえば、内川聖一(ソフトバンク)のバッティングがまさにそれである。

 打席の左右の違いはあるが、スイングの軸が崩れないこと、インパクトゾーンの長さ、バットコントロール、そして瞬発力。西川のバッティングを形づくっている”長所”は、すべて内川と共通している。

 体の前の、最も力が入るポイントでボールを捉えるから、バットをスパッと振り抜いているように見えて、ボールには強烈な逆スピンの回転がかかっている。だから打球がよく飛ぶのだ。

 冒頭のシートバッティングから1週間後に行なわれた練習試合。そこで見せたバッティングがまた見事だった。

 第1打席、相手チームの本格派右腕が投じた真ん中やや内寄りのストレート。球速は目測で140キロ前後だと思う。その球を西川はグリップを立てながら、線で捉えていった。高校生によくある、高めを上から切るようなスイングではない。インパクトまでに、バットのヘッドの心地よい”助走”があった。

 センターの頭上めがけて飛んでいったライナーが落ちてこない。懸命に背走するセンターが何度振り向いても、打球は失速することなく伸びていく。最後はヤケクソのような感じでセンターがジャンプしたが、差し出したグラブのずっと上を越えていった。

 その後の打席でも、火の出るようなライト前に、アウトにはなったが左中間に強烈なライナー、最後も1打席目と同じようにセンターの頭上をライナーで越える三塁打を放ってみせた。

 アウトになっても、ネット裏に居並ぶ各球団のスカウトたちから「おっ!」と声が漏れるほどの打球を放つなど、見る者をまったく飽きさせない。

 西川のバッティングは、金属バットというアドバンテージを割り引く必要がない。プロのスピードに目さえ慣れることができれば、早い段階で戦力になれるバッティングだ。

 昨年5月に大胸筋を断裂するケガを負い、夏の甲子園は痛みに耐えながら3試合を戦った。そして11月、断裂していた箇所を手術した。

 そのため、もともとは外野手だがこの6月までファーストを守り、大事をとってほぼノースローだった。守備ではあまり貢献できなかったが、西川は落ち込んだりする素振りをまったく見せなかった。むしろ、「バッティングで2倍、役に立ってやる!」といった気概が打席から伝わってきた。

“渾身”とは、心の込め方だと、西川に教えてもらったような気がした。高度な技術で安打を量産。そんなスイング職人になれる資質を、西川愛也に感じている。