奥野一成のマネー&スポーツ講座(36)~先輩社員に何を聞く? 昨年度から始まった高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の…



奥野一成のマネー&スポーツ講座(36)~先輩社員に何を聞く?

 昨年度から始まった高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生は、野球部の顧問も務めている。3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎は、練習が始まる前や練習後のちょっとした時間に、奥野先生から経済に関する話を聞くのが習慣のようになっている。「経済」とはいえ、社会の教科書に載っている知識ではなく、今後の自分たちの生活と密接につながっているテーマだから、興味が尽きないのだ。

 前回は、大学生の「就職人気企業ランキング」の話題を皮切に、どういう企業に就職するのがいいのか、話を聞いた。ふたりは、これまで先生から聞いてきた株式投資にも少し似ていると感じていた。

鈴木「会社を選ぶ、という意味では投資と同じですよね」
由紀「先生は『成長する会社がいい』とおっしゃってたけど、それも同じじゃない?」

 現在の高校生は、ほとんどが数年のうちに「就職」に直面する。その時に何をすればいいのか。これはリアルな問題だった。

鈴木「大学生になると就職セミナーがあったり、その会社に入社した先輩を訪ねて話を聞いたり、入社試験があったり、面接があったり。しかも、挙句の果てにそれで落とされちゃったりするわけでしょう。なんかタイへンそうだな」
由紀「そう言えば前回の最後、先生は『みんながやっている典型的な『就活』を疑うところからスタートしてもいいんじゃないかな』とおっしゃっていたけど、どういうことかしら?」

「鈴木君、入社試験で落とされることを心配してるのかな」と、奥野先生が会話に加わってきた。

鈴木「それはそうですよ」

奥野「少し前には、『100社ぐらいの試験を受けて全滅だった』なんて話が流布していたからね。実際そうなったら滅入るのはわかる。でも、実は企業と就活生の力関係も、変わりつつあるんだ」

由紀「力関係? どういうことですか」

【売り手市場と買い手市場】

奥野「企業と就活生の力関係というのは、簡単に言うと就職しやすいかどうか、ということだね。よく売り手市場、買い手市場なんて言われる。

 売り手市場は、商品やサービスを売る側にとって有利な状況のことを指しているんだけど、それは就職活動にもそのまま当てはまる。就職活動における売り手は、労働力を提供する学生だから、売り手市場というのは、学生が就職しやすい環境だということ。逆に買い手市場は、企業が採用しやすい局面だから、たとえば就職希望の学生数が非常に多いとか、あるいは景気がめちゃくちゃ悪くて新卒採用を大幅に絞っているとか、そういう状態を指すんだ。

 ちょっと昔を振り返ってみると、過去の大卒就職率は、ITバブル前夜の1997年が94.5%で、ITバブルが崩壊した2000年には91.1%まで低下。そこから徐々に回復して、2008年には96.9%になったけど、リーマンショックが起こった2008年以降は低下し続けて、2011年には91.0%まで低下したんだ。

 このように、就職率が大きく下がった時は、買い手市場になっているから、学生にとっては就職しにくい時期だということになるね。かつて『就職氷河期』と呼ばれた時期があって、一般的には1993年から2005年くらいまでの、就職難の時期を指しているんだけど、この時の大卒就職率は、2000年に91.1%まで落ち込んで、その後も、なかなか回復せず、2005年になっても93.5%までしか上がらなかったんだ。

 では今はどうなのか、ということなんだけど、2020年の大卒就職率は98.0%まで上昇したんだ。これは完全な売り手市場、つまり学生の立場が強くて、ほとんど就職できる状態。で、2022年が95.8%まで低下したんだけど、2023年は97.3%まで戻している。

 ちなみに、就職活動中の内定率を見ると、2023年卒の学生の2022年5月中旬時点の内定率が65.4%で、2024年卒の2023年5月中旬時点の内定率が72.1%だから、2024年卒の学生の就職率は、かなり高くなるんじゃないかな」

鈴木「ということは、結構、就職しやすそうですね」
由紀「ただ、入れればどこでもいいというのではなく、自分で納得のいく会社に就職したいですよね。どうすれば、そういう会社を見つけられるんだろう」

【「御社の株価はなぜ低い?」】

奥野「就職率の上下はこれからもあるだろうし、深刻な景気低迷が起これば、採用を絞る企業はあるだろうけど、基本的にこれからは売り手市場、つまり学生の立場が強くなっていくと思うな。

 なぜなら、若い働き手の人口がどんどん減っていくからだよ。若年労働力人口といって、15歳から34歳までの働ける人の人口は、2007年は2035万人だったのが、2022年は1657万人まで減っちゃった。1967年くらいまでさかのぼって、長期的に若年労働力人口の推移を見ると、だいたい1900万人から2200万人で推移しているから、1657万人というのは、いかにも少ないだろう。

 ということは、企業はひとりでも多くの優秀な人材を確保したいと思っているだろうから、鈴木君が言うように、とても就職しやすい環境が、これからは構造的に続いていく可能性が高まってきたのかもしれないね。

 じゃあ、由紀さんの質問にあるように、自分で納得のいく会社に入社するためには、どうすればいいのか。就職活動では、企業の人と接する機会がいろいろとある。インターンの機会もあるし、その会社に勤めている先輩を訪ねて話を聞く機会もあるだろう。もちろんリクルーターとの面接もある。そういう場を利用すべきだと思うよ。

 そして売り手市場のいまだからこそ、僕だったら、あえてその会社に勤めている先輩やリクルーターにとって耳の痛い質問をぶつけてみるかな。

 たとえば就職を希望している会社の財務を分析して、『なぜ御社の利益率は年々下がっているのですか?』とか、『なぜ御社の株価は30年前に比べてこれだけ下がっているのですか?』と質問してみる。

 株価の裏側には必ず売上と利益があるから、基本的に売上と利益が年々増えている会社の株価は上がるはずなんだ。つまり過去30年間くらいの株価を見て、全く値上がりしていないような会社は、企業価値が30年前も今も、ほとんど変わらないことになる。そんな会社に入りたいと思うかい?」

鈴木「うーん、入りたくないかも」
由紀「でも学生の分際で、そんなに痛いところを突くような質問をしたら、失礼だって思われませんか」

【株価でわかるその企業の姿】

奥野「まず、由紀さんの質問に答えると、失礼なんて思わないだろうし、むしろ自分なりに財務分析をした結果で話をすれば、逆に『ああ、この学生は自分の目で会社を選ぼうとしているんだな』という評価につながって、むしろプラスになるんじゃないかな。

 それに、財務分析をしっかり行なったうえで就職活動に臨むような、優秀な学生だったら、企業側が放っておかないと思うよ。おそらく多くの学生は『内定を出してくれるなら何でもやります』なんてことを言ってしまうのもしれないけど、それじゃあ相手に足元を見られてしまう。

 その点、しっかり財務分析までして、しかも会社の痛いところを突いた質問をすれば、少なくとも大勢の学生のなかで強く印象づけられるんじゃないかな。

 もし、そういったファクトに基づいた質問に対して、不快な顔をするようなリクルーターがいるのなら、そもそもそういった会社については考え直したほうがいいだろうね。5年~10年以上その企業に勤めていて、自社が抱えている課題について考えていないような従業員がいるような企業はそのレベルの企業だし、そういった人をリクルーターとして前に出してくる感覚もどうかしてる。

 ちゃんと質問してくる優秀な人材を、『失礼な学生だな』などと言ってマイナスの評価をするような企業には未来はないし、そもそも構造的に若年労働力人口が年々、減少傾向をたどっているのだから、その程度の理由で優秀な人材を拒否するほどの余裕はほとんどないはずだよ。それだけ若年労働力の減少は、日本にとって深刻な問題になりつつあるんだ。

 あと、株価の話なんだけど、まずは過去30年くらいの株価を見てみよう。理由はさっきも言ったように、株価の裏側には、売上や利益の成長があるからだ。

 たとえば銀行。一例としてあるメガバンクの株価を例にとると、2000年の最安値が6830円で、最高値が9640円だった。今はどうかというと、2023年6月20日の終値が2116円だよ。プラスになるどころか大幅なマイナス。これだと、新たな付加価値を生み出しているとは考えにくい。

逆に、信越化学工業という企業の株価を見てみようか。この会社、塩化ビニール製品の他、半導体の回路を書き込むシリコンウエハーをつくっている会社なんだけど、業績はピカピカ。1993年の株価は、安いところで278円だったのだけど、2023年6月20日の株価は4803円だからね。何と17倍にもなっているんだ。

このように、株価が長期にわたって値上がりしている会社は、売上や利益が着実に伸びているケースが多い。せっかく入社するなら、やはり成長し続けている会社に行きたいよね。就職活動とは、企業が学生の品定めをする場であるとともに、学生が企業を見極める場でもあるんだ。

財務諸表を見て、株価の長期推移をチェックするなんてことは、インターネットがあれば誰にでもできること。財務諸表の見方が難しいって思っている人もいると思うけど、売上と利益の伸びを見ていくだけなら、実は簡単なんだ。財務分析なんて、社会人としてはできるに越したことはないんだから、学生のうちに多少でも知識を身につけておくのは有意義だと思うよ」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。『マンガでわかるお金を増やす思考法』が発売中。