ウクライナに侵攻しているロシアの混乱は、日本のテレビ番組でも連日報じられている。国際ニュースをチェックする蹴球放浪家・…

 ウクライナに侵攻しているロシアの混乱は、日本のテレビ番組でも連日報じられている。国際ニュースをチェックする蹴球放浪家・後藤健生の目に、馴染みある町が映った。2018年に日本代表が悲劇に見舞われた「ロストフ・ナ・ドヌー」である。

■2つのロストフ

「ナ・ドヌー」というのは「ドン川に面した」という意味です。「ナ」は英語の「on」と同じ前置詞。「ドン」という名詞が格変化をして「ドヌー」となります(ドン川はモスクワの南から南流してアゾフ海に注ぐロシアの大河の一つです)。

 モスクワの北200キロほどの所にも「ロストフ」という都市があるので区別するためです。北のロストフ(ロストフ・ヤロスラフスキー)は人口3万人の小都市ですが、ロシアの中で最も古い町の一つと言われる重要な街です。

 同名の都市を区別するために川の名を付ける例は他にもあります。

 たとえば、ドイツには「フランクフルト」という都市が2つあります。長谷部誠が所属するアイントラハト・フランクフルトがある「フランクフルト・アム・マイン」はヨーロッパ中央銀行がある金融の町で、「マイン河に面するフランクフルト」と呼ばれます。一方、旧東ドイツにある町は「フラクフルト・アン・デル・オーデル」となります。ポーランドとの国境オーデル川に面しているからです。

 文豪、ウィリアム・シェークスピアが生まれたのはイングランド中部の「ストラスフォード・アポン・エイヴォン」。つまり、エイヴォン川に面したストラトフォードです。

 もう一つ有名な「ストラトフォード」は、ロンドン東部の地区名です。ウェストハム・ユナイテッドの本拠地であり、つい先日はアメリカのメジャーリーグ・ベースボール(MLB)のセントルイス・カージナルス対シカゴ・カブスの公式戦が行われたロンドン・スタジアム(2012年オリンピックのメイン・スタジアム)がある地区です。

■1日だけのロストフ滞在

 僕のロストフ滞在はまる1日だけなので、街の記憶は多くはありません。

 モスクワのヴヌコヴォ国際空港からUTエアーの367便に乗ってロストフ空港に到着したのが試合当日(7月2日)の12時48分。「街中でドン川の魚でも食べて……」と思っていたのですが、日本人フォトグラファーの御一行がチャーターした車でスタジアムに向かうというので同乗してスタジアムに直行しました。

 ロストフの街は、ドン川の北側(右岸)にありますが、スタジアムは南側に造られました。将来、ドン川左岸に新都心を建設する計画らしいのですが、当時はスタジアムの周囲には何もありませんでした。それで、僕は試合の時間までそのままスタジアムの中で過ごしました(ベルギー戦の前に、ブラジル対メキシコという好カードの中継もありました)。

 で、試合が終わってから中央駅行きのバスに乗って市内に着いたのはもう夜中でした。

■駅前広場で目にした戦勝記念

 スタジアムがあるドン川の南は三角州になっていて平坦な土地ですが、旧市街がある北側は河岸段丘で高低差が多い複雑な地形でした。駅前でバスを降りて大きなロータリーを渡って宿舎まで歩いて行って、翌日も同じ通りを通って中央駅前から空港行きのバスに乗り、13時48分発の368便に乗ったので、滞在時間はちょうど25時間でした。

 朝、駅前で朝食を摂ったり、新潟から来たという日本人サポーターと話をしたり、ロシア・メディアのインタビューを受けたりしたのが、ロストフでの唯一の思い出ということになります。

 なぜか鮮明に覚えているのが、駅前広場に旧式の戦車が1両展示されていたことです。台座に「1943」と書いてありましたから、ロシアでは「大祖国戦争」と呼ばれている第2次世界大戦の戦勝記念のものでしょう。

 第2次大戦では、ロシア南部の石油などの資源確保を目指すナチス・ドイツ軍が、当時はソ連の一部だったウクライナを通過して、ロストフにも襲い掛かってきて、ロストフの市街地は廃墟と化したと言われています。

 ですから、「プリゴジンの乱」の映像で市街地を戦車が走っている映像を見た時に、僕は既視感のようなものを感じたというわけなのです。

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