2023年6月18日(日)~25日(日)の8日間に渡ってイタリアのローマで開催された「WST:ローマ・ストリート2023」。パリ五輪予選大会として開催されたことから、選手たちもこの大会での成績をとりわけ重要視しており、本決勝でも超高難度トリ…
2023年6月18日(日)~25日(日)の8日間に渡ってイタリアのローマで開催された「WST:ローマ・ストリート2023」。パリ五輪予選大会として開催されたことから、選手たちもこの大会での成績をとりわけ重要視しており、本決勝でも超高難度トリックも炸裂するほど凌ぎを削る戦いとなった。そしてこの戦いを圧倒的な強さで制したのは絶対王者ナイジャ・ヒューストン(アメリカ合衆国)だった。
今回、日本人選手勢からは白井空良が準決勝2位通過で見事決勝に進出するも、現在世界ランキング4位で世界から大きな注目を集める13歳の小野寺吟雲は、練習中の失敗で痛めた箇所が気になったのか思うようなライディングができず準決勝敗退。東京五輪金メダリストの堀米雄斗は準々決勝にて読みが外れたのか、全体17位で上位16名に残れず準決勝進出を逃す結果となり日本代表チームにとっては珍しい展開となった。
本決勝は準決勝を通過した計8名により争われた。なお今回の決勝出場選手はランとベストトリック共に90点台を出せるスキルを持つトップオブザトップのスケーターたち。誰が優勝してもおかしくない戦いで、実際に今大会でも90点台のランとトリックが連発した。
そんな戦いの火蓋が切られる直前のウォームアップでは、本決勝の前に行われた女子ストリートの様子とは異なり、選手全員が終始トリックとルーティンの調整のため、お互いにほぼ口を聞かず集中力を高めながら1本目のランに臨む準備をしていた。その雰囲気からパリ五輪の出場に関係する今大会がいかに重要で、かつ彼らがパリ五輪に向けてどれだけ努力を重ねているのかを観客側でも感じることができた。
大会レポート
そしてついに始まった1本45秒間のランセッション。ベストラン採用方式のフォーマット上、ここで重要視されるのは2本のうちどちらか1本で高得点を残しておくこと。そのためには幅広いバリエーションの高難度トリックのメイクと、数多くのトリックメイクを可能にするためにクオーターパイプなどを活用することでトランジションでスピードを上げて45秒間をいかに効率的にライディングできるかが肝となってくる。
ランで高得点を取ることの重要性
今回のランセッションで見事なライディングを披露したのがナイジャ・ヒューストン(アメリカ合衆国)とケルビン・ホフラー(ブラジル)の2名。昨今の参加選手の中ではベテランの域に入るほどで、数々の輝かしい功績を持つ両者がここで魅せる。
ラン1本目では周りの選手が80点代に乗せることに苦労する中、ヒューストンが全体的にスムーズなフローの中で「ハーフキャブ・バックサイド・スミスグラインド to バックサイド180」などの高難度トリックを綺麗に決めて90.00ptをマーク。幸先の良いスタートを切った本人の顔からは笑みがこぼれていた。このランを見ただけでも彼がどれだけ今回に向けて準備してきてピンポイントで調子を合わせてきたのかが感じとれた。
そしてラン2本目ではホフラーが文句なしの完璧なランを魅せる。ラン1本目では唯一の80点台をマークし、ヒューストンに続いた彼は「キックフリップ・フロントサイド・ノーズグラインド」、「トレフリップ・リップスライド」、ラストトリックの「スイッチフロントサイドテールスライド to 270アウト」などの自身が得意とするスライド系のスキルが詰まったトリックをノーミスでメイクしスコアを91.51ptへ引きあげた。
一方で、ホフラーの後にライディングした多くの選手たちがこの2本目のランでミスを連発。彼らにとって大きなプレッシャーを与えた彼のランだったことは間違えない。後述することになるがこのランセッションでの高得点獲得がベストトリックセッションを勝ち抜くために大きなアドバンテージとなっていく。
トップ選手たちが大苦戦を強いられるの波乱の展開。
そんな大半の選手たちがランセッションで高得点を残せず不安を抱えながら迎えたベストトリックセッション。彼らはランの得点で80点以下である以上、メダル圏内に食い込むには、絶対に90点以上のトリックをメイクして周りにプレッシャーをかける必要があった。しかし並大抵のトリックでは敵わない点数であることから、ベストトリックを確実に決める必要もあったため簡単にはいかず大苦戦を強いられる展開となった。
ランセッションで71.21ptをベストスコアにしていたフェリペ・グスタボ(ブラジル)は、1本目で「ノーリーキックフリップ・フロントサイド・ノーズスライド」をハバセクションで見事メイクし92.42ptをマーク。着地も完璧で観客から歓声が沸いた。好調なスタートを切ったと思われたのだが、そこから2・3・4本目とミスが続き得点を残せない状態へ。ラストトリックとなった5本目では「スイッチキックフリップ・ノーズグラインド」を同じくハバセクションでメイクし90.42ptをマークしたが全体5位で今大会を終えた。
一方、グスタボとは反対にベストトリック前半で大苦戦したのが、ランセッションを68.96ptで終えたジャガー・イートン(アメリカ合衆国)。決勝進出者としては唯一のストリートとパークの2種目を乗りこなす二刀流の彼。しかし今回はパーク種目でのアドバンテージをランでは活かせずにベストトリックを迎えることとなった。
そんな状況でプレッシャーも大きかったのだろうか「バックサイドキックフリップ・ノーズピックグラインド」などにトライするも1・2・3本目とミスが続き得点を残せない時間が続く。そしてもう後がない中で迎えた4本目でようやく「バックサイドキックフリップ・ノーズピックグラインド」をメイクし91.06ptをマークする。
これで復調した彼は5本目でも「スイッチバックサイド・ノーズブラントスライド」をメイクして、4本目と同じくスコアを90点台の90.89ptとし、暫定6位で「ノーリービッグスピンショービット・フロントサイドボードスライド」など個性的なトリックを魅せていたコルダノ・ラッセル(カナダ)のランキングをジャンプアップし、全体6位でフィニッシュした。
そして、今回一番悔しい結果になったのは現在世界ランキング1位のオーレリアン・ジロー(フランス)。ランセッションではミスが目立ち得点を伸ばしきれずベストスコアを65.47ptとした。ベストトリックでは、プレッシャーと焦りが先行したのかハバセクションオーバーの「ハードフリップ・リバース」や「キックフリップ・バックサイド360」など高難度トリックを、豪快な飛距離のあるジャンプの中でトライするも一度もメイクすることは叶わなかった。
今回の彼らのライディングを通して改めて感じたことは、ランセッションで高得点を出さないと90点台のベストトリックを残してもメダル圏内に辿りつくのが難しいということだ。今後の大会を勝ち抜くにはシングルトリックだけではなく総合的なスキルが必要とされるだろう。
日本の侍が準優勝という堂々の成績。パリ五輪出場へ一歩近づく。
しかし、今回一人だけ前述した仮定を振り切った選手がいる。それが準決勝2位通過で決勝に駒を進めた白井空良だ。ランでは78.29ptという80点台に乗らないスコアでベストトリックを迎えることとなった彼。1本目ではミスしてしまうも、2本目では「バックサイド180・アーリーウープスイッチフロントサイドKグラインド」という今大会で他の選手がトライしない高難度トリックをメイクし91.91ptをマーク。ランディング直後には刀を振るようなパフォーマンスを見せて会場を沸かした。
この展開を見ていて気が気じゃないのが、同じくメダル争いに関わっているホフラー(ブラジル)と、ランセッションでは77.22ptとほぼ白井と同得点でベストトリックに進んだグスタボ・リベイロ(ポルトガル)だ。
ホフラーは2本目では「ハーフキャブ・バックサイド・スミスグラインド・180アウト」をメイクするも似たトリックのバリエーションが多いことからか84.42ptとしており、リベイロも1本目ではハンドレールで「フロントサイド・オーバークルックスグラインド to キックフリップアウト」をメイクし90.22ptをマークしたが未だ白井にビハインドをとっている状態だった。
その後リベイロは3本目で「トレフリップ・フロントサイドノーズグラインド」をメイクするも88.99ptと得点を伸ばせず、4~5本目とさらに得点を伸ばすべく「フロントサイドクルックドグラインド to ノーリフリップ to フロントサイドボードスライド」にトライするもメイクとはならなかった。
一方でこの4本目で見事なトリックを魅せたのが白井。2本目のトリックをグレードアップさせた「フェイキー・バックサイド270 to バックサイド・テールスライド to ビックスピンアウト」をメイクし93.16ptをマーク。暫定2位までジャンプアップした。
そんな中で迎えたラストトリックとなる5本目。3~4本目とミスが続いているホフラーは白井にリードを許す中、ラストトリックに挑むもメイクできず。白井も5本目はミスしたが、この結果により白井は準優勝の座を獲得し、ホフラーが3位となった。
大怪我を乗り越えて大会復帰2戦目で勝ち取った圧倒的優勝。帰ってきた絶対王者。
今回の決勝戦を完全に無双したのがナイジャ・ヒューストン。ラン1本目から90.00ptをマークし絶好調で迎えたベストトリックでもその勢いは衰えなかった。1本目で「スイッチヒールフリップ・スイッチフロントサイドテールスライド」を決めスコアを92.55ptとすると、4本目では「ノーリー・フロントサイドヒールフリップ・バックサイドテールスライド・フェイキー」で決勝最高得点の93.96ptをマーク。4本目終了時で彼の優勝が決まった。
この話だけ聞くと、今までのヒューストンと一緒だろうと思うかもしれないが、実は今回の優勝に辿りつくまでに想像もできないほどの辛い苦労の日々があった。昨年8月、クリップ撮影中に膝前十字靭帯を損傷し、選手人生までも脅かされた彼。当時のことを彼は「自分の人生が空っぽになるほどだった。」と怪我の重症さを話していたようだ。そんな彼が味わったスケートボード人生のどん底から毎日辛いリハビリを通して回復し、世界大会で優勝できるほどに復活したこの経緯を考えると、まさにこの結果に値すると言えるだろう。
またヒューストンはこの怪我前に出場していた大会ではピリピリしたムードを放っていたが、復帰後は一転して他の国際大会でも終始リラックスムードで他のライダーに自ら声を掛けにいく場面が見られ明らかに雰囲気が変わった印象。余裕とはまた違う、ライディングとメンタル面でまた一段階レベルアップしたように感じられた。
優勝者インタビューで彼は「ここまで来れるとは思っていなかったけど、その分勝ちに対してハングリーになれた。今回このアメリカの国旗を背負って優勝できてとても嬉しい。」と話した。
この決勝でライディング中も終始笑顔だった彼は、優勝できる確信とまたこの場所まで戻って来れた喜びを噛み締め楽しみながら戦っていたのかもしれない。なお今大会は彼自身復帰してからたった2度目の大会であり、その中での優勝であった。彼はまさに絶対王者と言っても過言ではない。
まとめ
今大会はナイジャ・ヒューストンの圧倒的な強さを感じた一方で、今後の世界大会で結果を残すためにはランとベストトリックの両方で確実に高得点を獲得できる総合力が求められると感じさせられた。この点は東京五輪の時と大きく違う点であり、パリ五輪予選大会及びパリ五輪で勝つために必須の条件になるだろう。
そして国内だが男子も女子同様にパリ五輪出場に向けた日本人同士の争いが激化している。決勝常連だった堀米雄斗と小野寺吟雲が勝ち上がれなかったこともあるが、今回の結果によってオリンピック世界スケートボードランキングにも変化が現れている。
現在は東京五輪金メダリストの堀米雄斗が19位で日本人の中でのランキング上位3名に入らず出場枠外となっている一方で、現時点での日本人別の世界ランキング上位3名は、小野寺吟雲(4位)、白井空良(11位)、松本浬璃(15位)となっている。ただ16位には佐々木音憧がランクインしており今後の結果次第では上位3名も変わることが考えられ、さらに拮抗した出場者枠争いになることは間違いない。
パリ五輪まであと1年ちょっととなった今、改めて日本人選手たちのパリ五輪出場枠争いに注目していきたい。
大会結果
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優勝:ナイジャ・ヒューストン – アメリカ合衆国 / 276.51pt
準優勝:白井 空良(シライ・ソラ) – 日本 / 263.36pt
第3位:ケルビン・ホフラー – ブラジル / 259.28pt
第4位:グスタボ・リベイロ – ポルトガル / 256.43pt
第5位:フェリペ・グスタボ – ブラジル / 254.05pt
第6位:ジャガー・イートン – アメリカ合衆国 / 250.94pt
第7位:コルダノ・ラッセル – カナダ / 241.76pt
第8位:オーレリアン・ジロー – フランス / 65.47pt
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