奥野一成のマネー&スポーツ講座(35)~人気企業ランキング 昨年度から始まった高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の授…

奥野一成のマネー&スポーツ講座(35)~人気企業ランキング
昨年度から始まった高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生は、野球部の顧問でもある。その奥野先生から、練習の前後などに経済に関するさまざまな話を聞いているのが3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎だ。
前回は、運用をプロに任せる金融商品の一種、投資信託について話を聞いた。投資信託は、特に初心者が投資について親しみ学ぶ第一歩として有用であるのと当時に、運用を任せきるのではなく、自分の頭で考えることも、ビジネスのスキルという意味でも大切だ、ということを学んだ。個別の株を買うかどうかは別にして、企業について考えることの重要性を再認識したのだった。
鈴木「あと何年かしたら、僕らの大半は現実にどこかの企業に就職したりするわけだからね」
由紀「そうよ。今は転職する人が珍しくないと言うけど、いったん入ったら、そこでかなりの時間を過ごすことになる。企業について勉強して、自分がどこに入りたいかを決めるって、すごく難しい作業だと思うわ」
鈴木「就職って1社しかできなから、分散投資なんてできないしね。先輩、こういうのって、知ってます?」
鈴木が取り出しのは、今年4月に就職した新社会人が大学生の時に行なったアンケートの結果だ(「マイナビ・日経2023年卒大学生就職企業人気ランキング」)。それによると文系学生、理系学生それぞれのベスト10は――。
<文系>
1,東京海上日動火災保険
2,ソニーグループ
3,ニトリ
4,日本生命保険
5,伊藤忠商事
6,ソニーミュージックグループ
7,講談社
8,損害保険ジャパン
9,バンダイ
10,味の素
<理系>
1,ソニーグループ
2,味の素
3,富士通
4,NTTデータ
5,トヨタ自動車
6,サントリーグループ
7,Sky
8,三菱重工業
9,カゴメ
10,キヤノン
由紀「毎年、こうしたランキングが発表されているわね。奥野先生、ここから何が読みとれるでしょうか」
【人気ランキングは有名企業ばかり】
奥野「鈴木君も由紀さんも、大学に入って就職するなら、あと数年もすると社会人になるってことだよね。
たとえば2024年3月に大学を卒業する人たちの就活スケジュール表を見ると、大学3年生の夏くらいから、就職を視野に入れた活動が始まっているんだ。実際に会社に行って職場体験をするインターンシップってやつだね。そして、早い会社だと大学3年の秋口くらいから、インターンシップに参加した学生を対象にして内定を出すところもあるって話を聞いたことがあるよ。
そして大学4年になると、春からもう就活一色だね。4月から経団連加盟の企業を中心にエントリーシートの提出や会社説明会が始まり、なかには4月後半くらいから内々定、内定を出すところもあるそうだ。そして10月に内定式が行なわれ、翌年4月に入社。こんな感じだから、大学4年間のうち半分くらいは、なんだかんだ言っても就職が頭にチラついているってことになるんだろうね。
この日本にはたくさんの会社がある。総務省と経済産業省が公表している『経済センサス-活動調査』というデータによると、2021年6月時点の企業数は367万4000社だからね。
ただ、就職活動をするにあたって、これだけの会社をすべて調べるわけにはいかないから、学生が就職を希望する先は、どうしても、どこかで会社名を聞いたことがあるような、大企業が中心になってしまう。
たとえば、この就職企業人気ランキングにしても、多くの企業がBtoC、つまり消費者向けに製品やサービスを提供しているところだよね。確かに、いずれもピカピカの有名企業なんだけど、別な見方をすると、学生でも知っているような会社、カッコいいと思っているような会社ばかりが、上位にランキングされる傾向があるのも事実なんだ」
鈴木「有名な会社に入ったほうが安心できるんじゃないですか。たぶん親も喜ぶと思うけど......」
由紀「でも、時代によって人気企業って変わっていくのかしら」
【昔の人気業種は今の不人気業種】
奥野「まず鈴木君。その考え方はダメです。当たり前だけど、就活生の人気企業ランキングは、その時の人気投票でしかなく、その後どうなるかを保証しているわけではないんだ。
これは由紀さんの質問に対する答えでもあるんだけど、人気企業は時代によって変わります。
日本の場合、産業別に言うと、最初は鉱山会社が学生の就職先として大人気だったんだ。それ以降、軽化学、重化学、鉄鋼・造船、自動車・家電、金融・サービスというように変遷して、今はコンサルティング会社が人気を集めている。
今のコンサルティング企業人気はさておき、これは就活生の人気企業であるのと同時に、その時々における日本の中心産業でもあるんだ。で、昔の人気業種が、今は不人気業種になってしまっていることも珍しくない。そして、不人気業種の会社で社長や役員を務めている人の最終学歴を見ると、実は東京大学などの国立大学を含め、有名大学の出身者だったりするんだ。
いわゆる高学歴の学生は、どの人気企業からも引く手あまただから、その時々の人気企業を志望することが多いんだけど、高学歴の学生が大量に採用される業種、企業は、実はその時がピークである可能性がある。
あと、親が『ここはいいわよ』なんて言っている業種や企業も鵜?みにするのではなく、注意する必要がある。よく就職活動で親の希望が反映されているなんて話もあるんだけど、親の価値観はアップデートされていない可能性もあると、よくよく認識したほうがいいと思うよ。そもそも親の人生ではないのだから、自分で考え、自分で責任を取るというスタンスこそが重要なんだ。
で、結局のところ、いま学生の人気の業種や企業、親が勧めてくる業種や企業は、20年、30年という時間が経つと、過去の栄光にすがっているだけの企業になってしまっているケースも少なくないんだ」
鈴木「そうなると、何を基準にして就職先を探せばいいんですか」
由紀「ホワイト企業?」
【成長する企業の見分け方】
奥野「ブラックな働かせ方をする企業が悪目立ちしたせいか、最近はホワイト企業が注目されているね。労働負担の割に賃金が低い、将来のキャリアパスが描けない、福利厚生がずさん、といったブラック企業の逆がホワイト企業、という認識でいいかと思うんだけど、これまで何度も言っているように、企業にとって一番大事なのは、成長するかどうかってことなんだ。
たとえば、業界そのものがどんどん沈んでいる構造不況業種で成長しようとするのはとても大変だし、成長できない業界に属する企業は、社員に無理をさせて業績を上げようとするから、ブラック化しやすい。
成長著しい業種でも、仕事がどんどん増える反面、人手不足で結果的に無理な働き方をさせられるケースもあるけれど、成長産業はどんどん給料も増えていくはずだから、労働そのものは無茶苦茶忙しいかもしれないけれど、やりがいという面でも金銭面でも相応に報われることになるんだ。いずれにしても、成長している会社は、いい会社であることが多いはずなんだよ。
そして、その企業が今後も成長するかどうかを見極められるようにするには、やっぱり会計の知識が必要になるんだ。上場企業であれば、過去20年以上の株価の動きを見てみる。成長している会社なら、多少のデコボコはあるとしても、右肩上がりになっているはずだし、成長している理由をより深く知りたいなら、その会社の財務諸表をチェックするといいよ。10年、20年単位でどのように業績を伸ばしてきたのかを調べてみて、それがこれからも続くのかどうか、仮説を立ててみる。そこまでしたうえで面接に臨めば、他の就活生にも差をつけられるだろうね。
ただし、ひとつだけ言えるのは、成長している会社はいい会社ではあるのだけれども、仕事はハードかもしれない。何の負荷もかからず、社員がのんびり働いている会社は成長しない可能性が高いからね。だから、成長している企業に入ったら、特に若いうちはハードに働くことになると思って間違いない。
でも、どんどん新しいことも学べるので、仕事を通じて自分自身も成長できるんだ。そうするといつでも転職することもできる。この『いつでも転職できる』状態こそが、最も心健やかに働ける状態だと思う。どんなすばらしい企業に就職できたとしても、それは将来を約束してくれるわけではない。特に今のように新しい技術がどんどん出てくる不確実な環境のなかでは、会社なんて当てにならないくらいに思っておいたほうがいい。そのような不確実な世界を生き抜くのに最も必要なことは、『自分が成長できる』環境に自分を置くということなんだ。
これは、決してラクなことではないよ。みんなが『ラクで給料のいい仕事』を選ぼうとする気持ちはわかるけれど、そんな仕事には『自分の成長』という人生において最も重要なことを犠牲にしてしまうんじゃないかな。そもそも学生時代までに学んできたことで、一生ラクして食えるほどビジネスの世界は甘くない。だからこそ20歳代の若いうちはがむしゃらに働いて、どんどん人間として成長できる場所こそが大事なんだ。そうすれば30歳代半ばでも『いつでも転職できる』状態で楽しく仕事ができるようになるだろう。要は『ラク』と『楽しい』は違うってことかな」
鈴木「上場企業は株価や業績を見る。でも、上場してない企業はどうでしょうか」
由紀「あと、外資系企業ってどうですか」
奥野「長期の株価や業績の推移は企業を選ぶ材料にはなるけれど、それ以上でもそれ以下でもないんだ。ちょっと無責任な言い方になるけど、上場企業であろうと非上場企業であろうと、入ってみなければわからない。
だから入ってみて2、3年はがむしゃらに働いて、『あ、これはダメだ』と思ったら、辞めることを検討してもいいんじゃないかな。何しろ君たちが社会人になる時は、この日本はめちゃくちゃ人手不足になっているはずだし、転職ももっと一般的になっていると思うよ。そういう意味では、キャリアの仕切り直しがしやすい時代になっている可能性が高い。ましてや入った企業がブラック企業、つまり、こき使われるだけで君たちの成長にも収入にもつながらないような企業だったら、すぐに辞めましょう。そんな企業に一瞬でも関わるのは時間のムダだからね。
由紀さんが言う外資系企業はすばらしい選択肢だと思うよ。むしろ日本企業よりもよっぽど成長力も大きく、収益性も高い企業が多い。グローバルに転勤できる機会も多いから自分を成長させるという面でも素晴らしいと思う。今ではスリーエムやP&Gなどの有名企業以外にも、たくさんの外資系企業が日本に進出してきているので、みんながあまり知らないような外資系企業でも、調べてみれば、日本の大企業などよりも世界的に見ればもっと大きく、もっと尊敬されている企業も多いよ。そういうところの日本支社でキャリアをスタートさせることも選択肢のひとつだと思うよ。
みんながやっている典型的な『就活』を疑うところからスタートしてもいいんじゃないかな」
【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。『マンガでわかるお金を増やす思考法』は6月22日発売予定。