元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2023年夏場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、上位激戦で前半戦から大いに盛り上がっている夏場所(5月場所)で注目されている力士たちに…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2023年夏場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、上位激戦で前半戦から大いに盛り上がっている夏場所(5月場所)で注目されている力士たちについて語ってもらった――。

 5月14日から始まった大相撲夏場所。薫風に誘われるかのように、東京・両国国技館には午前中の早い時間から多くのお客さまに足を運んでいただいています。

 本場所中、私は木戸で「もぎり」と呼ばれるチケットを切る係を務めているのですが、相撲観戦にいらしたお客さまたちの楽しげな表情を見ると、こちらもうれしい気持ちになってきます。また、お客さまとちょっとした会話を交わすことも、有意義な時間となっています。

 さて、今場所の目玉は、春場所(3月場所)で初優勝した関脇・霧馬山の「大関取り」です。

 霧馬山はモンゴル・ドルノドゥ県出身の27歳。入門時は体重70kg弱と細身だったものの、ここ1年ほどでだいぶ体も大きくなってきました(現在の体重は143kg)。混戦だった先場所では、千秋楽で大栄翔を相手に、本割、優勝決定戦と制して逆転優勝。立派な相撲を披露しました。

 出稽古が解禁になってからは、積極的にいろいろな部屋に出向いているようで、相手力士に対する研究も熱心です。ただ、今場所の前半戦は「早く結果を出したい」という気持ちが強すぎるのか、立ち合いで変化を見せるなど、やや消極的な相撲が目立ちます。

 現役時代、「大関取り」の経験がない私は、そのプレッシャーを理解することはできませんが、できることなら、霧馬山本来の相撲を取ってほしい。先場所で見せたような、正面から当たっていく積極的な相撲で、大願を遂げてもらいたいと願っています。

 その他、今場所も好調を維持しているのは、霧馬山と同じ関脇の大栄翔と若元春です。

 大栄翔は、4日目に元大関・正代に対して、得意の突き押し相撲で攻めて完勝しました。右からも左からも回転よく徹底して突いていった相撲は、2021年初場所(1月場所)で初優勝を果たした頃の、彼の相撲そのものです。

 以前にもこのコラムで触れたことがありますが、初優勝後の大栄翔には相撲に迷いがあったようでした。そのため、好成績を持続することができず、「次期・大関候補」という声もいつしかトーンダウン。その間、私としては、攻めが右ノド輪だけになっていたことも気になっていました。

 それが今年に入ってから、前頭筆頭だった初場所で10勝、小結となった春場所で12勝を挙げて、再び「大関候補」に名乗りを挙げてきました。

 先場所は、優勝のチャンスを土壇場で霧馬山に奪われてしまったことは、相当悔しかったと思います。その分、「今場所こそは!」という気迫がひしひしと伝わってきます。先場所同様の活躍が期待できます。

 一方、若元春も初日から5連勝して乗っています。もともと若元春は足腰が柔軟なため、粘り強い相撲が取れる力士です。ここからは、そのよさをもっと生かしていってほしい。

 彼も初場所、小結で9勝。春場所も小結で11勝を挙げました。今後の勝ち星次第では上を狙える可能性もあります。それに相応しい相撲を取っていってほしいと思っています。

 上記3人の関脇には、いずれもチャンスがあると思いますが、「大関」という地位は作ろうとして作れるわけではない難しさがあります。その辺りを十分に理解して、ぜひとも高い壁を乗り越えていってほしいところです。



幕内復帰を果たした朝乃山

 今場所は、元大関の朝乃山が幕内の土俵に戻ってきたことも話題のひとつ。コロナ禍における相撲協会のガイドラインに違反して、6場所の出場停止処分を受けて、番付は大関から三段目まで降下。そこから一歩一歩努力を重ねて、ついに幕内を果たしました。

 三段目、幕下、十両の時は「負けてはいけない」という気持ちが強くて、"受ける"相撲を取っていました。ところが、復帰した幕内の土俵では、のびのびとした相撲を展開。初日から得意の右四つの形を作って攻めています。「(幕内は最高の舞台なんだから)負けても仕方ない」という、気持ちの変化があるのかもしませんね。

 元大関ですから、実力は申し分なく、これからも勝ち星を伸ばしていくでしょう。2度目の優勝の可能性も十分にあると思います。

 冒頭にも触れましたが、今場所はたくさんのお客さまが国技館に来てくれています。この3年ほど、相撲を生で観戦できる機会が少なくて、コロナ禍前の国技館の雰囲気に戻るのを待っておられたのでしょう。

 大相撲観戦は桟敷席で飲んで食べて、土俵を間近にして楽しむ娯楽です。そうして、今場所はそんな以前と同じスタイルがようやく復活しました。

 大切なことは、こうして相撲観戦を楽しみにしてくれるお客様が、今場所を経て「やっぱり相撲っていいな」と思って、リピーターとして再び足を運んでくれること。力士、親方、裏方さん、相撲に関わるすべての人間が一生懸命努力して、これからもお客さまに楽しんでもらえるようにしていきたいです。

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。