22年12月3日から1月28日の間、横浜市内で開催された「第3期 横浜スポーツビジネススクール」。横浜DeNAベイスターズが開催しているビジネススクールで、全5回に亘り行われた。各回をお送りする連載企画の本編は最終回。ここでは、「スポーツビ…

22年12月3日から1月28日の間、横浜市内で開催された「第3期 横浜スポーツビジネススクール」。横浜DeNAベイスターズが開催しているビジネススクールで、全5回に亘り行われた。

各回をお送りする連載企画の本編は最終回。ここでは、「スポーツビジネスの最先端の事例と環境」の講義、そして「『自分らしさ』を武器にしたキャリア開発」をテーマにパネルディスカッションが行われた。

(取材協力:横浜DeNAベイスターズ、撮影 / 文:白石怜平)

球団が”街をつくる”メジャーでの事例

前半の講義は「スポーツビジネスの最先端の事例と環境」。スポーツ経営コンサルタントの鈴木友也さんが登壇した。ここでは、現在アメリカでの最先端とされているスポーツビジネスの事例について展開された。

鈴木さんはニューヨークを拠点に置いており、スポーツビジネスに特化した経営コンサルティング会社「Trans Insight Corporation」の代表を務めている。

日本のスポーツ関連組織、民間企業などに対してコンサルティングを手がけ、今年開業した北海道日本ハムファイターズの新本拠地「ES CON FIELD HOKKAIDO」をはじめとしたボールパーク「HOKKAIDO BALLPARK F VILLAGE」については、計画当初からアドバイザーとして参画している。

「Trans Insight Corporation」代表の鈴木友也さん

鈴木さんは、日本においても「球団と球場の一体運営」が鍵になると説いた。従来の野球観戦の形とされてきた野球を観て帰宅する流れから、

「試合ももちろんですが、それ以外の部分。駅を降りてスタジアムに入場し、グッズや飲食を購入して試合を観る。家を出てから帰宅までの体験全てが商品なのです。お客様が求める体験を球団でプロデュースするためにも、周辺施設も重要になってきてるのです」

ベイスターズが16年に横浜スタジアムを買収した例やファイターズのボールパークなど国内の事例も交えて解説した。

日本と比較して、最先端を進むアメリカの例について紹介。球団と球場の関係性について鈴木さんはこう説明した。

「球場と球団は”事業パートナー”の関係が築かれています。球場にとって収益を増やすためには球団は欠かせない存在なので、球団の収益は球団に渡すとともに、観戦体験をプロデュースする権利も全て渡しているんです」

具体例として挙げたのがアトランタ・ブレーブスでの取り組み。ブレーブスが現在本拠地としているトゥルーイスト・パークは、郊外のコブ群に新たに建設されたもので、2017年に開場している。

なお、16年まで借用していたターナー・フィールドは、中心部のダウンタウンに立地していた。この事例は、球団自らが街をつくったケースであると解説する。

「建設前はほとんど雑木林だったエリアに球場ができ、そしてその周辺に”街”ができたんです。ホテルやオフィス、インキュベーションラボなどができた。オフィスに本社を誘致したり、ラボではVC(ベンチャーキャピタル)と組んだりもして、イノベーションを創り出すなどしています」

球団が”街”をつくった例がブレーブスであると解説

このエリアは球場と街の関係を、野球の投手と捕手になぞらえて”The Battery Atlanta”と名付けられている。

球場ができ、その周辺に施設ができることによって新しいビジネスや観光、生活圏が形成される。何もなかった場所に経済が回り栄えることで、新たな価値が生まれたと解説した。

「住んでいる方や働く方が、街に誇りを持てるなど、お金では測れない社会的な価値も自治体は重視します。球団は収益、自治体は社会資本という整理が明確にできると街づくりにおいて好循環ができます。

そういう関係性が日本でもできてくると、スポーツ施設を起点にした街づくりはよりやり易くなってきます」

スポーツ界を変革する「気候変動アリーナ」

続いてのトピックで、鈴木さんは「スポーツ界に革命を起こしている施設があるんです」と冒頭に述べた。

それが、21年10月にオープンした「Climate Pledge Arena(クライメット・プレッジ・アリーナ)」。

シアトルにある同アリーナは1962年に完成し、その後は老朽化が進んだため、18年からは11.65億ドル(約1340億円)をかけ、屋根を除いてのほぼ全面的な改修を経て生まれ変わった。

21年NHLに参入したシアトル・クラーケンや、WNBAのシアトル・ストームの本拠地となっている。

このアリーナが革命的なのがまず名称にある。日本語に訳すと”気候誓約アリーナ”で。命名権を取得したのがシアトルに本社を置くAmazonである。

”Climate Pledge”とは、同社の掲げている気候変動へのコミットメント。同社は19年に「2040年までにCO2の排出量を実質ゼロにする」という気候変動対策に向けた公約を掲げた。

これまでの傾向として、命名権は認知度向上のために企業名や自社の製品・サービス名などを主に冠している。しかし、世界的に認知されている企業でもあるAmazonは、この公約を施設名にしたのだ。

受講生も最終回まで真剣に聞き入っていた

アリーナではその公約通り、「カーボン0」に向けた取り組みを徹底している。鈴木さんは具体的な取り組みについて説明した。

「アリーナの中はオール電化です。調理もガスを使わずに全て電気が使われています。その他にも使い捨てプラスチックの廃止や、施設内にごみ箱がなく、リサイクルボックスと生ごみ処理器が置かれているのみです」

また、鈴木さんはアリーナの革新的な点はさらにあるという。

「ここがすごいのは、来場者やチーム、アーティストと言った全てのアリーナ利用者たちに”カーボン0”を求めていることです。地球温暖化を全力で防ぐことに本気で取り組んでいる方しか使えないことを意味しています」

Climate Pledge Arenaが革命的と解説した

上記の取り組みによって、「一緒に組ませてほしい」という問い合わせが企業などから多く寄せられているという。鈴木さんはこのアリーナの事例から、今後のスポーツ産業の方向性について以下のように示し、講義を締めた。

「お金の動きが変わってきています。スポンサーにおいても認知度を広めることが目的でしたが、今は社会課題を解決するためにみんなでお金や技術、知恵を出しましょうという動きになっている。今後はその感度の高いチームが業界をリードしていくと思います」

スポーツ界で求められるものとは?

後半そして第3期のラストを締めくくるプログラムがパネルディスカッション。

横浜DeNAベイスターズ木村洋太 代表取締役社長と小杉陽太ファーム投手コーチ、球団OBの高森勇旗さんによる3名で「『自分らしさ』を武器にしたキャリア開発」をテーマにトークを繰り広げた。

木村社長は、外資系コンサルティング会社に入社後、DeNAとしてのシーズンを迎える12年3月に株式会社横浜DeNAベイスターズへと転職した。

少年時代から野球が好きでプロ野球をよく観ていたという木村社長。

04年に起こった球界再編問題を見る中で「あ、野球界もビジネスなんだよな」と感じたことがきっかけだった。「ビジネスであれば自分にもできることがあるのではないか」と考え、いつか野球業界で仕事がしたい思いを抱いていた。

横浜DeNベイスターズ 木村洋太代表取締役社長

小杉コーチは17年まで投手として9年間ベイスターズでプレー。同年引退後は広告代理店事業を主とした会社を起業し、後にスポーツビジネスにも参画。

19年からは家業のブライダル会社にもアサインするなど幅広く活動していた。昨年ベイスターズのファーム投手コーチに就任し、後進の指導を行っている。

ファーム投手コーチを務めている小杉陽太さん

高森さんもかつてベイスターズで捕手・内野手として6年プレーした。12年に引退後は、データアナリスト、ライターなどを経て、現在は企業のエグゼクティブコーチングを行う会社の代表取締役として、一部上場企業を含む50社以上の企業変革に関わっている。

選手として6年プレーしたOBの高森勇旗さん

約2時間、濃いディスカッションが行われた中の一部をここでは紹介する。木村社長へ質問が寄せられた、コンサルティング業界とスポーツ業界との違いについて。

この質問は、ベイスターズの中長期の経営計画と絡められた。中期経営計画では

「20年後には名実ともに世界一のスポーツチーム」

を掲げている。経営そしてグラウンド双方で”世界一”を目指していく方針を示した。世界一を目指す中で、どんなことが求められているのか。木村社長はこの質問に答えた。

「スポーツ業界だからとか、世界で一番になるから〇〇の経験・スキルを求めているというように、何か特別なものを求められているわけではないです。どんなビジネスや目標であっても本質は一緒で、”いかに面白がりながら本気で取り組めるか”だと思っています」

楽しみながら本気で取り組めるかが本質と語った

本スクールで講師を務めるベイスターズの職員に話を伺った際、スポーツビジネスを志す受講生へのメッセージで揃って寄せられたのが、

「情熱を持った方と仕事がしたい」という気持ちの部分だった。木村社長も上述の言葉通り、”想い”を大切にしており、

「みなさん自分でモチベーションを持って自発的に動いているので楽しみながらできると思いますし、そういう人材が集まってる組織が強いと思います」

2人の経験から語られる”やりたいことの見つけ方”

キャリア開発において3名に共通していることがあった。それは、”やりたいことに向けてまず行動した”ことであった。

3人が上記の経歴の過程で自身のやりたいことを見つけ、向き合ってきたのだが、そもそも”自分のやりたいことって何か”を探している人も多くいる。

特に高森さんは、多くの業種のビジネスパーソンと会う中でそういった相談を多く受けるという。そこに向けた1つのアプローチと起こり得ることについて語った。

「自分のやりたいことを見つける、それで生活するって難易度が最も高いことだと思うんです。僕は2015年ごろにもう一度自分を作り変えたいというタイミングがあって、その時は”Surrender=降伏”しました。投げ出すのとは違います。”できない自分”を全て受け入れるんです。

じゃあ何ができるのか。それは目の前のことを一生懸命やることだけです。目の前の人たちを喜ばせる、期待以上のことをすること。すると『この人面白いから〇〇さんに会わせてみたい』ということが起こる。

それで広がっていくんです。チャンスを運んでくれるのは人ですから。なので、今できることに全力投球するんです。そうすると何かが起こります」

チャンスは人が運んでくる。その可能性を自ら手繰り寄せていった

小杉コーチも高森さんに共感した。自身も現役時代の晩年から引退後を見据え、多忙の合間を縫いアスリート以外の方達と積極的に交流の機会を設けていた。その経験が役に立ったという。

「選手を終えた次に何をするかというのは、いろんな人に会うことで見つけていきました。背中を押してくださる存在にも出会えますし、お会いした人それぞれの考えや持っている経験を、自分なりに変換していくと、”次何をやりたいか”・”どうするべきなのか”が見えてくるのではないかと思います」

これ以外の話題でもディスカッションは大盛況。その後質疑応答を約1時間近くかけて行い、5回に亘る全カリキュラムを修了した。

過去2期で学んだ方たちも交わり、新しいイノベーションが起こっていく。今後も動きに目が話せないと共に、21日からはいよいよ第4期が開講する。

(おわり)