蹴球放浪家・後藤健生にとって、アルゼンチンは馴染みの深い国である。さまざまな思い出があるが、常に立ちはだかるのが「銀の…

 蹴球放浪家・後藤健生にとって、アルゼンチンは馴染みの深い国である。さまざまな思い出があるが、常に立ちはだかるのが「銀の河」。まるで湾のような川が、立ちはだかってきた。

■U-20W杯の開催国

 U-20ワールドカップが5月20日にアルゼンチンで開幕します。

 富樫剛一監督率いるU-20日本代表はグループリーグで現地時間21日(日本時間22日)にセネガル、24日(同25日)にコロンビア、そして27日(同28日)にイスラエルと対戦します(どこか、ロシア・ワールドカップを思い出すような日程ですね)。会場は、最初の2試合が首都ブエノスアイレスから50キロほどのラプラタ、第3戦はアンデス山脈の麓のメンドサです。

 ラプラタ市は2011年のコパ・アメリカでもメイン会場の一つでした。

 1880年にブエノスアイレス市がアルゼンチン共和国の連邦直轄市となってブエノスアイレス州から分離したため、その後ブエノスアイレス州の州政府の所在地として人工的に建設された計画都市です(現在の人口は約50万人)。

 ブエノスアイレスとは鉄道やバスで結ばれています。バスに乗ると、まずボカ・ジュニアーズがあるボカ地区を通過し、リアチュエアロ川を渡ってラシンやエストゥディアンテスといった強豪クラブの本拠地であるアベジャネーダや、アルゼンチン代表のスポンサーだったビール会社があるキルメスといった街を通って、ラプラタ市に到着します。

■「銀の河」の由来

「ラプラタ(La Plata)」という市名は、もちろん目の前を流れる大河ラプラタ川から採ったものです。

「Rio de La Plata」。スペイン語で「Rio」が「川」。「Plata」は「銀」。ですから、川の名は「銀の河」ということになります。

 ブラジル南部から流れてくる大河パラナ川にパラグアイ川やウルグアイ川が合流。「ティグレ」と呼ばれるブエノスアイレス北西の三角州を過ぎると川幅は大きく広がり、大西洋に注ぎ込むあたりでは100キロ近くになります。地図を見ると川ではなくて湾のようにも思えますが、水質を調べればそこはまだ淡水で茶色く濁った川の水なのです。

 川幅が数10キロもあるのですから、対岸はほとんど見えません(ブエノスアイレスから対岸が見えるか、見えないかという論争があるくらいです)。

 では、なぜこの川は「銀の河」なのでしょうか?

 1516年に、スペインの探検家フアン・デ・ソリスが南米大陸東岸を南下して、ヨーロッパ人として初めてこの地に辿り着きます。デ・ソリスは、この大きな河口を見て、最初はそれが海であって、大陸の西側の海(太平洋)に続いていると思ったらしいのですが、すぐにそれは川であることが分かりました。そして、近隣住民が銀のアクセサリーを身に着けているのを見て、この川に銀の産地があると思い込んで(願望を込めて)「銀の河」と名付けたのです(実際にはラプラタ水系に銀山はありませんでした)。

■さらには国名へ

 いずれにしても、「ラプラタ」はこの辺一帯を指す地名となりました。

 1810年には南米大陸南部諸州(ラプラタ連合州)が独立革命を起こします(5月9日)。スペインとの戦争を経て1816年にはブエノスアイレスを首都として独立が宣言され、新しく生まれた共和国は「アルヘンティナ(Argentina)」と名付けられました。

「Plata」はスペイン語で「銀」という意味ですが、ラテン語では「銀」は「Argentum」。現代語でも「銀」はイタリア語では「Argento」、フランス語では「Argent」。元素記号は「Ag」です。

 フアン・デ・ソリスの誤解に基づく「ラプラタ」という川の名が「アルゼンチン」という国名につながったのです(ちなみに、ラプラタ川を英語風にした言葉が「リヴァー・プレート(River Plate)」。「リヴァー」の部分をスペイン語式に発音して「リーベル・プレート」と読みます)。

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