4月19日の神宮球場バックネット裏には、スーツ姿のプロスカウトたちがズラリと並んでいた。この日開催された東都大学リーグは西舘勇陽(中央大)、武内夏暉(國學院大)、草加勝(亜細亜大)ら、どの試合にもドラフト候補が登場する垂涎のカードだったか…

 4月19日の神宮球場バックネット裏には、スーツ姿のプロスカウトたちがズラリと並んでいた。この日開催された東都大学リーグは西舘勇陽(中央大)、武内夏暉(國學院大)、草加勝(亜細亜大)ら、どの試合にもドラフト候補が登場する垂涎のカードだったからだ。

 ところが、ドラフト1位候補に挙がる常廣羽也斗(青山学院大)の姿がなかった。日大戦に登板しないどころか、ベンチにも入っていない。もしや故障でもしたのか? と憶測と動揺が広がるなか、同じく青山学院大のドラフト候補である下村海翔が7回1失点の好投でアピールに成功した。



ドラフト上位候補の青山学院大・常廣羽也斗

【イメージは大学時代の岸孝之】

 試合後、報道陣に常廣の状態について聞かれた青山学院大の安藤寧則監督は苦笑交じりにこう打ち明けた。

「ケガではなく体調不良です。試合前日の朝に発熱しまして。インフルエンザやコロナのような感染症ではなく、今日もベンチに入れようかと思ったのですが休ませました」

 一方、下村は常廣が発熱したと聞いて「ラッキー」と思ったという。

「このカードは(1回戦と2回戦の合間が空く変則日程のため)ずっと常廣が先発で、自分は先発できないかなと思っていたので。正直ラッキーでした」

 下村はリーグ戦前から常廣の力量を認め、こんな心情を吐露していた。

「僕は常廣が一番いいピッチャーだと思っています。入学してから僕のほうが先に投げていましたけど、一緒にキャッチボールをしてみて『こいつの潜在能力はすごいな』と思っていました。今は常廣のほうが評価は上だし、尊敬していますけど、『負けたくない』という気持ちは常に持っています」

 常廣はこれまでの野球人生で、全国大会を経験したことがない。どんな投手か知らない野球ファンも多いことだろう。

 身長180センチ、体重73キロの細身な体格ながら、最速153キロの快速球とフォークを武器にする。バランスがよく、しなやかな投球フォーム。水色と白を基調にした青山学院大のユニホームを着ると、東北学院大時代の岸孝之(現・楽天)が重なって仕方がない。

 これは完全な筆者の主観なのだが、2023年のドラフトナンバーワン右腕は常廣なのではないか。とくに見てもらいたいのは、指にかかった時のストレートだ。低めのゾーンでもキャッチャーミットを押し上げるような、美しい球筋のストレートが投げられる。

 ただし、リーグ戦前にインタビューした際、常廣は気になる発言をしていた。

「ボールだけ見たら普通だと思いますよ。ピッチングフォームで間合いを変えて、ほかの人より空振りがとれているだけで。ボールの質がいいと言うより、よく見せているというのが正しいのかなと」

 この言葉を聞いて、納得はできなかった。本人がどう言おうと、明らかに異質なストレートを投げているように見えたからだ。

 助け舟を求めたわけではないが、青山学院大で投手陣を指導する中野真博コーチに常廣の球質について聞いてみた。笑顔の中野コーチからは、こんな答えが返ってきた。

「僕は指導者として東芝で9年、青学で4年やらせてもらっていますけど、真っすぐの質は今まで見てきたなかでナンバーワンだと思います。社会人の誰よりもすごいボールを投げていますから」

 やはり、目利きも常廣のストレートを認めているのだ。とはいえ、もう一度ボールを見て、その質を見極めたい。それは筆者にとってこの春で一番大きなテーマだった。

【病み上がりの登板で見せた非凡さ】

 発熱から9日後、日本大との2回戦で常廣は先発マウンドに上がった。

 立ち上がりから152キロをマークするなど、球速は出ているものの高めに抜けるボールが目立つ。1回には四球をきっかけに、犠牲フライで早くも先取点を許している。

 病み上がりの登板、東京六大学の試合開催や雨天順延もあって2日間のスライド登板、第1試合が乱打戦になったため1時間以上も遅れた試合開始時間。調整が難しい条件はいくつもあった。

 それでも、常廣はもうひとつの武器で窮地を乗り越えた。この日奪った8三振はすべてフォーク。試合後、常廣はこう語っている。

「バッターが真っすぐを張って(狙って)きているのはわかっていたので。フォークの落ちはよかったので、低めに集めていきました」

 一方、肝心のストレートはどうだったのか。立ち上がりのボールを見る限り、昨年に感じたようなインパクトはなかった。

「やっぱり本人の言うとおりだったのかな......」

 そう思い始めた矢先、1点を失った直後の初球だった。左打者の友田佑卓(ゆうたく)に対して低めへ151キロのストレートが突き刺さった。スピード感、強さ、球筋と申し分のない一球。それまでのストレートとは一線を画す、抜群の球質だった。

 ただし、こんな凄まじいボールは筆者が見た限り数球しか確認できなかった。

 この試合、常廣は9回を完投し、被安打6、奪三振8、与四死球3、失点1の内容で今季2勝目を挙げている。

 本調子ではないものの、最低限まとめてエースらしく勝利に導く。そう総括したくなる内容だった。

 だが、試合後に常廣のコメントを聞いて、首をかしげてしまった。

「これまでの試合と比べてボールは走っていました。いつも以上に体が動いていて制御しきれないところもありましたけど、フォークを低めに集められたのはよかったです」

 常廣のなかで、この日の投球に満足しているということなのか。

 そこで、「納得のいく、感触のよかったストレートは何球くらいありましたか?」と聞いてみた。常廣は少し考えてから、こう答えた。

「5球くらいですね」

 その言葉にヒザを打ちたくなった。筆者が感じた「凄まじいボール」と常廣が納得したストレートが一致するかはわからない。それでも、常廣の言う「5球くらい」は、やはり非凡なのだと確信が持てた。

 常廣によると、今春は「こういうボールがそれまで全然なかった」という。暖かくなるにつれて精度が上がってくれば、ますますパフォーマンスは向上していくことだろう。

 9日前に発熱した朝、どんな感情を抱いたのか。そう尋ねると、常廣はポツリとこう漏らした。

「悲しかったです。泣きそうでした」

 進学校の大分舞鶴出身とは思えないかわいらしい感想に、報道陣の間で爆笑が起きた。

「チームに申し訳ない」といった優等生らしいコメントは、常廣には似合わない。言葉数は多くなくてもつかみどころがなく、少し投げやりなところも常廣の魅力なのだ。

 この日の投球を見て、筆者はあらためて確信を深めた。

 2023年ドラフト戦線のナンバーワン右腕は常廣羽也斗だ、と。