「アウェーで1-1で帰ってきたことによって、『これは絶対に優勝しないといけないな』と思った。そう考えるとホッとしたという…

「アウェーで1-1で帰ってきたことによって、『これは絶対に優勝しないといけないな』と思った。そう考えるとホッとしたというのが一番大きいですね」

 5月6日のAFCチャンピオンズリーグACL)決勝第2レグ。アルヒラルを1-0で下し、2戦合計2-1で勝利した浦和レッズは2007、2017年に続く3度目のアジア王者の座を手中にした。4月29日の敵地・リヤドでの第1レグで貴重なアウェーゴールを奪った興梠慎三も心から安堵した表情を浮かべていた。

 今回のファイナル2戦での彼の活躍ぶりは凄まじいものがあった。個人能力の高いアルヒラル相手に浦和はホーム・アウェーともに序盤から押し込まれ、どちらも前半30分頃までは守勢を強いられた。最前線に位置する36歳の点取屋の守備負担は想像を絶するものがあったはず。それでも、タイトルに燃える男は献身的にボールを追い、スキを伺い続けた。

 その成果が第1レグ・後半8分の同点弾であり、第2レグ後半開始3分のオウンゴールだったのではないか。

 後者に関しては、岩尾憲のFKをホイブラーテンが打点の高いヘッドで落とした瞬間、鋭い反応でニアに走り込んだ。ボールは彼の頭を通過。相手MFカリージョがクリアを蹴り込んでオウンゴールとなった。が、「でもあれは僕のゴールじゃないですか。オウンゴールじゃないと思いますよ」と背番号30は不敵な笑みを浮かべる。確かにこの一撃は百戦錬磨の男が演出した決勝弾と言っても過言ではなかった。

「僕はもうラストチャンスだと思っていたので、すごく嬉しいですね。今回は槙野(智章=品川CCセカンド監督)が2021年天皇杯決勝でゴールしてACL出場権を取って、アタル(江坂任=蔚山現代)やユンカー(名古屋)が予選で活躍して決勝まで導いてくれた。監督のリカ(ルド・ロドリゲス)もそう。これまでとは背負うものが違いました。不細工な試合でも絶対に勝ちたかった」と彼は貪欲さを前面に押し出したのである。

■「俺は俺」というスタンス

 もともと興梠慎三は、鵬翔高校1年までは学校も部活もサボリがちなヤンチャ坊主だったという。2005年に鹿島アントラーズ入りした頃も「紛れもなく天才だけど、規律や節制は苦手」と関係者が嘆いていたほど。2007年から鹿島で主力をつかみ、3連覇の立役者になったが、その時点でもあまり野心がなく、2008年北京五輪代表に落選。A代表も2008年10月のウズベキスタン戦で代表デビューしたものの、定着は叶わなかった。

「代表よりもクラブで勝てればいい」と本人も若い頃からしばしば語っていたが、傍目から見るとどうも欲がなく、ガツガツと上を目指すようなキャラクターとは程遠かった。テクニックやセンスでは興梠より劣るであろう同学年の本田圭佑や岡崎慎司シントトロイデン)、長友佑都(FC東京)らが代表に定着し、2010年南アフリカワールドカップ(W杯)に参戦。世界へ羽ばたいていく姿を間に当たりにしても、「俺は俺」というスタンスを貫いていた。

(取材・文/元川悦子)

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