スポットライトを浴びてコートに立つ選手たちにも日々の暮らしがあり大切な家族がいる。「2023全農CUP平塚大会」<5月6~7日/トッケイセキュリティ平塚総合体育館>に出場した英田理志(HRマネージメント)は4月下旬に父親を亡くしたばかりだっ…

スポットライトを浴びてコートに立つ選手たちにも日々の暮らしがあり大切な家族がいる。

「2023全農CUP平塚大会」<5月6~7日/トッケイセキュリティ平塚総合体育館>に出場した英田理志(HRマネージメント)は4月下旬に父親を亡くしたばかりだった。

父急逝の前日には第一子が誕生。翌日にはWTTスターコンテンダー出場のためタイのバンコクへ発たなければならないという数奇なタイミングだった。
事情が事情なだけに大会出場をキャンセルする選択もあったはずだ。だが英田はそうしなかった。
 
「僕に卓球を教えてくれたのは父です。もし父が元気だったら『棄権せずに行ってこい』と言うだろうし、『お前も父親になったんだから頑張れ』って背中を押してくれたはず」

父親は牧師だった。学生時代は名門・福岡大学卓球部で活躍したカットマン。そのため英田も幼い頃から卓球に親しみ、小学6年生で本格的に練習を始めると父に憧れカットマンになった。

そんなスポーツマンの父を突然病魔が襲った。

「3月の終わりに心筋梗塞で倒れて集中治療室で闘病していました。もともとめっちゃ元気な人だったんですけどね......」

英田の競技生活を見守り応援してくれた父。その遺志に応え臨んだWTTスターコンテンダー バンコクは欠員が出たため巡ってきたチャンスだった。

「僕は他の選手に比べ圧倒的に世界の舞台で戦った経験が少ない」と本人は言うが、2017年から3シーズン、歴史あるスウェーデンのプロリーグに挑戦し、3季目には個人成績1位という実績を挙げている。

しかし、海外ツアーはWTTシリーズになって以降、2022年のWTTコンテンダーリマ(ペルー)とWTTフィーダー フォート・ローダデール(アメリカ)、今年4月のWTTスターコンテンダー バンコクにしか出場していない。

WTTスターコンテンダー バンコクでは予選3試合を勝ち抜き本戦に進出した。

本戦は1回戦でチェコのベテラン、ヤンカリクにフルゲームで敗退したが「国際大会でも技術的にどうしようもない、歯が立たないというわけじゃない。あとは場面場面でしっかり自分の実力を出し切れるかが勝負になってくる」と手応えも感じている。

パリ2024五輪代表選考会の4回目にあたる全農CUP平塚大会では初日の男子シングルス2回戦で、今大会優勝の戸上隼輔(明治大学)と対戦。2年前、Tリーグでストレート勝ちした相手だが、今回はゲームカウント2-4で敗れた。

「前回のイメージは捨てて初対戦のような気持ちで臨みました。(競り合いとなった)3ゲーム目を(10-12で)取りきれなかったのが一番の敗因。あれを取れていたら勝敗は変わってきたかもしれません。あの1本をどうやって取るか、また経験を積んで次に繋げていきたいです」

英田といえばカットマンには珍しくラケットの両面に裏ソフトラバーを貼り、守備的なプレーに加え速攻攻撃も得意なことで知られる。国内外を見渡しても英田のような選手は見当たらず、唯一無二のプレースタイルと言えるだろう。

そのため対戦相手としてはやりにくく、大物食いもしばしば。

例えばTリーグ2022-2023シーズン開幕戦で木下マイスター東京から初参戦した、当時世界ランク5位のカルデラノ(ブラジル/現在は世界ランク6位)を破り大金星を挙げたインパクトは大きかった。

このとき英田の世界ランクは530位だったが、現在は107位に浮上。前週から12ランクアップする勢いで100位圏内も見えてきた。そんな英田のさらなる飛躍の鍵は何か。本人が挙げるのは相手に攻められたときの対応だ。

「自分が攻めて先手を取れているときはいいんですけど、攻められたとき、相手に打たせてカットやカウンターでもっと辛抱強く粘って、そこからの展開というところをもっと磨いていく必要がある。それができれば自分の得意な攻撃の部分をもっと余裕を持って出していけると思います」

自分のプレースタイルは未完成。そして、人としてもまだ父の足元に及ばないと言う。

「尊敬する人は誰かと聞かれたら、真っ先に『父』と答えます。今年は国際大会にたくさん出て1試合1試合勝ってチャンスをものにしたい。自分の卓球を極め人間性も磨いて父に近づきたいです」

今年7月29日に開幕するTリーグ2023-2024シーズンに、T.T彩たまから継続参戦することも発表されている英田。家族の愛情を力に変え強くなる比類なきカットマンの活躍に期待が膨らむ。


(文=高樹ミナ)