乗り物での移動も、サッカージャーナリストの仕事の一部である。蹴球放浪家・後藤健生は陸、海、時には空と、あらゆる空間を移…
乗り物での移動も、サッカージャーナリストの仕事の一部である。蹴球放浪家・後藤健生は陸、海、時には空と、あらゆる空間を移動する。2007年アジアカップでは、忘れられない風景に出会った。
■移動も仕事のうち
サッカージャーナリストという職業をしていると、多くの時間を試合観戦に費やします。1年に200試合を観戦するとなると、1試合当たり2時間で合計400時間スタンドに座っている計算になります。
いつも気候が良いのならまだしも、寒い時も暑い時もあります。時には屋根のないスタンドで雨に濡れながら観戦することもあるわけです。
4月19日時点で僕の観戦試合数は7063試合に達しました。1試合2時間とすると合計1万4126時間=約588日もスタンドに座っていたことになります(もちろん“テレビの前”は計算に入れません)。
また、サッカージャーナリストはスタジアムにいるのと同じか、それ以上の時間を乗り物に乗って過ごします。
Jリーグ観戦でも片道1時間くらいの移動があり、大阪での試合観戦のために高速バスを利用すれば約10時間のバスの旅ということになります。ヨーロッパでの観戦に行くと片道10時間前後の空の旅。行き先がアルゼンチンやブラジルだったら、片道30時間以上! まさに「難行苦行」です。
全試合がドーハ市内およびその近郊で行われた昨年のワールドカップでも、1日2試合観戦するためには合計3時間くらいメトロやバスに乗っていなければなりませんでした。
ですから、サッカージャーナリストという職業は旅行することが仕事のようなものです。
■眠るなんて、もったいない
幸い、僕は乗り物で移動するのが大好きです。
同業者の中には車内(機内)ではひたすら眠っている人が多いのですが、僕はなるべく眼を開けていることにしています。車窓からは様々なものが見えます。ましてそこが初めて訪れる土地だったとしたら、すべてのものが新鮮です。眠っているのはもったいない!
飛行機でも、下を見ていれば雲の切れ目から“絶景”が見えることがあります。
「空からの光景」で忘れられないものの一つに、インドネシア・パレンバンでの石油精製施設があります。僕は、それを見た瞬間にある「軍歌」を思い出しました。
2007年のアジアカップは東南アジア4か国(タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア)の共同開催でした。
イビチャ・オシム監督率いる日本代表はグループBに所属。ベトナムの首都ハノイのミーディン(漢字では「美亭」)スタジアムで戦い、グループBを首位通過したので、日本はその後の決勝トーナメントもハノイで戦うことになりました。準々決勝ではオーストラリアにPK戦でなんとか勝利しましたが、準決勝ではサウジアラビアに2対3で敗れて3位決定戦に回ることになったのです。
■韓国戦に向けてスマトラ島へ
3位決定戦の相手は準決勝でイラクに敗れた韓国でした。会場はインドネシア。しかも、決勝戦が行われる首都のジャカルタではなく、スマトラ島のパレンバンだったのです。
ジャワ島西部にあるジャカルタからパレンバンまでの直線距離は約300キロなのですが、両島の間のスンダ海峡を越えなければならないので飛行機に乗る必要があります。
スマトラ島はジャワ島とは異なった歴史を持つ島で、文化的にはむしろマレー半島に近い存在です。かつて、スマトラ島にはシュリーヴィジャヤという王国があり、スマトラとマレー半島を支配していました。しかし、16~17世紀にヨーロッパ勢力が進出して来ると、当時の商業大国である英国とオランダの間で勝手に境界線が決められてしまい、旧英国領が現在のマレーシア(およびシンガポール、ブルネイ)となり、旧オランダ領はインドネシア共和国になったのです。スマトラもオランダ領になったので、インドネシア共和国の一部となっています。