母が日本人のヌートバー「侍ジャパンとしてこの舞台で戦いたかった」 カージナルスのラーズ・ヌートバー外野手は3月のワールド…
母が日本人のヌートバー「侍ジャパンとしてこの舞台で戦いたかった」
カージナルスのラーズ・ヌートバー外野手は3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で世界一に輝いた。初の日系人選手としての野球日本代表「侍ジャパン」入りは大きな話題を呼んだが、そこには苦労も多かったようだ。クリス・ローズ氏が司会を務めるポッドキャスト番組「クリス・ローズ・スポーツ」のインタビュー動画で、思いの丈を打ち明けた。
「正直言ってかなり緊張していた。20年間以上行っていない国に行って、おじいさん、おばあさん、母や母方の家族の名前を汚すようなことはしたくなかった。それが、一番緊張していたことだ。でも、侍ジャパンとしてこの舞台で戦いたかった」
日本人の母・久美子さんを持つヌートバーは9歳のとき、早実の斎藤佑樹投手ら高校日本代表が渡米した際、高校球児を受け入れるホストファミリーの1つとなり、大会期間中にバットボーイを務めるなど何かと縁があった。しかし、実際に日の丸を背負う重圧は大きかった。
「完全には(日本の)文化を理解していなかったし、言葉もほぼ理解できていなかった。フィールドで結果を出す以外にも、様々なプレッシャーがあった。リスペクトできていることだったり、お辞儀をすることなど周りの状況を理解すること。それが、一番緊張した部分だ。野球は(どこに行っても)野球で、楽しみながらプレーするだけ。当たり前が(米国とは)違うことを理解しなければいけなかった」
全7試合に出場して打率.269、守備でもガッツあふれるプレーで魅了した
そんなヌートバーを、侍ナインは合流時に“たっちゃんTシャツ”をつくって迎え入れた。すぐにチームに溶け込むと、WBC全7試合でリードオフマンを務めて打率.269、守備でもガッツあふれるプレーでファンを魅了した。
「アメリカ出身の選手が(侍ジャパンで)プレーすることは初めてのことだったから、リスペクトして、ファンやコーチに気に入られる選手にならなくてはいけないというプレッシャーがあった。たった1人のバカのせいで、アメリカ人は変なヤツだとは思われたくなかった」
心配は杞憂に終わり、誰からも愛されたヌートバー。「初戦の試合前に、監督が『このチームは、今から100年間に渡って覚えられるチームになる』と言っていた」と振り返った通り、世界一のチームの一員となった。(Full-Count編集部)