房総ローヴァーズ木更津FCカレン・ロバートCEOインタビュー(3) 2023年2月、房総ローヴァーズ木更津FCの記者発表…
房総ローヴァーズ木更津FC
カレン・ロバートCEOインタビュー(3)

2023年2月、房総ローヴァーズ木更津FCの記者発表会見が行なわれた。
クラブ代表のカレン・ロバートとともに登壇したのは、今季からローヴァーズへの加入が決まった吉田眞紀人。クラブ初となるプロ契約選手の誕生である。
2011年に流通経済大柏高から名古屋グランパス入りした吉田は、木更津市出身初のプロサッカー選手。その後、期限付き移籍も含めていくつものJクラブを渡り歩き、今季から地元のローヴァーズでプレーすることを決断した。
カレンによれば、「こっちの都合で、この2、3年ずっと『来てくれ』と声をかけてはいた」が、「(Jリーグでプレーできる吉田がローヴァーズに)来ないのはわかっていた」とも言う。
「3つも4つもカテゴリーを落とすというのは、選手にとって大変なこと。僕もオランダからタイへ行った時、『ああ、第一線でのサッカー人生は終わったな』と思ったのをよく覚えていますから」
しかし、カレンは同時に、「内心、眞紀人はこの2、3年、ずっとケガが多いことを心配していました」。
新たな環境でプレーすることが、眞紀人のためになるのではないか――。カレンが吉田に声をかけていたのには、そんな思いもあったからだ。
「眞紀人は(昨季限りで)愛媛FCを契約満了になって、たぶん他の(Jリーグの)クラブにも行けたでしょうけど、彼もいろいろ考えてくれたみたいでした。
彼は30歳ですけど、まだ体が動くうちに来てほしかったし、やっぱり木更津市出身の初めてのプロサッカー選手が地元に戻ってくることで、話題性もそうですし、子どもたちがローヴァーズを見る目も変わるはず。地域の人たちもローヴァーズは本気でやってるんだなってわかってくれるでしょうし、スポンサー(を集める)っていうところにも大きく影響してきますからね」
そう語るカレンの顔は、元サッカー選手というよりも、チームを統括するGMであり、クラブ経営のトップに立つ社長のそれだった。
「眞紀人は、ここ1、2カ月が結構大変なのかな。カテゴリーを落としたことの実感はまだたぶんないでしょうし、これからいろんなギャップに苦労すると思いますけど、そのへんは僕の経験談とかも伝えながら、彼には頑張ってほしいなと思います」
2019年3月に現役引退を発表したカレンだが、社長業のスタートはそれ以前にさかのぼる。
セカンドキャリアを見据え、2014年、木更津市内の商業施設内にフットサルコートをオープン。そこでサッカースクールなどの活動を行なっていたのである。
昔から起業に興味があったわけではない。「今でも自分が社長をやってるのが本当に不思議。僕にできるのかって、毎日不安な状態なんです」とカレン。「ただ、クラブ経営を始めてから知ることも多く、やってるうちにすごく興味も湧いてきました」。
しかしながら、カレンと木更津との間にもともと特別なつながりがあったわけではなく、現在のようなクラブ組織を構えることになるとは、当初考えてもいなかった。
「僕は市船(市立船橋高)出身ですし、初めは船橋で(クラブを)作ろうと思っていたんです」
ところが、木更津のフットサルコートを拠点にさまざまな活動をするうち、「木更津の人たちと話していると、すごく地域愛が強くて、アットホームなところだなと感じて、自分が体験してきたヨーロッパのローカルクラブのホームタウンに似た雰囲気があるな、と。ここを拠点にしたら、すごく面白いんじゃないか、と思いました」。
それまでは、単に「ローヴァーズFC」だったクラブ名に、「木更津」の名が加えられたのは、2019年のことである。
カレンは「ここまで大きくなるとは思わなかった」と苦笑するが、今では「市から廃校の管理を任せていただいたり、木更津市の体育施設の指定管理を任せていただいたり、"期待してもらえている"と感じています」。
ローヴァーズは現在、トップチームを頂点に、下は小学3年生を対象としたU-9まで、幅広いカテゴリーでスクールを含めたチーム運営を行なっている。
「ローヴァーズっていうのは『さすらい人』のことで、『成功を求めて長旅をする人』みたいな意味がある。
現役時代の僕は、ちょっと成功はできなかったですけど、長旅をして満足いく形で現役を終われたっていう意味では、今サッカーをしている子どもたちにもそうなってほしい。うちの選手たちには、小さいうちからローヴァーズの意味を教えて、『人生は挑戦だよ』って伝えています」
とはいえ、さすがのさすらい人も、経営者の立場にいる今、理想ばかりを掲げてはいられない現実もある。
とりわけ、カレンが頭を悩ませているのは、コーチたちに降りかかる"30の壁"なる問題だ。
「30歳くらいになって結婚したり、子どもができたりすると、生活が厳しくなり、いいコーチが辞めていってしまうというのが、うちのクラブに限らず、サッカー界の大きな問題となっているんです」
先にも触れたように、カレンがフットサルコートを作ったのは、いわば、"現役引退後も食っていく"ため。「実際、僕は経済的に落ち着きました」という。
だけど、とつないで、カレンは続ける。
「その一方で、コーチなどのスタッフが安定しない。これをどうしようかっていうのが、今の僕の課題です」
ひとつの解決策として、カレンが実行に移し始めているのは、「うちのコーチを体育教師として地域の学校に派遣させてもらう」ことだ。
「午前中に体育の授業を受け持つだけなら、午後のローヴァーズの練習にも差し支えないし、経済的にも多少安定していくのかな、と。しかも、この地域でのローヴァーズの認知度も上がりますから。
今はまだその事例がひとつあるだけですけど、教員免許を持っているコーチも多いので、そういう形をみんながとれるようになれば、問題解決のひとつの仕組みになるのかなと思っています」
カレンは「ただ漠然と、サッカークラブをやってます、というだけでは(クラブ経営は)難しい」と言い、「結局、生活が安定するレベルにいるのは、Jクラブのコーチだけ。離職率も高いし、全国の街クラブが考えないといけない課題なので、こうやればスタッフの生活が安定するかもしれないっていう、いい事例を全国に発信していけたらいいな、と思ってます」と話す。
かつての木更津は、カレン曰く、「(千葉県の)蘇我から下(南)はサッカーがないからね、ってバカにされるぐらいにレベルが低かった」。
事実、クラブ初のプロ契約選手として木更津に帰ってきた吉田も、小学校時代は千葉市内の少年団に、中学校時代は横浜F・マリノスのアカデミーに、高校時代は流通経済大柏高に通っており、地元で育てられた選手ではない。
だが、裏を返せば、「ちゃんとした指導をすれば、もっとプロ選手が輩出できるような地域だということ」。その土壌はあると、カレンは考えている。
「このあたりはミネラル豊富な水のせい(全国的に見て水の硬度が高い)なのか、本当のところはどうかわかりませんが(笑)、身体能力が高い子が多い。だから、可能性はあると思っています。ローヴァーズからプロ選手を輩出するっていうのは、僕らのひとつの夢ではあります」
当然、その先にカレンが見据える夢は、ローヴァーズからイングランド・プレミアリーグでプレーする選手を送り出すこと。
「僕の夢を、ローヴァーズの子どもたちが代わりに叶えてくれたらな、って思っていますし、そうなってくれれば、僕も見に行けますからね(笑)」
と同時に、ローヴァーズ自体もJリーグ入りを「もちろん、目指しています」。カレンはきっぱりとそう言いきる。
「クラブとしてのJリーグ入りと、選手個人のキャリアアップ。僕らはそのふたつを目標に、あくまでもステップアップクラブを目指しています。近い将来、海外クラブに選手を送り出し、それによってトレーニングフィー(移籍先クラブから受け取る育成費)や、移籍金(違約金)の何パーセントかを受け取るということが、たぶん日本でも当たり前になってくると思うので。僕らが目指すのは、日本最高峰の育成型クラブなんです」
そこでは、カレン自身が世界各国で直接経験してきたこと、すなわち、さすらい人だからこそ見ることのできた景色が、間違いなく前へと進む糧になっている。
「僕は25歳でオランダへ行きましたけど、ジュビロだったら相当若手のほうだったのに、オランダのチームメイトは20歳前後の子ばっかりで、もうおじいちゃんみたいな扱いになって(笑)。だから、1年でも早くヨーロッパでプレーしたほうがいいんだなって。1年でも若いほうが選手としての価値があるんだなって。それは行ってみて、初めて知ったことです。
もしローヴァーズのアカデミーからそういう選手が出てくるんだったら、Jリーグで2、3年やってからっていうのもいいとは思うんですけど、できるだけ早く(海外へ)出してあげたい。その時は、それをサポートしてあげたいなと思っています」
(文中敬称略/おわり)
カレン・ロバート
1985年6月7日生まれ。茨城県出身。市立船橋高卒業後、2004年にジュビロ磐田入り。2年目の2005年に31試合出場13得点を記録して新人王に輝く。2010年夏にロアッソ熊本に移籍し、2010-2011シーズン途中からオランダのVVVフェンロに加入。以降、タイ、韓国、インドのクラブを渡り歩いて、2018年にイングランド7部のレザーヘッドFCでプレー。2019年に現役を引退。自身が立ち上げた房総ローヴァーズ木更津FCの運営に専念する。