奥野一成のマネー&スポーツ講座(29)~投資と時間の関係 野球部の顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について…



奥野一成のマネー&スポーツ講座(29)~投資と時間の関係

 野球部の顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生。実際に株式投資の経験がある先生の話は、具体的であり実践的だ。経済に関するさまざまな話を聞いている3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎にとって、毎回が目からウロコ。前回は「ESG投資」という、最近、新聞などでよく見かける用語から、株式市場の現実について教わった。

由紀「教科書に載っていることと、実際に株式を買ったり売ったりしている人の考えていることって、やっぱり違うのね」
鈴木「教科書をいくら読んでもお金持ちになれないってことですよね」
由紀「そうとは限らないと思うけど......」
鈴木「そういえばテレビで、株で2億円を儲けたって人が紹介されていました。サラリーマンを辞めて、株の売買を専業にして生活してるんだって」
由紀「デイトレーダーってやつね」
鈴木「それそれ。で、それがカッコいいのよ。部屋に大型のパソコンのモニターが3台ぐらいあって、画面に数字やグラフが並んでいるの。コーヒーを飲みながらそれを見て、ときどきささっと株を売ったり買ったりしている。『もう満員の通勤電車には乗れないですね』とか言っちゃって。こういう人生もありだな......なんて思いました」
由紀「どうなんだろう、そう簡単にできることだとは思えないけど......」

「株式投資をする人や投資家というと、まだそういう人をイメージする人が多いんだろうね。確かにそうやって株式市場に参加している人もいるけど、そういう人ばかりじゃないんだよ」と言って、奥野先生が会話に加わってきた。

由紀「そういえば以前、先生も株に投資したことがあるとおっしゃってましたよね。デイトレーダーとは違ったんですか」
鈴木「先生の部屋にはパソコン、何台あるの? 授業中も株価が気になってしかたがない、なんてことはなかったですか?」

【日本語と英語で違う「投資」のイメージ】

奥野「『あの人は株式に投資して儲けている』と言うと、まさにデイトレーダーみたいた人をイメージしがちだけど、それって日本に特有の傾向なんだ。

 投資することを英語では『invest』と言うんだけど、これには語源があって、『in(中)』+『vest(衣類)』というのが、それ。最近、あまり聞かないけど、『チョッキ』のイメージかな。

 面白いもので、日本語の『投資』と、英語の『invest』とでは、だいぶイメージが違うような気がしないかい?

『投資』って言うと、何となく『お金』を『投げる』という漢字の組み合わせになるから、懐に入っているお金を放り投げるというイメージを抱きがちなんだけど、『invest』だと身に着けるという、また別のイメージが浮かんでくる。何となく、これが投資に対する時間軸の違いにも表れているような気がするんだ。

 たとえば株式への投資だと、手元にあるお金を会社という器に放り込むんだけど、自分の大事なお金を放り込んだままだと、それを失うのが怖いから、さっさと自分の手元に戻そうという意識が働く。

 ところがinvestは、自分のお金を放り投げるというよりも、いったん、自分の手元からお金を出すのだけれども、それを何か別のものに形を変えたうえで身に着けるだけだから、特に不安になる必要もなく、そのまま持ち続けられる。日本人の多くが、投資という言葉に対して短期のトレードをイメージしてしまいがちなのは、言葉自体に原因があるのかもしれないね。

 で、鈴木君と由紀さんの質問に答えると、僕は短期のデイトレーダーではないから、机の上にモニターをたくさん並べることもしないし、時々刻々と変わる株価をずっと見ている必要もないんだよ。株価のチェックなんて、1カ月に1度くらいだったかなー」

鈴木「でも、短期間のうちにたくさんお金を儲けるならデイトレーダーのほうがいいんじゃないですか?」
由紀「そもそもデイトレードと長期投資って、どこが違うんですか?」

【デイトレーダーが重視するのは「思惑」】

奥野「まず、鈴木君の質問から答えると、確かにデイトレーダーと呼ばれている人のなかには、数億円単位でお金を儲けているケースもあるのだけど、それってたぶん、全体の2%とか3%程度の人なんじゃないかな。損をして、『もう二度と投資なんてするもんか』と言いながら、退場していく人も多いんだ。

 確かに、デイトレードも長期投資も、株価の値上がり益で利益を得るという点は同じなんだけど、何と言うか、値動きの質が違うんだ。

 株価が時々刻々と動いているのは、君たちもわかるよね。じゃあ、どうして株価が動くのか。それはふたつの理由が考えられるんだ。

 ひとつは会社の価値が上がること。たとえば世の中の役に立つすばらしい製品を開発したら、大勢の人たちがその製品を買ってくれる。その製品が多くの人の役に立つことで、その会社にはたくさんの感謝のしるし=お金が集まってくる。

 その会社はどんどん売り上げが膨らみ、利益も増えて、偉大な会社に育っていく。そして、株式は会社の利益の一部を得る権利なので、会社の利益が大きくなれば、当然、株価も上がる。

 つまり、会社の価値の向上が、株価の値上がりにつながっていく、というのが第一の理由ね。

 そして、もうひとつの理由が思惑によるもの。

 株式投資で利益を得たいと考えている人は大勢いて、それぞれがいろんなことを考えて、一番儲かりそうな会社はどこなのかと狙っている。

 ひとつの情報が流れると、それを巡って、株価は上がると考える人もいれば、株価は下がると考える人もいる。そういう人たちの『欲望と恐怖』がない交ぜになって、株価は時々刻々と動いているんだ。そして、この小さな値動きを狙うのが、デイトレーダーというわけ。

 ただ、欲望と恐怖による思惑で動いている株価は、さながら心理戦のようなもので、自分以外の投資家が今、何を考えて、どういう行動を取ろうとしているのかを常に先読みして、資金を投じているんだけど、人間の心理なんてそう的確に当てられるものではない。

 もちろん将来、大きく成長する会社を見つけたと思って投資したら、案外そうでもなかったというケースだってあるんだけど、それでも、人の行動を先読みして当てるという行為に比べれば、高成長が期待される会社を発掘することのほうが、はるかに確度が高いんだ。だから僕は株式に投資しているんだけど、偶然性に左右されやすいデイトレードはしないんだよ」

由紀「確かに、人の心の奥底を読むのは、不可能に近いことかもしれませんしね」
鈴木「先生は長期投資っておっしゃるけど、長期って、どのくらいの期間を指すんですか」

【大切なのは資産の「チーム編成」】

奥野「売り買いなんてしなくてもいい、というのが、僕の長期投資に対する考え方かな。投資で大事なのは、円でお金を増やすことではなくて、いつ、どんなリスクが生じたとしても、自分の財産を守れるようなチームを編成することなんだ。

 もし、円ベースで資産価値を大きくしようと考えると、ちょっと値上がりしたら売って利益を確定させることの繰り返しを、何度もすることになるでしょ。これはまさに短期投資の思考そのものなんだ。

 でも、いつ、どんなリスクが生じたとしても、自分の財産を守れるようなチームを編成するって考えれば、ドタバタ売ったり買ったりを繰り返さずにすむはずだよね。

 急な出費に備えて50万円は円で預金する。

 インフレになっても資産価値が目減りしないように100万円で日本企業の株を買う。

 円安になった時に円資産の価値が目減りするのを防ぐために、ドル建てで米国企業の株を買う。

 こんな感じで、自分の資産のチーム編成をしていくことで、ポートフォリオ(金融商品の組み合わせ)が出来上がる。僕らがやっている野球だって、チームのメンバーをドタバタ変えたら、試合にならないでしょ。それと同じで、お金のチームも選手を吟味して、活躍してくれそうな人が見つかったら起用し、成果が表れるまでじっと見守ることも必要なんだ。

 そもそも、一夜にして偉大になれる会社なんて、どこにもない。みんな10年、20年という長い期間をかけて、製品開発や組織づくりに取り組んだ結果として偉大な会社になっていくんだ。それを考えれば、売らなくてもいい会社を探し出して、その株式を持ち続けることが、長期投資の理想形と言ってもいいかもしれないね」

【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。