名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第2回《世界記録更新こそならなかったが、メジャー記録に並ぶ8試合連続…

名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第2回

《世界記録更新こそならなかったが、メジャー記録に並ぶ8試合連続2ケタ奪三振を達成するなど、いま両リーグを通じて最もインパクトのある活躍を見せている投手が、楽天の則本昂大だ。150キロを超すストレートと鋭く曲がり落ちる変化球を武器に、もともと三振を取れるピッチャーではあった。それでも昨年は28試合に登板して、2ケタ奪三振の試合は7だったのに対し、今年はここまで(6月23日現在)11試合ですでに8と”奪三振マシン”ぶりを発揮している。一体、則本のピッチングにどのような変化があったのだろうか。球界屈指の名コーチとして知られ、プロ野球の生き字引的存在である伊勢孝夫氏に聞いてみた。》
(第1回はこちらから>)


メジャータイ記録に並ぶ8試合連続2ケタ奪三振をマークした楽天・則本昂大

 則本のイメージは、真っすぐで押して、フォークを落として三振を奪う。そこにスライダーも混じってくるから、打者としては攻略困難な投手と言える。さらに今季はスプリットが加わった。これがどう数字(奪三振など)に反映されているかだろうが、結論から言えば、決してスプリットを多投しているわけではないし、決め球となっているわけでもない。あくまでも真っすぐ、フォーク、スライダーの3種類で三振を奪っている。

《データによれば、ここまで110個の三振を奪っている則本だが、フォークによる三振が44個、ストレートが38個、スライダーが23個、スプリットが5個という割合になっている。ちなみに、スプリットはフォークより落差が小さい分、スピード的には真っすぐに近い。則本の真っすぐの球威は平均で150キロだとすると、フォークは130キロ台、スプリットは140キロ台となっている。》

 要するに、則本にとってのスプリットは決め球というよりも、カウントを稼ぐ球や、決め球の前に使う、いわゆる”邪魔な球”としての効用が大きいのではないだろうか。

 邪魔な球とは、打者に意識させることによって、本来の打撃をさせにくくする見せ球のことだ。

 たとえば右打者の場合、長距離タイプの一発屋なら、一般的にアウトコース中心の攻めになる。だが、それは打者もお見通しで、思い切って踏み込んで、少々のボール球でも振りにいく。外国人選手などは、まさにその典型といえる。

 そこで投手は、インコースにも投じて「踏み込んできたら痛いぞ」という無言のアピールをする。多くはシュート系の球やツーシームが使われ、投手によってはインスラを投げる場合もある。いずれにしても、内角を意識させなければならず、どれだけいい真っすぐがあろうと、アウトコース一辺倒の配球ではつらい。

 ところが則本の場合、シュート系の球もツーシームもないのか、見たことがない。私が見た限り、キャッチャーがインコースに構えたときは、ほとんど真っすぐだった。そこで新たに内角に使える球として、スプリットを思いついたのだろう。

 スプリットは、概して右打者の内角に投じる球というのが、プロの世界での認識であり、シュートの代用として使われることもある。

 今季は、右打者を外角の真っすぐで三振に打ち取ったあと、「なぜ、あのボールに手を出さないのか?」と則本が首をひねるシーンを何度か見た。これは、打者が「次は内角かな」「次こそ内角だ」と警戒した挙句、1球も内角に来ることなく三振してしまったからだ。要するに、内角の意識づけをしっかりしておけば、そこまで厳しい外角の球でなくても打ち取れるのだ。

《試合前、どのチームも投手と野手に分かれてミーティングをする。野手の場合、相手の先発投手の対策をスコアラーや打撃コーチから指示される。はたして、今の則本に有効な攻略法はあるのだろうか。》

 私の考える限り、昨年まで相手チームは総じて、「則本は内角(シュート系)のない投手」という認識だったと思う。それが今年は、内角にスプリットを投じるようになったと見ているはずだ。そうした基本的な情報共有は、オープン戦を参考にして、開幕前後には固まっていく。

 則本にしてみれば、相手チームに「スプリットがある」と思わせるだけで成功といえる。球種がひとつ増えるだけでも、打者というのは戸惑うものだ。しかも、そのボールが昨年まであまり意識しなくてもよかった内角を突いてくる。打者にとってこれほど厄介なものはない。

 正直、手も足も出ない投球をされたら策はない(笑)。ただ唯一、つけ込む隙があるとすれば、立ち上がりだろう。則本は立ち上がりが悪く、中盤からどんどんギアが入っていいピッチングをする。そうなったらもう手遅れだ。とにかく立ち上がりを攻めること。少なくとも打者が一巡するまでに、どれだけ点を取れるかがポイントになる投手といえる。

 具体的な策として挙げたいのが、狙い球の絞り方だ。まず打者には「ストライクは2球しかないと思え」と告げる。つまり、2ストライクまでいったらお手上げというわけだ(笑)。それぐらい、今年の則本は追い込んでからの精度が高い。

 ストライクは2球まで。その前提で配球を考える。初球は何か。たとえば、1球目から振り回してくる打者なら、まず真っすぐとスライダーはないだろう。それに、走者を背負った場面でもなければ、フォークも考えにくい。となれば、スプリットに絞られる。真っすぐに近い球速で、内角に投じて手を出してくれたらゴロになる確率が高いからだ。

 逆に、一発のない打者ならボールから入ることは少なく、とにかく早く追い込みたい。そう考えると、真っすぐかスライダーでくる確率が高くなる。

 いずれにしても、狙い球は打者それぞれに決めさせて、ベンチから「この球を絞れ」とは言わない。得手不得手があるからね。そして大事なことは、一度狙い球を絞ったら安易に変えず、打席で迷わないこと。そしてしっかり振り抜く。それで打てなければ仕方がない。則本はそれくらいの投手だ。

 そしてもうひとつ、打者が一巡する3~4回あたりで円陣を組むことも手段のひとつ。話すことは、「今日の則本は手に負えないから、やられてもしゃあない」とか、実はなんでもいい。要は、円陣を組むだけで相手バッテリーは余計なことを考え始めるのだ。「何を指示したのか?」「狙い球を変えてくるのか?」と、そう考えてくれたらしめたものだ。

 昔、ノムさん(野村克也)がヤクルトの監督時代にコーチをしていたときも、そんな円陣を組んだことがあった。横に座っていたノムさんが「相手をほめてどうするんや」とぼやいていたけど、難攻不落の投手に対しては何かアクションを起こさないことには始まらない。

《よく投球の幅を広げるという表現があるが、まさに則本はスプリットをひとつ加えたことで、打者をかく乱させ、自身も両サイドを広く使えるようになった。目には見えにくい新球の効果だが、紛れもなく今季の奪三振ショーに大きな影響を与えているのは間違いないといえる。》

 ただし、こうした配球での攻めができるのも、大前提としてすぐれた制球力があるということを忘れてはいけない。言い換えるなら、則本は本格派、力投型でありながら、配球で三振を奪える”頭脳派”でもあるのだ。

 力と頭脳――このふたつを持ち合わせている投手は、今のプロ野球界を見渡してもまずいない。だからこそ、エースとして勝つ投球を最優先しつつ、同時にあれだけの数の三振を奪えるのだ。

「ベンチ越しの野球学」 第1回を読む>>